第95話 決勝開始 トール対レナ

 トールは地上まで駆け上って行った。


 青い空が広がり、爽やかな風が通り抜ける。


 探すまでもなく、彼女は待っていた。


 石に腰をかけて、足をブラブラと動かしながら、彼女は歌っていた。


 そして、近づくトールの顔を確認すると破顔。


「待ってましたよ、トールさま」


「あぁ、どうやら遅れてしまったようだな」


「いいえ、私も今来た所ですから……こういうとデートみたいですね」


「そうかい? それじゃ、始める前に少し歩こうか?」


「はい! あっ……その前に」と彼女――――レナ・デ・スックラは治癒魔法をトールに施した。


「良いのかい? これから戦う相手に回復なんて?」


「別にいいのではないですか? そういうルールはないと思うのですが……」


「クスッ」とトールは、思わず笑った。


「そういう意味じゃないよ。俺が怪我していた方がレナにとって有利だろ?」


「いやいや」とレナは首を横に振る。


「これからデートなのに、それは無粋と言うものです」


「むっ!」とトールは自身の体を見直す。 


 いつの間にか、損傷や摩耗が激しく、薄汚れていた衣服――――装備まで含んで、新品のように変わっていた。


「治癒どころか、復元しているのか……もったいないな」


「え? もったいないって、むしろ逆では?」


「いや、復元するほどの強烈な魔法。なにか別の方向で使用すれば――――」


「もう、魔法を戦う事に使う事ばかり考えてたらだめですよ!」


 また、トールは「クスッ」と笑みを零す。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 楽しかった時間はあっ! ……と言う間に過ぎ去っていく。

 

 空を見上げれば、夜の帳が下りていく最中だった。


 オレンジがかった惑星は海に沈みゆく。 世界は青……そして群青から漆黒へ―――― 


 今日と言う日が終わってしまう。


 そう言うにはまだ早いかもしれけど……


「では、そろそろ」


「うん、頃合いなのかもしれないね」


 そう言うと、どちらともなく別れて姿を消す。 


 海の浜辺。 足を取られるような砂場から、茂り、草木の萌える森へ。


 2人の姿が完全に消えた直後――――


 『聖なる光ホーリーライト


 その名の通り、聖なる光によって構成された十字架が顕現され、トールが隠れている場所に放たれた。


「甘いよレナ……」


 しかし、トールは既に移動していた。 レナの背後へ音もなく。


 レナの細い首筋に向かって手刀を叩き込んでいく。しかし――――


『花の盾』


 魔法による防御障壁がトールの攻撃を防いだ。


「やっぱり、トールさんは風情と言うもの足りません」


 レナは振り向かずに言う。 その表情は果たして、どのようなものなのか?


「ん~ どうだろ? 俺は戦いに自分の感情を乗せて戦うタイプだと思っているんだけどな」


「そうですか……それじゃ私の思いも感じてください!」


 レナの回し蹴り。 正確には――――ローリングソバットがトールの腹部に叩き込まれた。


 トールの体は浮き上がり、吹き飛ばされる。


 数本の木々を叩き割って、トールは地面に着地する。


「レナの打撃……一度は経験してみたかったけど、想像を絶する一撃だな」


 立ち上がって一歩進むと、膝から力が抜けていく感覚。


「腹部のダメージが下半身まで伝わっているか……流石だ! レナ!」


 トールは目前にまで駆けてくるレナを絶賛した。

 

 杖による打撃。 手加減のない一撃がトールを襲う。


 しかし――――『風の聖剣エクスカリバー


 風魔法を圧縮させた不可視の剣。 その剣を持って、レナの一撃を切り払う。


 この時、トールが感じたものは――――


 ビリビリと電撃が体を通り抜ける感覚。 一撃、一撃が巨岩を打ち返すような感覚。


 冒険者剣術と言われる剛剣。それらを駆使して杖術の攻撃を捌くも、


 その技々を無効化するようにレナの一撃は重い。


 だから―――― 


茨の罠スオントラップ


 レナの捕縛魔法。 トールの足に魔法の茨が絡みつき機動力、回避力を殺しにくる。


「うまい! 感知する事ができないほど、自然な魔法導入!」とトールは驚きと称賛交じりの声。


 動きを封じされたトールに向かって、レナは杖の突きを放った。


 渾身の一撃。 常人相手には使える事のできない必殺――――人の耐久力を遥かに凌駕した一撃だった。  


 しかし、それはトール・ソリットという人間ならば、死なず受け止めてくれるはずという信頼。 そして、それは叶った。


「流石だ。俺じゃなきゃ死んでいた」


 杖の先、トールの人体には穴すら相手ない。


 必殺の一撃を受けて、なお……トールは死ぬどころか平然としていた。

 

「トールさまの衝撃を吸収するような体術。話にきいていましたが……これほどでしたか」


 レナは距離を取りながら震えていた。 その震えは恐怖から湧き出ていくものではない。


 強者を前にした喜び――――歓喜の震えだった。


 再びレナは前に出る。 剣術で言うならば上段の構え――――振りかざした杖をトールの頭上に向けて振り落とした。


 岩程度なら簡単に砕き、あまつさえ下の地面に大穴を開けるであろうレナの剛腕。


 それをトールは避けずに受けていた。


 頭に直撃。しかし、ダメージらしいダメージは――――いや、僅かに赤い線。


「むっ! 血か。この技を使って負傷するのは久しぶりだな」


 それからトールは攻撃に転じた。 

 

 

   

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