熱き教育実習と登校拒否②




とはいえ席替えをして初めての授業には戸惑いを感じている生徒もいた。 大人ならともかくとして、子供だと環境の変化に付いていけない子も出てくるだろう。 

ただそれでも順応しようとしている生徒を見ていると熱司のやる気も増していく。


―――まだ一日は始まったばかりだ。

―――だけどあまり俺が飛ばして生徒が付いてこれなくなったらマズいからな。


一時間目の国語は問題なく終わり、予定表へと目を向ける。


―――いきなりやってきたぞ。


元々一時間目は大して問題ないと思っていた。 だが、二時間目は家庭科でしかも調理実習をするというのだ。 一応、朝ご飯の代わりにということのため、事前に連絡してあるが中々中途半端だなと思う。 それでも授業としてあるのだから避けては通れない。 そのカリキュラムを勝手に変更することは流石に許されてはいない。


「よし。 二時間目は家庭科で調理実習だ!」


当然だが斎藤先生も常にいる。 一時間目の間も生徒よりも熱司に目を向けている時間の方が多かった。


―――そんなにジッと見られるとやりにくいんだよな・・・。


ただ調理実習ともなれば、一人でクラス全体を見るのは大変だ。 斎藤先生も流石にそれは分かっており、生徒の様子を見守ってくれるだろう。


「今日はみんなでハンバーグを作るぞ!」

「「「やったぁー!」」」


子供たちは案外普通に喜んでくれた。 子供の好きな食べ物ランキング上位のハンバーグであるから助かったとも言える。


「いいか? “みんなで”だからな? 女子だけでなく、男子も一緒に作るぞ」


そう言うと所々から不安気な声が聞こえてきた。 斎藤先生からも鋭い目付きを向けられている。 だが負けじと気を引き締めた。


―――斎藤先生によると、男子が食材や食器を運び、女子が調理をする予定だったらしい。

―――男子厨房に入るべからず、だなんてあまりにも古過ぎる。

―――確かに必要なら男女でやることを変えるのも悪くはないだろう。

―――だが今の時代に全く合っていない。

―――女子はまだしも、男子にとっては無意味な時間になる。


女子が作っているのを男子が手伝うのだから、家庭の形としてはいいのかもしれないが、今は授業なのだ。 少しでも多くのことを子供に経験させた方がいいに決まっている。


「熱司先生! ちゃんとできるか分かりません」


ただ男子生徒もやったことがないことをやるのは不安だったのだろう。 


「大丈夫だ。 そのために今まで授業でハンバーグの作り方を予習していただろ?」

「でも、男子が調理していいんですか?」


そのような質問が自然に出ること自体がこの学校のおかしいところだ。 そして、この学校にはそんな古い伝統のようなものがいくつも散見できる。 

その一つ目が席替えであり、既に問題なくそこは通過しているのだ。


「今の時代、男も当然のように料理をするんだぞ?」


その言葉に男子生徒は驚いた顔を見せる。


「熱司先生も料理できるんですか!?」

「あぁ、もちろんだ。 だから男子たちも心配することはない。 大丈夫、きっとできるさ」


大人しくなった男子たちを見て言った。


「何かあったら同じ班の女子、または先生に聞いてくれ。 女子も食材や食器を運ぶんだぞ! では始め!」


生徒たちは楽しそうに実習を開始した。 チラリと斎藤先生を見る。


―――・・・うわ。

―――その不満そうな顔、分かりやす過ぎだって。


軽く溜息をついて斎藤先生に近付いた。


「斎藤先生。 何か言いたそうなお顔ですね?」

「そりゃあ、もちろん! ウチの男子たちに何てことを教えているんですか!!」

「これも授業。 経験ですよ。 あと調理実習は危険が付きものなので、俺ばかり見ないで生徒のことも見てあげてくださいね」


そう言うと斎藤先生は顔を真っ赤にした。 ただ場の空気を壊さないようにと思ったのか何も口にはしない。 

これで熱司としては自分のやり方は変えないということをアピールできたため、班を各々周り始める。 みんなで楽しく調理をし、失敗しそうなところもあったが何とか無事ハンバーグが完成した。 

早速実食タイムとなった。


「めっちゃ美味しいー!」

「斎藤先生! 食べてみてよ! 凄く美味しいから!」


女子が斎藤先生に群がっていく。 それを見て熱司は素直に感心していた。 この二週間斎藤先生の印象は覇気がなく平凡。 どう考えても人気が出るタイプではない。 

もしも全く慕われていなければ、今頃別の寂しい光景を目にしていたことだろう。


「え? あ、うん、そうだね。 いただこうかな・・・」


戸惑いながらも斎藤先生はハンバーグを一口食べる。


「・・・ん、本当だ! 凄く美味しいね」

「でしょ! この人参はね、彰くんが切ってくれたんだ!」

「へ、へぇ・・・。 上手だね」

「こっちも食べてみて!」


それでも斎藤先生は顔を引きつらせている。


―――斎藤先生、生徒を褒めることは上手なのに。

―――勿体ないなぁ。


斎藤先生の心証はどうなったかは分からないが、また生徒には好評な時間を送れたようだった。



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