オーロラの都と声無き者の使者【11】
「セラの他にもこの森の中に、シューレから逃れた民がいるの?」
「流星はシューレの民とは少し違うわ。でも私の恩人よ。後で追い付くからと彼とはシューレで別れたの」
セラの答えを聞くと、キランはすぐさま部下の名を呼んだ。
「タキス、頼む」
心得たとばかりに、腰の得物を確認してタキスは獣の鳴き声がした方角に走り出した。ノズも火の処理をして、自身の得物を手に取る。
「若様はセラとこちらで身を隠してお待ち下さい」
「いや、それではセラが納得しないだろう」
今にもタキスの後を追いたいセラの気持ちを、若様は的確に言い当てた。見捨てないというキランの言葉を信じて、助けてと懇願してみたものの、彼らだけを危険にさらすつもりなど、セラには端から更々ない。
ノズもセラの性格を察しつつあるのだろう。止めても無駄と思ったのか、残れとは言わなかった。
「くれぐれも私の後ろから前にはお出にならないように。若様はお顔を隠す被り物もお忘れなく」
「セラ、狗は基本的には決められた獲物以外に目もくれないが、獲物の捕縛を阻む者には容赦しない。タキスとノズは狗の習性を熟知している。勝手な行動は控えて、彼らの指示には必ず従うように。それと狗だけを樹海に放ったのならまだいいが、それを使役する兵が行動を共にしている可能性も否定できない。狗以外にも回りの警戒は怠ってはいけないよ。いいね」
フードを目深に被り直しつつ、キランはセラに念を押した。キランの準備が整ったのを確認して、ノズがタキスの消えた方向に歩を進める。
セラたちが暖をとり、野宿した場所は大木が朽ちて、わずかに開けたようになっていたが、人の手の入っていない木の枝は伸び放題だ。そんな枝の合間から虫食い状に覗く空も曇っていて、夜が明けたとはいえ木々の下である樹海の中は薄暗い。背の高い木々が多く、枝が行く手を阻むことはないが、不格好に並んだ木々の合間は奥に行くほどその闇を増していた。
すべてが闇で覆い隠されていた夜と違い、その明暗の違いが殊更セラの心を揺さぶった。
心を奮い立たせるために、ぎゅっと拳を握ると同時に、闇を裂いて再度獣の声が響く。
獰猛な鳴き声から狗と呼ばれる獣の姿を想像して、セラは身体を震わせた。
「行こう」
セラの背を押したのはキランの声だった。先を行くノズの背は木々の影を纏いつつある。急いでセラが一歩を踏み出すと、落ち葉の混じった土がきゅっと鳴った。
足元を気に掛けながら慎重に歩を進めるが、一夜の休息を挟んだことで、ノズとキランの歩調は思いの外早い。
それでも森の中を獣の気配を追い、駆けていったタキスの姿は未だ捉えられない。
気ばかりが焦り足を早めたセラは、木の根に足をとられ前のめりに膝をついた。
「セラ、大丈夫かい」
「気にしないで。急ぎましょう」
セラの異変に気がついたキランが真っ先な足を止める。先を行くノズも静かに足を止めたが、彼は他の異変もとらえているようだった。
「……近いですね」
ノズの呟きに呼応するように、高く伸びる音が空気を震わせた。
「何の音? 耳が痛いわ」
「狗笛です。今の調はタキスが狗の気をそらすために吹いたのでしょう」
ノズが言葉を最後まで言い切らないうちに、再度笛の音が空気を震わせ、怒りを伴った複数の獣の唸り声がそれに続く。合間にきゃんっきゃんっと短い鳴き声が混じり、次第にその数が減っていくと最後には静粛が辺りを支配した。
「終わったの?」
「わからない。タキスと早く合流しよう」
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