第103話 温泉回 不可視の敵
「う~ん……こんなもんか」とトールは剣を振る。
長い間、使われずに放置されていたのだろう。
錆びついて、剣と言うよりも鉄の鈍器。 下手をすれば簡単に折れるかもしれない。
「ほ、本当に大丈夫ですか? 私は後衛職なので木の棒で十分に戦えますが……」
「いやいや、レナちゃんは十分に前衛職でしょ?」とグリアは笑いながら言うが、
「ツーン」とレナは顔を合わせようともしない。
「わ……わわわ、レナちゃん! ごめんね。本当にごめんね!」
「いえ、許しません」
そんなやり取りもありつつ、トールたちは装備を整える。
整える……と言っても旅行できているのだ。冒険者として満足な装備は持ってきていない。
全員が武器や防具を持ってきていない状況。 よって、現地調達の武器――――温泉地には満足な武器はなかった。
そもそも温泉地では金属は錆易い。 剣など鉄製は悲惨な事になっていた。
「申し訳ありません。お客さまに依頼をした形になってしまったのに満足な用意もできませんで」
「いえ、構いませんよ」とトールは女将に返した。
「本来なら、本国の兵隊さんに頼むのですが……」
「ブリテンでも、いろいろありますからね。それで討伐対象は?」
「はい、あちらの山に……時折、ここまで下りてきてお客さまを襲うのですが……」
少し言い淀む女将に「?」とトールは疑問符を浮かべた。
「いえ、実は害はないのです。人の体には害がないのです」
「人の体に……と言うと?」
「はい……その言い難いのですが……衣服を…」
「あぁ、なるほど」とトールは納得した。
その一方、背後にいたグリアがビクッ! と反応した。
「えっと……私はそれ系が苦手なので……」と逃げようとするグリアをトールは止めた。
「いや、当事者が何を言ってるんだ?」
「あの……グリアさんが、それ系の魔物を苦手にしているのはわけが……」と、さっきまで怒っていたレナも、これはまずいと助け船を出した。
彼女は、かつてグリアと2人でパーティを組んで依頼をこなした時に見ているのだ。
彼女のトラウマ――――防具破壊の特殊攻撃を行う魔物への苦手意識。
それは、簡単に克服できるものではない。
「い、いや……トラウマをこ、克服するチャンス? だ! わ、私はやるぞ……やってやるぞ! うぉぉ! うおぉ!」
「ちょ!? グリアさん! 1人で走って行ったらダメですよ!」
トールとレナはグリアを追いかけ、魔物が出没するという山まで入っていった。
「もう少し、女将から討伐対象の情報を貰いたかったのだが……」
「今回はトールさまが悪いですよ。グリアさんの話を聞いてあげてもよかったと思います」
「……そうだな」とトールは先行して歩くグリアの様子を見た。
普段の様子からは想像できないほど、ビクビクと周囲を過剰に警戒しながらグリアは進んでいた。
怖いなら斥候ではなく、後衛で控えても大丈夫だとトールは言っても、逆に
「い、いえ! ここは私にお任せあれ!」と頑なに断ってくる。
「どうしたんだ? グリアは?」
そんなトールにレナは我慢できなくなり、理由を話そうとする。
「じ、実は……」
しかし――――
「あっ! みんな、コレコレ!」
先行するグリアが何かを発見したようだ。 その声をトールもレナも優先する。
「……足跡か。四足獣……大きいな」
「これ、もしかしたらドラゴン……竜種ではないでしょうか?」
レナの疑問。トールは、その可能性も否定できずに――――
「グリアはどう思……グリア?」
彼女は一点を見つめて、動きを止めていた。
よく目を凝らせば、体が微妙に震えているのはわかる。
明らかな異変。 その直後――――
「きえぇぇぇい! そこです! そこにいるのはわかっています」
奇声を上げて、何もいない場所に武器を振る。
彼女は錆びた剣を選択せずに鈍器――――モーニングスターを地面に叩きつけた。
「落ち着け、グリア! そこの魔物はいない」
「いいえ、トールさま! そこにいます。確かに!」
だが、トールは魔物の気配を感じなかった。 姿を消す魔物がいたとしても気配を感じ取れないはずは――――
「いや、いる!」とトールは反射的に剣を振るい不可視の攻撃を防御した。
突然だった。 突然、空気を斬るような飛翔音。
どこから生じた攻撃なのか? 確かに不可視の敵がいる。
それも気配が存在しない……そんな魔物が存在するのか?
しかし、事実……トールたちは不可視の敵に襲われているのだ。
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