オーロラの都と声無き者の使者【7】

 板張りの床は思いの外足音が響く。緊張が抜けきらないリツェであったが、自身の歩みに合わせてリズムを刻むそれに少しだけ落ち着きを取り戻しつつあった。


 城の廊下には綺麗にニスが塗られていて、木材とは思えない艶を放っている。床に映る自身の姿に、先程の検査で乱れた衣服を確認しつつリツェは黙って彼女についていった。


 リツェが案内されたのは一際大きな扉の前だった。先程の兵士と同じ出で立ちの男が二人、扉を挟むようにして立っている。


 女が手を挙げることで合図を送ると、彼らは承知しているのか黙って扉を開けてくれた。


「行くぞ」


 リツェが心の準備をする間もなく、女は扉の中に消える。慌てて後に続けば、足が捉えた感触の変化にリツェは思わずよろめいた。部屋には一面毛の長い敷物が敷かれていて、床板だと思っていたリツェは足をとられてしまったのだ。


「怪我はないですか?」


 そんなリツェを心配した声は、案内役の女ではなく、部屋の奥からだった。


 そこは執務室らしい。重厚な木製の執務机がおかれていて、その向こう側で声の主は椅子から立ち上がってこちらを伺っている。執務机の大きさに比べると随分と小柄な少女である。年の頃は十五、六といったところか、凛とした印象を与える容姿の中で、銀色の瞳だけが年相応に心配そうに揺れている。


 この年若い少女が大公なのだろうか。疑念と不安が入り交じって、声がつかえて出てこない。


 リツェが思い描いていた大公像は偉丈夫であったが、彼女はあまりにもその想像とかけ離れている。


「何をしている。陛下の前だぞ、みっともない」


「カルラ、よいのです。お客人新たなる声は、わたくしを見て驚いてらっしゃるのでしょう。まさか、わたくしのような若輩者が大公だとは思っていらっしゃらなかったご様子」


「陛下、ですが……」


「声たる使者が来たのです。本来ならわたくし自らが真っ先に対応するところ、このような形で迎えた我々にも非はあります」


 案内役の女は当たり前のように彼女を陛下と呼び、彼女も当たり前のようにそれに応じている。それが現実をリツェにつきつけていた。それに追い討ちをかけるように、


「驚かせてしまって申し訳ありません」


 と大公は、リツェに謝罪を口にした。


「大公、陛下……」


 口のなかは乾ききっていて、リツェが絞り出した声は掠れている。


「はい、わたくしが大公シメナ・ティル・アルクトゥールスです。あなたを案内したのは、乳姉妹のカルラ、彼女の無礼はわたくしの責任でもあります。どうかお許しください」


 それでも大公に許しを請われては、応じないわけにはいかない。気休め程度に歯の裏を舌で舐めて、リツェは強ばった唇を動かした。


「無礼も何も、私はあなたのような方に非礼を詫びられるような人間ではありません」


「いいえ、あなたは人魚の声、その声の意義を我々は重々承知しております」


「あなた方は人魚の正体をご存知なのですか?」


 少女は答えに迷うように視線を伏せたが、ええ、と肯定を口にして顔を上げた。


「大昔、我らがその声の役割を担っていたのですから」




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