第54話

 私たちが鍛冶屋から外に出た途端、遠くの方から悲鳴らしきものが聞こえてきた。


「おい、今の…」


 ケータが周りの様子を伺う。近くにいる人たちも騒ついているだけで、何があったのかは分からないみたい。


「アッチから聞こえてきました」


 ルーが街並みの向こうを指差す。


「分かるの?」


 私はビックリしてルーを見た。


「すみません、私、行ってみます。最後まで付き添えなくてごめんなさい」


 ユイナが私たちの方に向かって頭を下げた。それからすぐに、ルーの指差した方向へ走りだす。やっぱりユイナは衛兵さんだってことか。


「ケータ…」


 私が顔を向けると、ケータはゆっくり頷いた。


「やっぱり、放っておけないよな」


「そうですね」


 ルーが頷く。


「少し怖いけど、ユイナには色々とお世話になったもんね」


 サトコも少し緊張気味に頷いた。


「何が出来るか分からないけど、ボクらも行こう」


   ~~~


「誰か、治癒魔法を使える人はいませんか?」


 私たちが駆けつけたとき、ユイナが声を張り上げていた。その足元には3人の男性衛兵が倒れていて、地面に血溜まりが出来ている。


 どこかで見たことあると思ったら、さっきのいけ好かない人たちだ。とはいえこの出血量、放っといたら本当に危ない気がする。


「ど、どうしよ…」


 私は狼狽えた。人生でこんな場面に出くわしたことない。どうしたらいいか分からない。


「私がっ!」


 ルーが3人のもとに駆けつけた。


「アナタたち…」


 ルーに気付いたユイナが驚いた顔を向けてきた。ルーは衛兵たちのそばで膝をつくと、右手の人差し指をたて、その指先にそっと息を吹いた。


 すると、ルーの指先から金色の風が生まれ衛兵たちを包み込む。傷からの出血が止まり、衛兵たちの顔色が少しマシになった。


「こ、これは『癒しの息吹』」


 ユイナが驚いた声を出した。


「あくまで応急処置です。早く治癒術士に見せてください」


 そのとき、衛兵のひとりが意識を取り戻した。


「気を、つけろ…。『隠密』の、スキル持ち…だ」


「そんな、まさか?」


 ユイナは片手剣を抜いて辺りをキョロキョロした。


「皆さん、気をつけてください。認識を阻害され、見えてても認識出来なくなります」


「ハルカ、頼む!」


 ケータがコッチを向いて目配せした。


「うん、任せて」


 衣装着たまんまでちょうど良かった。私はすぐに全員の位置を確認して結界の準備に入った。


「ケータくん、後ろ!」


 その瞬間、サトコがケータに向けて必死に叫んだ。

 私も釣られて顔を向ける。


「え?」


 飛び込んできた光景に呆然となった。


 身長80センチメートルほどの緑色の肌の小さな男が、ケータの背後から右の脇腹に刃物を突き刺していた。


「ケータ!」


 私が悲鳴のような声をあげると、その男はケータから離れ途端に見失ってしまう。


 ケータは膝から崩れ落ちると、脇腹を押さえながらうずくまった。もの凄い勢いで地面に血溜まりを作っていく。私は完全に思考が停止していた。指一本動かせない。


「ケータお兄ちゃん!」


 ルーがケータに駆け寄ると、上半身を抱き抱え突然口づけをした。


 は…?何が起きているの?脳が全く仕事をしない。


「アワワワ…」


 どうやらサトコも、この状況に処理能力が追いついていないようだ。


 私は半ば無意識に、全員に結界を張った。

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