第5話 どこが癒し系ほんわか日常漫画だ!
「おーい! 大丈夫か
「ぶぼむ(努)! ばばぶ、ばぶべべぶべ(早く、助けてくれ)ーーー!」
地球のサイズに比べたら約100倍もする巨大アマガエルに飲み込まれて、犬神家の水死体みたいになっている友達を俺は眺めていた。
「これ見たら絶対、抱腹絶倒だと思うけどなー」
現実世界とほぼ変わらない快晴の空の下で、俺はこの地獄絵図が終わる時間を静かに待っていた――――。
「笑い話をしたい」
そういわれて俺は友達と、部員のいなくなったグラウンドのベンチに座って話を聞いていた。
「なあ、努は大蛇に絞められて死ぬのと、虎に頭を喰われて死ぬのどっちが良い?」
「いや、そば、うどんの聞き方! 軽いノリで人の最期を選ばそうとするな」
快晴の青空を眺めながら魔獣使いみたいな決め台詞をつぶやいたのは、俺と同じサッカー部の
彼はスポーツ万能で、高身長イケメン。もうこの時点で大体予想はつくだろう。
そう、モテるのだ。
悔しいほどにモテまくる。
去年のバレンタインとかいう製菓会社万々歳の商業イベントでは、全校女子生徒の二倍のチョコをもらったらしい。
絶対、隠れて明〇とかの回し者が徘徊していたに違いない。
ただこいつは勉強ができない。
できないといっても、苦手という意味ではなく、勉強自体やることが不可能に近いのだ。
所謂、「書物アレルギー」という病気らしい。
そのため、こいつはいつも鑑識や宝石店の店員が付けるような、白い手袋をしている。
頭のスペックは足りずとも、顔のスペックさえあれば女子という膨大なデータは保管できるというわけか。
……自分で言っていて意味が分からなくなってきた。
まあ、その意味不明さも彼の紹介で十分理解していただけただろう。
「ほんと承太郎は突拍子もないことを言うよな。今回はどうした? 『杜子春』の中にでも入ってきたのか?」
「いや違うんだよ。なんていうか、人の苦しんでいる姿を見ると、この人はどんな最期を選ぶんだろうって思ってさ」
「サイコパスやん! かんっぜんにサイコパスやん! 笑い話どこ行っちゃったのー?」
「慌てないで、本題はここから」
カッターのように鋭い眉毛が、一段と切れ味鋭く眉間にしわを寄せた。
「エミの話なんだけど」
「ああ、エミちゃん。今入院してるんだっけ?」
「そう」
「調子どうなの?」
「それが、あまり容体は芳しくないらしい。最近より笑顔が少なくなってきて」
「そうなんだ」
「そう、そこでなんだけど。あいつに何かプレゼントをあげたいと思って」
「なるほどいいじゃん! じゃあ服とか、バッグとか?」
「俺もそう思った。でもさ、外に行けないのに外で着る服やバッグをもらったら、足のない少年がサッカーボールをプレゼントされた時と同じ気持ちだろうなって思って止めたんだ」
「親切なサイコパスかよ!」
「それにエミはもうプレゼントを十分もらってるんだ」
「メロンとか?」
「いや、家」
「家?! あ、子犬の?」
「ううん、軽井沢に」
「一等地?! 無用の長物じゃん」
「そう思ってエミに聞いたんだよ。本当に欲しいものある? って」
「そしたら?」
「『何もいらない。ただ、笑いたい。』だってさ」
「それは、かなり難しい注文だ」
「そうだろ、だから人生最大の爆笑トークをしてみたんだけど。なぜか、花瓶に挿してあった黄色い花が見る見るうちに萎れていったんだ」
「え、ドライアイス口に入れて話してました?」
「クスリともしなかったから、ちょっと腹が立ってわき腹をくすぐってやったんだけど、これまたおかしい事に手が凍っちゃったんだよ、ほら」
そういって承太郎は、手袋を取って赤くかじかんだ右手を見せてきた。
「うわ、日を浴びたドラキュラみたいな手になってるぞ」
「だろ、水分全部持ってかれたみたいな感じになってるよな」
「それだと、文字も書けなさそうだな」
「そうなんだよ、だから教科書も今まで以上に使いづらくて……」
「「あ!」」
俺と承太郎は向かい合わせで、承太郎の右手を見つめていた。
そのとき俺らの脳天に妙案が天啓の如く舞い降りてきたのだ。
「努、今何か本持っているか? できれば面白いやつ」
「あるよ! じゃん! トラクターに引かれそうになった少女を助けようとしてショック死してしまった少年が異世界転生して、アホな女神とスローライフを送るラノベ!」
