幻の遊園地
翠月 歩夢
第1話 出られない遊園地
俺達三人は、自分達の住んでいる町の近くに新しく出来た遊園地に遊びに来ていた。しかし、俺達以外には他の客がいないどころか、従業員さえも見当たらない。それもそのはず、何故ならとうに閉園時間は過ぎていたからだ。
だが、困ったことに帰ろうにも出口は封鎖されてしまっており、自力で登るにも困難な高さである。本来ならこういった事故は起こらないのだろうが、新しかった故に従業員の確認も疎かになっていたのかもしれない。
「はぁ……そもそも俺達、なんでここに来たんだっけ」
ため息混じりにそう呟き、柱に寄りかかるようにして光の消えた遊園地を眺める。視界の端に二人がいるのを確認しながら俺はここに来た経緯を思い出していた。
「なぁ、最近出来た遊園地に遊びに行こうぜ」
切っ掛けは俺の友人の一人である大地が放ったこの言葉だった。彼は机に掛けていた鞄を漁り始めたかと思えば、長方形の色鮮やかな紙を取り出して俺達に見せながら瞳を輝かせて先程の言葉を口にしたのだった。
「……遊園地?」
訝しむような顔をしてそう言ったのは翼である。大地の持っている光沢のある紙を手に取り、その紙に書かれた文字を目で追いかけているようだ。一通り目を通したのか、彼は俺にその紙を手渡す。チラシには目の痛くなるような色使いに大きな文字で、この近くに新しく遊園地が出来たという事が書かれていた。
「こんな辺鄙な場所に遊園地が出来るなんてね」
いつもなら冷めた声で大地の発言を一蹴する翼も、心なしか声が弾んでいるようだった。だが、そうなってしまうのも無理はないだろう。何故ならこの町は勿論、隣接する街にもこのようなものは今まで無かったのだから。かくいう俺もこの知らせに舞い上がっていた。
「確か今週の土曜日は二人とも予定入ってなかっただろ?」
少年の様にはしゃぎながら俺と翼の顔を交互に見やる彼は既に行く気満々のようであった。俺と翼は顔を見合わせ、一度頷くと彼の言葉に返答した。
「まぁ、僕は暇だし行ってもいいよ」
「俺も異論はないな」
肯定の言葉を受け取ると彼は嬉しそうに飛び跳ね、携帯を使ってアトラクションの情報等を集め始めたのだった。
そして当日、今日この日が来てひとしきり遊んだ後起きた出来事が今の状況である。あの時は、まさか遊園地から出られなくなるだなんて少しも予想もしていなかったのだ。
「……やっぱりあの柵を登って出るのは無理そう」
大地と一緒にどうにか登って出ることは出来ないかと試行錯誤していた翼が、疲れた様子で息を吐きながら此方に歩いてきた。その後ろに大地が柵から降りて俺の方へ来るのも見えた。
「途中まで登れてもその先が行けないんだよなー」
額に浮かぶ汗を手の甲で拭いつつそう言ったのは大地である。俺も何度か挑戦したのだが、この出口の門扉は半分ほど登った所で足を掛ける場所が無くなる上に、先の方が尖っているため間違って手をかけると怪我する恐れがあるのだ。
「誰か係の人を探すしかないかも」
檻越しに見える外の景色を遠い目で見つめたまま翼が言った。その言葉を聞いて大地は活気のない遊園地を見渡してぽつりと呟いた。
「探そうにも、誰かいるようには思えないな……」
しんと静まり返った園内は人がいるような気配はない。けれど出口周辺で出来ることはもう大方手はつくしたため、残された手段としては翼の言うように従業員を見つけ出すことくらいなのだ。
「ここにいても仕方がない。探しに行こう」
俺がそう言うと、大地も翼も顎を引いて見せた。肯定と取って良いだろう。そう判断した俺は一番近くに見えた、メリーゴーランドやコーヒーカップなどのアトラクションがある場所へと向かった。俺が歩き出すと数歩後ろから二人分の足音が聞こえた。
昼間見た時はファンシーで可愛らしい世界観の場所だと思ったが、日が暮れ、心地よい賑やかさもない今では少し不気味に感じられる。動く気配のない馬達と回らない鳥達の間には一切の人影もなかった。
