成人式の前撮りの話

本当に君って

 高校を卒業して約半年。最近の彼女はよく成人式の振袖についての情報を集めている。成人式まで約二年もあるが、一年前までには予約した方が良いらしい。私は振袖を着ないため、大変そうだなぁなんて他人事のように思いながらスマホを険しい顔で見ている彼女を見つめていると、目が合った。彼女の視線は私の身体をなぞるように上下し、またスマホに戻る。


「……あのさ。まさかとは思うけど、自分じゃなくて私に着せる振袖探してる?」


「友人と一緒に前撮り出来るプランがあるからそれで予約しようと思っているのだけど。どうしても嫌?」


 スマホで口元を隠し、上目遣いで小首を傾げる彼女。女性らしい格好は好きではない。髪も彼女に言われて伸ばしていた時期もあったが結局ショートに戻したし、スカートは高校卒業以来一度も穿いていない。しかしまぁ、彼女に可愛いと言われるのは正直悪くはない。


「……しょうがないな。良いよ。前撮りだけなら」


 私がしぶしぶそう答えると、彼女はパッと表情を輝かせた。


「ところで、私が着れるサイズあんの?」


「ええ。大丈夫よ。この間問い合わせたから」


「手回しが早いことで……」


「ふふ。楽しみね」


 そんなわけで数日後。彼女と共に振袖のレンタル店へ。


「お姉さんは当日は振袖着ないんですか?」


「着ません。今日は彼女がどうしてもって言うのでしかたなく」


「ふふ。なんですね」


 彼女と恋人同士であることは話してはいないと思うが。そう見えるのだろうか。そうなら嬉しいと思い「惚れた弱みにつけ込まれてるだけですよ」なんて笑いながら返すと、スタッフの女性はふと手をとめた。そして両手で顔を覆って「尊い……」と呟いた。


「はっ……す、すみません!」


「ははは。いえ。大丈夫です。そういう反応されるの慣れてるんで。ここ、写真撮りにくる同性カップル多いんですか?」


「そうですね。うちは同性同士のウェディングフォトも受け付けてますから」


「あ、そうなんですね。すみません、予約は全部彼女に任せてたのでその辺りは何も知らなくて」


 彼女はその辺も考慮して店を決めてくれたのだろうか。


「お姉さんもウェディングフォトを撮る際はぜひうちに」


「ふふ。そうですね。考えておきます」


「ウェディングは着るんですか?」


「私としてはタキシードが良いんですけど……まぁ、着せられるでしょうね」


「お姉さん、背が高いですし、パッと見男性に見えますけど、女性らしい格好も似合わないわけじゃないと思いますよ」


「そうなんですけど……女性として見られるのが苦手で。男性と間違えて謝ってくる人は多いですけど、男に間違えられたりどっちかわかんないって言われる方が嬉しいですね私としては。まぁ、公共のトイレや更衣室とかは女性に見られないと困っちゃうんですけど」


 なんて雑談をしているうちに着付けとメイクが終わった。彼女はまだかかるらしく、スタッフの女性と引き続き雑談をしながら待っていると「随分と楽しそうね」とどこか不満げな声が聞こえてきた。振り返ると、拗ねるような顔をしていた彼女と目が合う。その顔が可愛くて思わず抱きしめてキスをしたくなるが、人前なので自重した。

 その後、二人並んで記念撮影に。先ほど私の着付けを担当してくれた女性スタッフがカメラマンも兼任するらしい。


「お二人、もうちょっと近づいてもらえます?」


「はーい」


 カメラマンの指示通りに近づくが、私が近づこうとすると、彼女は私が近づいた分離れて一定の距離を保つ。私の方を見ようともしない。


「……百合香」


「……」


「……おーい」


 まるで磁石のように一向に距離を詰めさせてくれない。仕方ないとため息を吐き、少々強引に腰を引き寄せる。「きゃー!」というカメラマンの黄色い悲鳴は聞こえないふりをして逸らされた顔を自分の方に向けて顎を持ち上げる。一瞬目が合ったかと思えば、目のやり場に困るように上下左右にうろつく。


「百合香。私に振袖着てほしいって言ったのは君だろう? ちゃんと目に焼き付けなよ。今日しか着ないんだから」


 逸らされた視線が私の方に戻ってきた。しばらく見つめ合って、少し間を空けてカメラのシャッター音が聞こえた。シャッター切るの忘れたなと心の中で苦笑いする。彼女はシャッター音を聞いてハッとする。


「い、今私、変な顔してなかったですか!?」


「大丈夫ですよー。そのままキスしちゃってくださーい」


「しませんから!」


「えー。しないの?」


「しないわよ馬鹿!」


「ふふ。ごめん」


 なんて他愛もないやり取りの間も、カメラのシャッター音が鳴り響く。彼女はどうしてもカメラが気になるらしく、落ち着かない。


「小物借りても良いですか?」


「はい。どうぞ。私のことは空気だと思ってどうぞご自由に」


「ご自由にって……」


「仕事放棄して趣味に走ってない?」と苦笑いする彼女。そう見えるが、おそらくあれこれ支持するより私に任せた方が自然な写真が撮れると判断したのだろう。そう信じたい。


「やっぱさー、振袖といえば和傘だよね。百合香、どれが良い?」


「……そうね……」


 最初はカメラを気にしていた彼女だが、話しているうちにだんだんと緊張もほぐれてきたのか笑顔が増え、撮影は無事に終了した。撮り終えた写真からアルバムに残す写真を二人で選び、前撮りは終了した。アルバムは後日自宅に届くらしい。


「はー。疲れたぁー!」


「ありがとう海菜。私のわがままに付き合ってくれて」


「良いよ。なんだかんだで楽しかったし」


「……わがままついでにもう一つお願いなんだけど」


「次あそこに行く時はウェディングドレス着てほしいって?」


「……うん」


「良いよ。私もいつも君に趣味に付き合って色々着てもらってるし。おあいこ」


「……」


「痛っ! なんで蹴るの!?」


「あなたの性癖と一緒にしないでくれるかしら」


「いや、一緒じゃん」


「私は脱がしたいわけじゃない」


「着せたまま抱きたいんだよね。分かる分かる」


「あなたねぇ……」


 呆れるようにため息を吐きながらも、繋いだ手は話そうとしない。「本当に君って、私のこと好きだよね」そう揶揄う私に彼女はふっと笑って「あなたがそうさせたのでしょう」と揶揄い返した。

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