第15話

 イルミネーション点灯まで残り数秒となった。

 目の前にある大きなクリスマスツリーの前には沢山の人が押し寄せた。

 俺たちの後ろには数えきれないほどの人が点灯を待っている。もしもう少し来るのが遅くなっていたら先頭で見ることはできなかっただろう。


「10! 9! 8!」


 残り十秒となったところで、周りの人はカウントダウンを始めた。

 俺と小春も互いの目から視線をクリスマスツリーへと移す。

 そして――――周りの人々がゼロと言った瞬間にクリスマスツリーが下から上へと点灯を始めた。

 赤に青、黄色と色とりどりに光り輝くクリスマスツリーは今まで見た中で一番綺麗なツリーだった。

 ツリーの頂上に飾られている大きな星が黄色く光った刹那。ツリーを中心として周りのイルミネーションが点灯を始めた。

 予想のはるか何倍も綺麗さとスケールの大きさに唖然とする。


「き、綺麗」


 俺の隣でイルミネーションに魅入られている小春はぼそっとそう呟いた。

 俺たちの周りに居たカップルはいつの間にか別のイルミネーションの場所へと移動していた。


「俺たちも別のイルミネーション見に行く?」

「うん! 行こ!」


 元気よく返事をする小春の顔は、凄く楽しそうだ。


「ねぇねぇ、悠斗くん。あそこ行こ!」


 小春は俺と繋いでいる手を一度離し、俺の腕を組んで引っ張りながら白とピンク色に輝くトンネルを指さす。


「うん。行こうか」


 トンネルに入ると、小春はイルミネーションにも負けないくらいに目を輝かせながら周りを見渡す。

 長いトンネルを抜けると、目の前に広がっているのは、藤の花のようなイルミネーションだ。


「悠斗くん、凄いよ! 藤の花みたい!」

「藤の花をイメージにしたのかな?」


 ゆっくりと小春と藤をイメージしたであろうイルミネーションの下を歩く。

 他にもトナカイの形に光るイルミネーションに、花畑をイメージしているイルミネーションと色々見て回った。


「ね、ねぇ、悠斗くん」

「どうしたの?」

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 そう言って小春は俺の腕を離す。


「なら俺も一緒に行くよ。迷子になったら行けないし」

「だ、大丈夫だよ。ちゃんとここまで来れるよ?」

「で、でも」


 俺は続いて「万が一何かあったら」と言おうとしたが、小春は大丈夫と言いながらお手洗いに向かってしまった。





「はぁ、落ち着け私」

 

 私は手を洗いながら目の前の鏡に映る私に向ってそう言った。

 深呼吸を何度も繰り返し、心を落ち着かせる。

 悠斗くんと見て回ったイルミネーションはどれも綺麗で楽しかった。

 時間もあっという間に過ぎた。もうすぐここを離れることになると思う。もう時間がない。でも、緊張して中々行動に移せない。


「やっぱり私には無理だよ」


 そんな弱音を吐いてはいけないことは分かっているけど、でもつい吐いてしまう。

 このために慣れないヒールまで穿いて来たのに。

 それに人が多くてもし見られていたらと思うと恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしようもなくなってしまう。

 

「ふぅ~、はぁ~」


 何度も何度も深呼吸を繰り返す。

 

「大丈夫。私と悠斗くんは恋人なんだから」


 何度も大丈夫、大丈夫と心に向って言う。

 

「で、でも、悠斗くんに嫌がられたらどうしよう」

 

 大丈夫という気持ちよりも、やはり不安の方が勝ってしまう。

 こんな調子で五分以上は鏡の前に立ち尽くしている。


「もうそろそろ行かないと悠斗くんに心配かけちゃうよね。よし!」


 最後に一度だけ大丈夫と鏡に向かって笑顔を作り、悠斗くんの元へ向かった。

 まだ沢山の人達がイルミネーションを楽しんでいる。

 

「大丈夫、迷子にはならない」

「あれ? 小春ちゃん?」


 突然後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「へ?」


 後ろを振り返ると、お洒落に着飾った同じ高校の先輩でもあり、中学の頃の部活動の先輩である桜庭奈那子さくらば ななこ先輩が立っていた。

 連絡先は交換しているけれど、最近は全く連絡を取れていなくて久しぶりに会った。

 

「久しぶり、あれ? 一人?」

「久しぶりです。いえ、私は一人ではないです。先輩こそ一人ですか?」

「私も一人じゃないよ。もう少ししたら多分来るはずだよ」

「彼氏ですか?」

「うん。さっき告白されたばかりなんだけどね。小春ちゃんこそ、こんな可愛い格好して。彼氏とデート?」


 先輩は私の服装を見てそう聞いてきた。

 これはデートと応えても良いのかな? でもデートに違いはないし……


「は、はい。まぁ」

「本当に小春ちゃんって可愛いね。あ、来た来た」


 そう言うと先輩は笑顔で私の後ろの方に向って手を振った。

 

「ごめん、奈那子ちゃん。おまた……せ?」


 聞き覚えのある声に私は後ろを振り返る。

 

「あれ? 一之瀬さん? なんでここに?」


 何度も聞いたことのある声の主は、やはり篠原くんだった。

 両手に持っている飲み物は奈那子先輩の為に買ってきたのだろう。


「し、篠原くんのデートの相手って奈那子先輩だったの⁉」

「そ、そうだけど。もしかして奈那子ちゃんと一之瀬さんって知り合いだったの?」

「うん。中学の頃の部活動が一緒でね。小春ちゃんが二年生になった時、小春ちゃん目当てで数えきれないほどの部活入部希望者が来たんだよねぇ。前代未聞だよ、あんなの」

「そうだったんだ。それで一之瀬さんは何でここに? 一人、ってわけじゃなさそうだけど」


 ここで篠原くんに本当の事を言っても良いのだろうか。

 悠斗くんは、同棲していることは言ってはいけないと言っていた。付き合っていることを秘密にしようと言ったのは私だ。

 でも悠斗くんに聞いてみないと。


「一之瀬さん? どうかしたの?」


 中々口を開かない私を心配してくれたのか、篠原くんが優しい声で聞いてきた。

 私は首を横に振って「な、なんでもないよ」と返した。

 なんでもないとは言ったものの、これからどうこの場を切り抜けようか、良い案など私にはこれっぽっちも無い。

 今ごまかして切り抜けても学校で聞かれる可能性があるから。

 

「こら、翔琉。小春ちゃんにも隠したいことの一つや二つあるんだよ。ほら行くよ。じゃあね、小春ちゃん」

「ごめんね一之瀬さん。また学校でね」


 そう言って奈那子先輩は篠原くんの腕を引っ張って歩いて行った。

 

「良かった」


 ほっと胸を撫でおろす。

 

「あ、悠斗くんの所に行かないと」

「あ、居た。小春」

 

 そう思い歩き出そうとしたが、私に向って悠斗くんが手を振ってくれた。


「え、来てくれたの?」

「うん。やっぱり心配になって」


 もしもうちょっと早く悠斗くんが来ていたら篠原くん達と合流しちゃっていた。

 凄く良いタイミングだった。


「あ、ありがとう」

「じゃあ最後のイルミネーション見に行こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る