「ここにはいなさそうだね……」
キョロキョロと忙しなく首を動かしていた翼が諦めたように肩を落として言った。やはり彼の目から見ても人を見つけることは出来なかったようだ。
「……はぁ、どうせならもう一度遊びたいなー」
能天気にそんなことを言い出したのは大地だ。そういえば彼はコーヒーカップに乗った後、帰りにもう一度乗ろうと提案していた。しかし、乗ることがないまま今の状況に陥ったためこんなことを言い出したのだろう。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
呆れたように言ったのは翼だ。彼はいつも大地の突飛な言動を静止している。明るく積極的な大地と冷静で落ち着いた翼は良いコンビだと思う。
「仕方ない。他を当たろう」
ここにいても何の成果も得られないと考え、次の場所へ向かうことにした。ここから近いのは観覧車だろう。その近くにはフードコートもあったので従業員がいる確率もありそうだ。
そちらの方向へ歩を進めると翼はすぐについて来たが、大地は未練がましく見つめた後、気落ちした様子で俺達の後をついてきた。
「あーあ、もっと遊びたかったのになぁー」
頭の後ろで手を組みつつそう言った大地だったが、次の目的地が見えた辺りで未練よりも楽しさが勝ったのか駆け出して行った。
「あっ、ちょっと……!」
焦ったように大地の後を追う翼を見て、俺も二人の後を追いかけた。俺が目的の場所に着いた時、既に二人は偵察を済ませていたようだった。俺も辺りを確認するが、俺達が立てている以外の物音はまるで聞こえなかった。ここにもやはり、誰もいない。
「ここで食べた飯、美味かったよなー」
メニューを見ながら、その味を思い出しているかの如く大地は言った。そのまま彼は言葉を続ける。
「あれもこれも美味しそうだし全部食べて見たかった……」
確かにここのメニューは豊富で、ガッツリ食べられるものから軽食やデザートまで色々揃っていた。しかも遊園地らしく可愛いデザインのものが多く、大地の琴線に触れたようでとても嬉しそうに写真を撮っていた。
「全く……また来ればいいだけじゃん」
物欲しそうな目でじっとメニューを見てる大地に諭すように言う翼。大地は翼の言葉に一瞬嬉しそうな表情を見せたが、その後寂しそうに目を伏せた。
「俺達、もう高三だから次いつ来れるかわかんないだろ?」
大地がそんな顔をすることは滅多にないため、少し面食らったが確かに今の時期、いつまでも遊んでいる訳にはいかない。
「皆が進路決まったらまた来ればいい」
俺は大地にそう言い、翼に視線を向けた。彼は観覧車を見上げその次にフードコートを見、最後に俺を見た。そして肩を竦めながら首を振った。恐らく人がいないかもう一度確認していたのだろう。
「次の所へ行こっか」
翼はそう言ってジェットコースターのある方へと視線を向けた。このフードコートから直線上に進めばこの遊園地の目玉であるジェットコースターにはすぐに着く。俺と翼が歩き始めると後ろから大地が回り込み、両手を広げて静止した。
「何してるの、大地」
進路を塞がれた翼が目を丸くして大地に問いかける。大地は俺と翼の手を引っ張り、ジェットコースターのある方向とは逆の方向へ連れて行こうとしている。
「先にお化け屋敷行きたい!」
「……はぁ?」
もう日も沈み、暗くなり始めた園内で未だ閉じ込められているという状況であるため翼の声に苛立ちが込められていた。それと同時に訝しむかのような目つきで大地を見据え、口を開く。
「大地、今の状況分かってる?」
翼の口振りからして彼は大地が遊園地からの脱出より遊ぶ方に気持ちがいっているのではないかと疑っているみたいだ。翼がこの目をする時は大体、大地が変なことをしないか見極めている時である。
「いやほら、あっちの方が人いそうだろ?」
