第90話 冒険者剣術と対人剣術の違い

 冒険者剣術というものがある。


 例えば――――走りながら横薙ぎの一撃。


 例えば――――大きく飛び上がりながら上段からの一撃。


 魔物と戦うには、大剣による大振りが有効と考えから発展した剣術を大きく冒険者剣術とまとめられる。


 しかし、それらは邪道剣術という剣士たちがいる。


 剣とは道であり、人と人との戦い――――


 読み合い、殺し合いだからこそ美しさがあるのだ。


 そういう人物は高い権力を持っている。


 対人剣術は軍からの指導者として招かれ、自らも戦場で武勲を立てる事で貴族の称号すらなれる。


 ゆえに邪道――――


「どうでしょうか? このさい、冒険者たちが剣を使うのを禁止にしてみては?」


 伏魔殿と言われる王城の剣士たちは素面で、このような言葉を王へ上奏するのだ。


 だが、走りながらの剣撃。 飛び上がりながらの剣撃。


 これだけに集中して鍛錬を繰り返した冒険者たちは短期感で強者となるのは否定できない。


 トールの剣術は、まさに冒険者剣術。 それは大振りにて強烈。


 対して貴族出身のコリンは軍で使われる対人剣術。 人の心理と読み、欺き、斬る。


 それは奇しくも両者の魔法にも反映されている。


 強烈で大規模魔法を得意とするトール。


 対人よりで相手の捕縛を優先するコリン。


 2人の戦い方、戦闘スタイルは真逆なのである。 そして――――閑話休題。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「フン!」とトールは駆け出しながら、大振りの一撃。


 走りながらで、放った剣先にブレが生じないのは達人の領域と言ってもいいだろう。


 対するコリンは――――


 最小の動き、トールの心理を読み、極小の体捌きで避けていく。


 その利点はカウンターにある。 大振りでバランスを崩したトールに対して、


「ここ!」と鋭い突きを走られた。


 だが、それはトールにとっても――――


「――――織り込み済みだ!」


 冒険者剣術。その特徴は、技術よりもフィジカル……つまり肉体操作にある。


 トールは獣の瞬発性で後ろに下がりながらも、バランスを崩したまま剣を振る。


「――――ッ! 見事だ、トール・ソリット」


「いや、今の一太刀でしとめたつもりだった」


 コリンの体に赤い線が入っている。 


 腰から肩へ、左から右へ――――所謂、逆袈裟斬りの軌道。


「やはり侮れない冒険者剣術。怪物相手に研磨された剛の技――――いや極限状態で発達した膂力というべきか」  


 コリンの洞察は正しい。 


 人類が野生だった時代。一般的な人間でも、現在よりおよそ20キロの筋肉を有していたそうだ。


 20キロ。


 体重が50キロほどの細身の男性でも、脂肪のない70キロの肉体と考えれば――――もはや人類の身体能力ではなくなる。


 しかし、現在の世の中……原始の生活に近しいのは冒険者である。


 ゆえに――――トール・ソリット。


「素手ですら獰猛な生物をしとめる腕力……それに加えて剣術と魔法の理合を知る。まさに怪物ですね」


「――――それ、誉めてるのか。馬鹿にしてるのかわからないが?」


「誉めてますよ、もちろん。でも俺の魔法――――『水球アクアボール』はすでに発動している」


「何ッ!」とトールは後退しようとする。 だが、できない。


「俺の魔法は対人特化――――そして攻撃を気配を消す技については、貴方たち冒険者を凌駕します」


 コリンの宣言通り、トールはいつの間にか設置された魔法陣から発せられる水の魔法によって両足が絡め取られる。


 その動きはまるで粘獣スライムによく似ていた。


「冒険者剣術、機動力を奪えば恐れるに足りない……よく言われる事ですが、それは実戦を知らない貴族剣士の言葉」


「……お前は違うと言いたいのか?」


トールの言葉に「ふっ」と笑い、緊張を緩めるコリン。


「もちろん、俺は貴方を打倒するためだけに技を鍛えたのですから……貴方の強さを誰よりも知ると自負しています」


「そうかい……だったら、それは知識が甘かったな――――『火矢ファイアアロー』」


 トールは魔法の炎をコリンに向けて……ではなく、自身の足元に放った。


 轟音。 砕けた地面の岩と砂煙が舞い上がり――――


「馬鹿ですか! 捕縛から逃げるためだけに至近距離で超火力の魔法を――――」


「あぁ、馬鹿をした甲斐があって、脱出したついでに接近できたぜ」


 その声はコリンの背後から。


 戦慄と共に体が反応する。 しゃがみ込んだコリンの頭部にトールの剣が通過していった。


「この!」とコリンは背後にいるだろうトールの動きを想定して打撃を繰り出す。


 手ごたえはあるが、それで倒し切れるはずもない。


 すぐさま、縮まった間合いを広げる。


 振り向けば、トール・ソリット。 その姿にコリンは驚く。


 血液。 真っ赤に染まっている。


 至近距離で魔法を放った代償だろう。しかし――――


(まだ、攻撃を受けるよりも早く、自身を傷つけて不利から脱する。 ある意味では、合理的であり、ある意味では不合理――――これが冒険者の本質か!)


 だが、コリンは切り替える。 


 天使を手にして、不死鳥を手にして、安定した精神。


 それにより手放した狂気。 それを今一度――――


『狂気発動』 


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