オーロラの都と声無き者の使者【9】

 フードに隠れていた髪が落ちてきて、さらりと若様の頬に掛かった。


 顕になったその素顔を目にして、セラは思わず息をのむ。


「信じて欲しいという相手に、顔を隠したままというわけにもいかないだろう」


 そう言って若様の星色の瞳は、セラをとらえて離さない。セラもまたその素顔から目が離せなかった。


 すっきりとした輪郭も、筋の通った目鼻も、若様の顔立ちは流星とそっくりである。髪色だけが流星のそれとは違う焦げ茶色で、それが辛うじて流星との見分けを可能にしていた。だかそれも、流星を知るセラにとっては違和感でしかない。


 世の中にはこんなに顔の似た人間が存在するのだろうか。セラと兄とて、似ていると言われたことは一度や二度ではない。けれどそれも、ここまでそっくりという意図をもってはいないだろう。兄弟ですらそうなのだから、狭い村で育ったセラにとって、瓜二つの二人というのは未知のことでしかない。


「何者なの……」


 流星と同じ星なのか。星は皆似ているのか。そんな憶測も頭を過ったが、だとしたらお供のノズとタキスの説明がつかないし、戦を止めるという彼らの意図がわからない。


「僕はガレの皇太子、名をキラン」


 素顔を明かしてしまっては、正体を隠しておく重要性も薄れてしまったのだろう。あまりにも呆気なく告げられた名は、セラの予想を裏切っていた。


「こう、たい、し……」


 確認するように呟いて、セラは若様と距離を取るように身を引いた。星詠みをシューレに縛る元凶となった一族。セラの皇族に対する認識はそれである。


 自分が彼らと行動を共にすることは、正しい選択であったのだろうか。彼らと流星との関係性を問いただす以前に、自身の選択の正当性が揺らいで奈落に突き落とされた気分である。


 星の光の届かない樹海の中、いつ追っ手がかかるとも知れないのに一人流星を待つのが心細かった。そんな状況の中で差し伸べられた手と与えられた希望が、セラには心地よかったのだ。


 甘言に身を任せてしまったことを悔いてももう遅い。


 セラがあからさまに距離をとったことに、悲しそうに目を伏せて若様が言う。


「セラは皇族が嫌い?」


「嫌いよ。当たり前じゃない」


 ちくりっと少しだけ痛んだ心に気づかない振りをして、セラは言葉を吐き捨てた。


 セラの言葉に若様の伏せられた睫毛が揺れる。


「僕も同じさ」


 小さな呟きは確かにセラの耳まで届いた。セラの拒絶に傾いた心が、少しだけ上を向く。


「どうして?」


「セラだってこうしてシューレを飛び出して来たわけだろ。それと同じことだよ。僕には自国の利益のためだけに他国を虐げることや、一部の者の利益のために民に犠牲を強いることが受け入れ難かったんだ」


「でも若様には、何かを変えられるだけの地位も権力もあるでしょう?」


 皇太子は、時がくれば皇帝の地位を継ぐことになる。そうなれば若様の理想にあった国に変えていくこともできるだろうし、今だって地位に見合った力を行使できるはずだ。


 それをなんでこそこそと動く必要性があるのだろうか。


「父は母が居なくなってしまってから、変わってしまった。今では自己利益を求める者たちが父のまわりを固めている。そしてそんな彼らにとって、僕は目障りな存在なんだよ。僕が使える力のほとんどはもう彼らにおさえられている」


「セラの言う通り、それが利用できればことはもっと簡単だったでしょうね。だが力は削がれ、キラン様は命を狙われているのです」


 黙って主の行動を見守っていたノズが、状況を補足した。


「彼らは僕の死をドレナとの開戦理由にしようとしている。だから僕らは先手を打って姿を消したんだ」


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