目を泳がせながらも翼が納得してくれるような台詞を言った大地は俺の方へとその目を向けた。何かを訴えるようなその目に俺はたじろいだ。
「……まぁ、順番なんてどうでもいいしな」
実際、この遊園地は広くない。探せる場所もお化け屋敷とジェットコースターの残り二つだけで距離もそう変わらないのだ。どちらが先でも大差ない。問題はその先、両方行っても誰も見つからなかった場合なのだ。
「
翼は不満げに口を尖らしていたが、渋々了承したようだった。大地はそれを見て意気揚々と歩いて行った。
お化け屋敷の前に着くと、宵闇と静けさが相まって怖さが増していた。悲鳴が響いていた時とはまた、別の意味で心臓が跳ねる。恐怖を抑え、恐る恐る中を覗いて見たものの残念ながらここにも人はいなかった。
「いなかったか……」
流石に堪えてきたのか、明るい大地でさえもため息を零していた。地面を見つめ、暗い顔をしていた大地がはっとしたかと思うと、暗がりに落ちていた何かを拾い上げていた。
「見ろよこれ、俺が落としたやつだ!」
その手に握られていたのは、プラスチックで出来た光るスティックだった。落としたためか欠けていたり汚れていたりしている。大地はそれを大事そうに抱えた。これは土産ショップで彼が買ったものだ。
「いやー、こんな所で見つかるなんてなー」
子供のように振り回して遊んでいた大地であったが、翼に止められ、彼らはジェットコースターの方へと歩き始めた。
「次で最後だな。誰かいればいいんだがな……」
歩きながらそう零す。もし誰もいなかった場合、
本当に遊園地から出れないままになりそうだ。闇が濃くなるにつれ不安が心を支配し始める。
「ま、そんな気負わなくても大丈夫だろ」
相変わらずの楽天的発想ではあるが、大地のそのの言葉に少しだけ安堵を覚えたのは確かだった。彼の奥にいる翼も賛同するように二度頷いてみせる。
「お前らのことだし、この先何かあってもどうにかするだろ?」
人懐っこい笑顔で大地がそう続けた時、その奥から翼が息を呑む気配がした。つられてそちらを見ると彼はジェットコースターを指さしていた。その手は何故か震えていた。彼の指さしたそれをハッキリと視界に映すと一目で彼の意図が分かった。それは本来、この場所なら普通のことであったが俺達にとっては大きな意味を持つものだった。
――機械が、作動している。
カタカタと音を立てて、列車が坂を登っているのだ。当たり前のようにアトラクションが稼働している。だが、坂を登りきる前に止まったかと思うと下降を始めた。それは慣性の法則に従って徐々に速度を上げていく。そして……凄まじい衝突音と共に劈くような悲鳴が聞こえた。
「キャーーー!」
駆け寄ってみればそこには血の海が広がっていた。血溜まりの中央には人が複数人横たわっている。中には微動だにしない人もいれば、出血している箇所を抑え荒い息を繰り返す人もいる。その中に俺は見知った人を見つけた。否、見つけてしまった。そこには先程まで俺の隣で無邪気にはしゃいでいた友人がいた。彼はピクリとも動かない。
――何故、大地が彼処に?
真っ赤に染まった彼の身体の傍には、彼が愛用していた鞄も落ちている。その鞄の中からは、先程大事そうに抱えていたものが見えている。欠けていて、赤黒く汚れた……。
パニックになりそうなのを必死に抑えて無理やり血の海から視線を外し、慌てて隣を見る。俺は隣にいたはずの大地と翼を探した。彼処にいるのはきっと、彼じゃない。そう信じたい一心で。けれど彼らは見つからない。
「翼……? 大地っ……!?」
何度も名前を呼ぶ。だが、返事はない。何度呼んでも、呼んでも……返事は返ってこない。
そうだ。俺はこれを、一度経験している。夢じゃなく現実で。あの日、初めて遊園地に行った俺達はこのジェットコースターで……事故にあったんだ。
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