「これは素晴らしいな! よし、じゃあ早速行ってみるか!」
「おう、行こうぜ!」
「「いざ、笑える話を見つけに物語の世界へ!」」
ライトノベルの文字がぐにゃりと渦巻き、その中心に向かって俺らは吸い込まれていった。
こうして、俺と承太郎は、承太郎の「書物アレルギー」の症状である、「書籍旅行」によって、この素晴らしい異世界の物語に入っていったのであった。
グニューン……。
渦巻いたラノベの文字がもとに戻るのと同時に、俺と承太郎は元のグラウンドに放り出された。
「ぶへぁ! ……うっわ、ローションかよこれ」
「いやさっきのカエルの粘液だよそれ。きったねえ」
「くっそ……お前、見捨てやがったな! おら食らえ、巨大ガエルのしっとり体液!」
「近づくなバカ! 早くシャワー浴びて来いよ!」
承太郎は粘液のせいで2、3回こけながらシャワー室に向かって行った。
あいつがシャワーを浴びているうちに、さっきの出来事を説明しておこう。
承太郎は小学校のころから本を読みすぎた結果、13歳になったときに突然「書物アレルギー」になってしまったらしい。
なんでも本人が読める本の量のキャパシティを超えてしまっただとか。
例えて言うなら、カニやエビをもともと食べられていた人が、人生で蓄積できる甲殻類アレルギーの上限を超えてしまって、症状が出たといったことと似たようなものだ。
いやなんとも信じがたい話だが、実際に後天的に食べ過ぎでアレルギーが出るというケースもあるのだそうだよ、ワトソン君。
普通のアレルギー反応は痒みとかだが、承太郎の場合は、本や文字に触れるとその本の中に飲み込まれてしまうというものなんだと。
いったい一日に何冊読めばそんな体質になるんだろうね?
そうこうしているうちに、令和の二宮金次郎がバスタオルを背負って帰還だ。
「だれが、二宮金次郎だ」
「聞こえてた?」
「ガンガンに」
「すみません。で、これからどうする?」
「図書室に行こう。そこで色んな本の中に入ってエミと書籍旅行するための面白い話を見つける!」
「了解! 俺も一緒に入る?」
「いや、一人で入る。その代わり努は俺が本から帰ってきたときに、次旅行する面白そうな本を探しておいてくれ」
「わかった! じゃあ協力プレイだな!」
「よろしく!」
そうして俺たちはエミちゃんのために、面白い本を探しに図書室へ足を運んだ。
丸眼鏡のやつれた司書さんが怪訝な顔をしてこっちを見ている。
そりゃそうだ。承太郎は学生服に白手袋をつけているんだ。
鉢巻でもしたら図書室には大変迷惑な応援団と見間違われても仕方がない。
俺は司書さんに小声で「何かすみません」と会釈し本棚へ向かった。
「結局さ、承太郎って小学六年生までで何冊読んだんだっけ?」
「1000万冊」
「え? 1000冊?」
「1000万冊!」
「一日に計算すると……約4500冊?!」
「学校もあるし、半日でそれくらいだから一冊読むのに、10秒くらいかな」
「いやウィダーじゃねえんだから!」
「あの時はパラパラ漫画のように見てたな」
「そんなに読んでたら、大体の小説は全部読んじゃったんじゃないの?」
「いやまだ読んだことないのあるよ、それこそラノベとか」
「そうなの? じゃ~あ」
ピンと来て、俺は面白くなりそうな本を選んで承太郎に見せた。
「……これなんてどうかな?」
「美少女化したニャルラトホテプと二人きりの同棲生活ラブコメ?!」
「エミちゃんと一緒に暮らしたいだろ? だったら面白くて、愛の育み方も学んでおかないとー!」
「大きなお世話だ。だけど、この作品は読んだことないな。わかった行ってくる!」
ぐにゃりと文字が渦巻き承太郎の身体は、掃除機に吸われたシーツのように本の中に頭から吸い込まれていった。
「これ外から見るとえぐいな」
~5分後~
ラノベが光だし渦巻いた文字の中心から承太郎が戻ってきた。
「じょうた……ええ?!」
「だ……だだいま」
「どうした? 顔面が蜂に刺されたように腫れてるし、シャツは焦げ焼けてボロボロ、おまけに痣だらけだぞ!」
「ニャルラトホテプの後を追ってたらあいつ洞察力が高すぎて、毎回不意打ちをしてきてさ……。ちょっと顔出すだけで、「宇宙CQC」とか言って襲ってくるんだもん。あと、何を勘違いしたのか赤髪のツインテールの子が口から火を出してくるんだからもう
