第105話 魔物使いのメタス

 ルキウス王が言う通り、影の正体は旅館の女将だった。


 しかし、その姿は、旅館で作業をするための服装とは大きく違い、機動性を重視した服装……いや、装備と言えた。


 もはや、彼女が戦闘をわりないとする者であると疑う者はないだろう。


「ルキウス王……拾っていただいた大恩、今だ返す事はできません。しかし――――私はやはりブラテンの民として生きる事は……」


「――――否。皆まで言う必要はない。1人の自由戦士を縛り付ける権限は王である我であろうとあるはずもあるまい」


 その言葉に女将は片膝を地面につけて平伏をしてみせる。


「それで……話を戻そう我が国の代表、トール・ソリットの評価は?」


「――――掴みどころのない御仁かと」


「ほう……」


「あの方、本気を出していません。それどころか、こちらが探っているのを気づいていました」


「むっ? お主は魔物使いテイマー。魔物が出没する場所で暮らし、1人で魔物と戦い、そして捕える者……あの魔物に気配を消す術を教え込んだのもお主ではないか?」


「はい、しかしトールという御仁……結果だけ見れば、手の内を明かさずに事を終えてしまわれました」


「なるほど……それでは本戦が楽しみだな。魔物降ろしモンスターフォールのい主。 魔剣使いイービルソード――――そして、勇者ブレイブ


「失礼ながら、それに加えて――――支配者ザ・ドミネーター


「うむ……あやつは、果たして自ら参戦するかな?」


「はい、いざとなればルールを捻じ曲げてでも」 


「楽しみだな、このたびのいくさ。王の身に生まれながらも……この俺とて、今だに挑戦者に過ぎぬとわからせてくれるとは――――」


 くっくっく……とルキウス王は笑う。 


 純粋に、あふれ出す愉快という感情を抑えきれないようだった。


「――――それでは私はそろそろ」


「もう行くのか? 旅館には戻らず?」


「はい、次に会えばトールさまも私が何かと行ったと気づかれるでしょうから……」


「そうか。名残惜しいな……しかし、それは手遅れと言うものだがな」


「はて?」と女将は首を傾げた。そんな彼女にルキウス王は、


「女将が、いかに気配を消せても俺がいる。俺がこの場に降臨したのだ……気配という物があるとすれば、さぞかし雄弁であろう」


「――――っ! まさか、貴方は自らをトールさまを誘い出すための――――」


 ガサガサと草陰から音。 


 従来なら気配の希薄な魔物ですら捕えきれる女将であるが、ルキウス王の存在感に近づく存在を捉えきれていなかった。


 そして、やっぱり、影から現れたのは、


「トール・ソリット……さま!」


「あぁ、何か呼ばれたような気がしてね。これは一体、どういう状況なんだ? 女将、それからルキウス王?」


「見たまんまだ。女将は、ブラテンに来る前は他国出身の有能な戦士。本名は確か――――」


魔物使いテイマーメスタ・ステーシー」


「ほう、気づいていたのか? それに名前まで知っていたとは、しかし、いつから……いや、今は良い。気をつけたまえ、彼女は、その細腕で魔物を素手で調教するぞ」


「……いや、別に戦うつもりはありませんよ?」


「トールがなくても、女将メスタの方はどうかな?」


「むっ!」とトールは反応した。 


 手刀。メタスの細腕から繰り出された打撃。


 当たれば無事にはすまない速度に威力が秘められていた。


「完全に虚を突いたはずですが、このタイミングで回避しますか?」  


「わざと無防備にしておくと、相手の攻撃をコントロールできるんだ」


 回避したトールが素早く反撃に転じる。 武器は有しない素手での反撃だった。


 そしてトールの打撃は直撃。


 だが、「驚いた」とトールは驚きを口にした。


「手加減したとは言え、タフな前衛だって直撃したら暫くは立てられない威力を込めたはず……普通に立ったままで戦意も衰えないのか」


「トールよ!」と戦いに口を挟むのはルキウス王。


「その女は、素手で魔物を調教する魔物使いテイマーだ。人間が繰り出すような打撃で仕留めれる相手ではないぞ」


「――――昔、噂には聞いていた。そう言う女性魔物使いがいる……と。大げさだと思っていた」


「そんな噂が広まっていたのですか……少し照れますね」


 女将――――メスタは構えを変える。


 トールが抱いた感想は、


「酷い前傾姿勢。まるで四足獣だ」

 

 何が来るのか。 しかし、1つだけは確実にわかる。


 前進するために特化した構え。


 突進? 体当たり? そう思わせて、飛び上がって上からの奇襲攻撃?


 そして――――


「では、参ります」とメタスは地を蹴り、肉体を加速させた。

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