第72話 決着 トール・ソリット対ブレイク男爵

 ブレイク男爵は踏み込めずにいた。


(トール・ソリットは意識を失っている。そのはずだが――――)


 一瞬の攻防。 そこで得た会心の打撃。


 戦いという短い時間内では、決して立ち上げれない。そう確信できた手ごたえ。


 しかし、トールは立ち上がっている。 明らかに意識はない――――だが、何かが潜んでいる。


 普段のトールは卓越した剣と魔法を武器として戦う。


 修練によって卓越した剣技と魔法は王道的と言える。


 しかし、先ほど出現したトールの戦法は別人だった。口調ですら別人。


 荒々しく野生の獣の如く猛攻。それでいて繊細で精密な動きを見せる。


 トール・ソリットには人格が2つ備わっているのではないか?


 そう思わせるほどの変わりようだった。しかし――――


(今はなんだ? 何が潜んでいる? さっきまでの2つの人格とはまるで違う圧力プレッシャー。人間とは違う――――怪物!?)


 得体の知れない存在。 


 それを前に勝機と思えた時間を無駄に消費していく。


「~~~ッ!! それがどうした! 私は――――俺は武神 アレク・フォン・ブレイク。未知を前に道を切り開くのが俺の闘法スタイル


 ブレイク男爵は、地面に刺したままの愛剣を引き抜く。


 常人なら片手では扱え切れないどころか、両手でも使いこなせない重量。


 (だが、使い慣れた剣。 問題はない。このまま奴の頭を叩き割ってやる!)


 一気に踏み込む。 その勢いを、そのままに体を捻り――――回転斬り。


 その剣先はブレイク男爵の狙い通りにトールの頭部に直撃した。


 剣の切れ味というよりも、その重量によって斬ると同時に相手を叩き潰す。


 そういうブレイクの剣である。


 だが――――


「なにッ!?」とブレイク男爵は驚愕の声を上げた。


 直撃したはずのトールは無傷。 どういう理屈だ?


 まるで岩を叩いたかのような感触。 いや、岩ならば切断できる。


 それ以上の強度を人間が魔力を使わず会得できるものなのか?


 全身から汗が噴き出ていく感覚。 それは恐怖だろうか?


(恐怖? そんなバカな――――この俺が、そんなものを!)


 剣による連撃。 トールの全身を斬るというよりも叩くと言った方が正しい攻撃。


 人間の弱点である目も直撃させるが、その感触は常軌を逸脱している。


「一体、何が――――なんだ! トール・ソリット!?」


 恐怖から逃げるよう、そして自身を鼓舞するように大声を叫ぶブレイク男爵。


 それに対してトールは――――


「――――」と無言。 いや、違う? 僅かに口が開いた。そして――――


「ん? あぁ、俺が気を失っている間、待ってくれてたのか?」


 その声色はトール・ソリットそのものだった。


「お前、トール・ソリットなのか?」とブレイク男爵は自身の声が震えているに気づいた。


「そうだ。さっきまでの俺は別人格みたいなもんだ。 復讐鬼って言って――――」


「まさか、お前……気づいてないのか!」


「? 何を言っている?」


「お前の中に、潜んでいる怪物の存在に!」


「……? いや、何かあったのか?」


「あれは簡単に説明できるものではない。今まで見た奇怪な出来事よりも奇怪」


「――――すまないけど、そういうの後にしてくれない?」


「――――!?」とブレイク男爵は絶句した。 それから……頭を左右に振って邪心を振り払う。


「あぁ、そうだな。今までの出来事は戦いには関係ない」


「仕切り直しか」


「いいや、すまない。俺……私が動けるのは、あと僅かだ」


「――――」


「そう悲しそうな顔を見せるな。最後に全力で――――」


 ブレイク男爵は大剣を投げた。 本来なら戦闘意思の消失だと理解するだろう。


 しかし、彼は違う。そのような事はしない。


 唯一の勝機、打撃戦。 剣を捨てれば、こちらに応じてくれる。


 ある意味では信頼関係。  そのまま、ブレイク男爵はトールに向かって行く。


 だが、簡単に先手を与えるトール・ソリットではなかった。


 呼吸を合わせて、ブレイク男爵が拳を振るおうとした直前、トールが先に拳を当てた。


 魔力が込められた打撃。 


 それは一撃必殺の威力――――ブレイク男爵の意識が刈り取られる。


 しかし、意識の手綱を握り直す。 一度、消えた目の光が灯り、拳をトールに叩きこんだ。 

 

 乱打戦の泥仕合。


 もはや、打撃の形ですらない。 拳を握る力もなくなり、そのまま手をぶつける。


 蹴りを放とうとしても足が上がらない。 手も足も攻撃に使えなくなる。


 だったら―――― 一際大きな打撃音。


 トールとブレイク。 互いに頭部を叩き込む――――頭突きの打ち合い。


「なぁ……楽しいか? トール・ソリット?」


「……そうだな。楽しいと思う」


「そうか? ところで娘の事だが……」


「むっ?」


「娘の事は任せた。幸せにしてやってくれ」


「それは約束できない」


「くっくっく……それは予想通りの答えだ。まぁ、できる限りの事はしてやってくれ」


「やめてくれ。それじゃ、まるで遺言だ」


「いや、まだ死ぬつもりはないさ。この言う状態じゃないと私と会話はしないだろ?」


「それは、そうだな。――――実を言えばグリアとは男女の関係ではない」


「知ってるさ。だが、私も娘も得意なんだ……外堀を埋めていくのがな」


「厄介な親子だ。もう寝ろ!」


「そうだな。少し休ませてもらうとする」


 そのまま、ブレイク男爵は座り込むように倒れた。


 その肉体には意識が抜け落ちていて、動く様子はない。


 その姿を見下ろし――――「ふうぅ……」と息と共に緊張を解いた。


 こうしてトール・ソリットは勝利を収めた。

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