「ニャルラトホテプって残忍で破壊的な性格がチャームポイントじゃん、そこが全面的に出てたんだよ! 主人公を守る純愛。素晴らしいよね!」
「素晴らしいことあるか! もっと腹から笑えるものがいい!」
「じゃあ次はこれどう?」
「え? サラリーマンが関西弁の象の神様と出会って自分を変えていく物語?」
「そう、主人公が変わりたいって願ったらいろんな課題を出してくれる象の神様と出会うんだけど、関西弁なの!」
「これは面白そうじゃん、てか関西弁っていうのがいい! 早速行ってくる!」
~5分後~
「うわああああん! おーんおーん、うわああああん!」
「両眼がナイアガラの滝みたいになってるぞ」
「いやだってさああ、感動しちゃって。最初はガネーシャの話とか主人公とのやり取りが面白かったんだけどさ。最後になるにつれて人生の核心に迫った課題を出すからさあああ」
「へー。一番心に刺さったのは?」
「やらずに後悔していることを今日から始める」
「分かるわー! あそこは沁みたなぁ。俺もやらずに後悔しているゲームを早く家帰ってやらなきゃだわぁ」
「そういうことじゃなああい!」
「まあまあそんな泣きながら怒ったらエミちゃんも笑ってくれないぞ。まあ、今のお前の顔を見せたら大爆笑だろうがな」
「うるせえ! 早く次の用意しろよ!」
「そんな怒るなよー。これ見て心落ち着かせて来いよ」
「『学園生活部』の4人の少女が学校で暮らすほんわか日常漫画?」
「漫画じゃだめだった?」
「いや行けるけどさ、漫画は全く読んだことないから」
「じゃあよかった。これは初心者にオススメだから。絶対にこの女の子たちに癒されるから」
「ほんとか? まあエミも癒し系の女の子たちと話せるのは楽しいだろうしな。じゃあ行ってくる」
~1分後~
「おろろろろおろろろろぉぉぉぉおお!」
「吐きすぎ吐きすぎ! 漫画が汚れちゃうって!」
「貴様よくも騙したなぁぁああ! どこが癒し系ほんわか日常漫画だ! 純正のゾンビものだったじゃねえかああああ!」
「ごめんごめん間違えちった。本当はうさぎのいるカフェの物語を見せるつもりだったんだよ。うっかり☆」
「うっかり☆ じゃねえ! お前も八つ裂きにしてやろうか!」
「メグ姉」
「うっ……。ぅおろろろろろろぉぉぉ……!」
「ひゃっひゃっひゃっひゃ!」
「……まじで覚えてろ! 次騙したら容赦しないからな!」
「大丈夫大丈夫、今度は嘘つかないから」
「やっぱり嘘だったじゃねえか!」
「ごめんって。次は大丈夫だから」
「いや、もう信用できないから俺が選ぶ。……これだ」
「これは……ネットの小説投稿サイトでも話題になっていた、スライムとして異世界に転生させられちゃったやつ!」
「これは俺でも知っているぞ! 途轍もない閲覧数を誇った超人気作品だ。この異世界の穏やかで美しい光景をエミと一緒に見に行けば、きっとエミも笑ってくれるに違いない! それでは行ってくる!」
そう言って承太郎は本の中に入っていった。
持ち手がいなくなった本はぽとりと床に落ち、表紙がぺろりとめくられた。
「ん? これって……!」
~2時間後~
「ぷひ~~~ん」
渦巻いた文字の中心から噴水のように湧き出る血液とともに承太郎は戻ってきた。
下半身だけ裸になり上着を鼻血で汚した承太郎は幸せそうな顔で痙攣し、死に損ねた虫のように床に寝そべっていた。
「いや、これは俺のせいじゃないぞ。誰かが本と表紙を入れ替えてこっそりここに隠してたんだよ。まさか飛ばされたのが魔物の王国といっても、サキュバスが妹の魔王の国に飛ばされちゃったとはな。さぞかし艶やかで妖しい絶景を拝めたことだろうよ。ああ羨ましいぜ承太郎! 次行くときは一緒に行こうな!」
俺はそっとバスタオルを承太郎の股間に掛け図書室を後にした。
――その後の承太郎――
「エミちゃんには書籍旅行した話したの?」
「したよ」
「どんな感じで?」
「暴力的なニャルラトホテプと象の神様がゾンビになった世界を、俺とサキュバスが性的な力を合わせて救ったっていう話をした」
「記憶が混ざってる! それでエミちゃんはなんて?」
「何も言わなかったんだけど、めちゃくちゃ冷たい目で見られた」
「そら、下ネタだもん」
「あとなぜか知らないけど、病院の床が全部凍っててめちゃくちゃスベッた」
「祟りだ……」
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