第68話 トール対ブレイク男爵の戦い

 その一撃は雄弁だった。


 その体よりも大きな大剣。 鍛え上げられた兵士でも振り回す事は難しい。


 それを愚直に、真っすぐに、トールへ振り下ろす。だがトールは――――


(真っすぐ過ぎる。 避けるのは容易い)


 横へ飛び避ける。 避けると同時にカウンターを狙う。


 しかし、ブレイク男爵の剣は振り下ろす途中、空中で停止した。


「なっ! フェイントだと!」


 それは想定外。


 巨大な大剣を振り下ろし、握力と腕力で停止させる。


 その単純な行為に、どれほどの鍛錬、修練を重ねたのか。――――雄弁だった。


 ブレイク男爵の剣は横に逃げたトールを追いかける。


「――――ッ! させない」


 ブレイク男爵が放つ横薙ぎの一撃。


 それをトールは剣で受ける。 彼が得意とする緻密な動きで衝撃を受け流す技。


 しかし――――


「それは、何度と魔物狩りで見ている!」


 ピタッ!


 トールの剣とブレイク男爵の剣。 双方が交わる直前にブレイク男爵は剣を宙で止めた。


 その後、僅かな……本当に僅かな金属音が鳴り、両者の剣が交わる。


 (鍔迫り合い? 力の競い合いなら、ブレイク男爵が有利……そう考えたのか?)


 だが、トールの予想は外れていた。 ブレイク男爵の狙いは居合抜き。


 すでに抜刀された剣で居合抜き? そう思うかもしれない。


 しかし、居合とは高速で剣を鞘から抜く事だけではない。


 剣を鞘に固定。それ以外の箇所、肉体を総動員させ――――停止していた剣が思い出したかのように急加速を行う。


 斬鉄―――――


 ブレイク男爵の剣は、トールの剣を切断。 そのまま、トール本人の胴体を斬りつける。


 舞う上がるは紅き鮮血。 それは雨のようだった。


「――――ッ! 斬られたか」


 致命傷は避けた。 トールの超反射とも言える回避能力。


 しかし、血液の消費と共に信じられないほど力が消失した感覚が訪れる。


 何より痛み。


(――――痛ッ!アバラ骨の違和感……おそらく骨折)


 そんなトールの様子にブレイク男爵は油断なく見下ろす。


 急ぎ勝負を決するつもりはなさそうだ。 それどころか――――


「すまないな」


「? 何を謝っている」


「私と君、戦闘力の差は大きい。だから、初手……何度となく重ねたフェイント。私の矜持としては卑怯に該当する。だが、その報償も大きい――――これで互角だ」


 その直後、ブレイク男爵は剣を地面に突き刺し、素手のままトールに向かって行く。


「不意打ちにより負傷を誘い……その隙に徒手空拳の戦いにさせてもらう」


 接近戦。


 それを少し離れた場所で見ていたルキウス王は

 

「く~ッ! 見事だ!」と自身の膝を叩いて絶賛の声を上げた。


 その興奮のまま、側近とも言える護衛に話しかける。


「今の攻防、お前にはわかるか? そうだ。ブレイク男爵は組み技や打撃に勝機を見たのだ。そして、それは正しい!」


「格闘技戦ならばブレイク男爵に勝機があるのですか?」


「うむうむ」とルキウス王は上機嫌で頷き、話をつづけた。


「真っ当な剣技の戦い。 距離を取って魔法戦。どちらもブレイク男爵には不利……どころではない。 100回やれば100は負ける力量差だ」


「―――っ! そ、それほどまでに力差が? 武神アレクと言われた男爵相手に……」


「おぉ! それがトールという男だ。 だが、そんな凄い凄い男にブレイク男爵が勝るものもある」  

 

「なるほど……それが格闘技戦ということですね」


「うむ、それもあるが――――ブレイク男爵の真の武器は戦場と死地を生き抜いた戦闘の経験則。老獪さ――――だからこそ、接近戦に持ち込めたのだ。見よ!両者の体格差を」


 エルフの霊薬の効果、10年もの年月を若返っているトールの肉体は、少年のもの。


 確かに逞しさはあるが、どこか薄く、細い印象を抱く。


 対して、ブレイク男爵の体。


 豪華絢爛な普段の服装とは違い戦装束に身に包んだそれは、戦士のもの。


 太さと厚みが体に宿っている。


 両者の体を見比べれば一目瞭然の腕力差。


 組み付きに行くブレイク男爵。 そうはさせまいと下がるトール。


 しかし、前に出る動きと後ろに下がる動き。 どんなに俊敏さがあっても下がる方はいずれ捕まる。


 そして、今――――ブレイクの巨大な腕がトールの肩に届く。


 捕まる。 


 しかし、そのタイミング。 足を止めて迎え撃つトールの打撃がブレイクの腹部へ叩き込まれる。

  

(手ごたえあり――――並みの相手なら一撃で倒れるカウンターだったが、果たしてその効果は?)


 その一撃によりブレイク男爵はうずくまり、体勢を大きく崩して倒れ――――倒れるように前に飛び込んだ。


 それはタックルだった。


 不意打ち。 強烈ない勢いに巻き込まれ、トールは地面に倒れた。

 

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