百合香と女の子らしさの話

女の子らしさ、私らしさ

『女として生まれたのだから女の子らしくしなさい』それが母の口癖で、私はずっと、母の理想の娘を演じてきた。好きなものも、好きな人も、ランドセルの色も選ばせて貰えなかった。それはもう過去の話。私はもう、好きを選べる。だけど私はずっと、自分の感情を無視して、母の理想の娘を演じるための最適解を選んできた。彼女と付き合い始めてもその癖はなかなか抜けなかったが、最近少しずつ、自分が本当に好きなものが分かるようになってきた。まず、メイクやスカート。これは別に嫌いではない。むしろ好きだ。パステルカラーの可愛い小物も。世間のイメージする女の子らしいものは別に嫌いではない。可愛いと言われることも。

 幼い頃、男の子だからと禁止されていたものや女の子だからと押し付けられていたものは他に何があっただろうか。記憶を辿ると、そういえば昔テレビゲームを強請ったことを思い出す。勇者になって魔王を倒すために冒険するファンタジーゲーム。だけど母が買ってくれたのは、牧場を経営しながらスローライフを楽しむシュミレーションゲームだった。求めていたものとは違ったが、あれはあれで好きだった。海菜の家でゲームをやったことはあるけれど、やったことあるのはパーティゲームやレースゲームなど、一緒に遊べるゲームくらいだ。RPGというものはやったことがない。


「RPGがやりたい?」


「ええ。やったことないの」


「ゲーム好きなのに?」


「……やらせてもらえなかったの」


「なるほど」


「でも、全てのゲームを禁止されてたわけじゃなくてね。女の子ならこれの方が良いんじゃない? って、牧場を経営するシュミレーションゲームを買ってくれたことならあったわ。割とハマった」


「あー。私も昔ハマってたけど……異性としか恋愛出来ないのしんどくてやめたなぁ。最近のは同性と恋愛出来るようになってるみたいだけど」


「そうなの? じゃあ、今なら貴女でも出来るわね」


「……良いの?」


「何が?」


「浮気だ! って言わない?」


「ゲーム内の主人公と貴女は別でしょ。そこまで嫉妬深くないわよ私」


「ぶー」


「なんで不満そうなのよ」


「あっ。そうだ。せっかくだし、一緒に冒険しない?」


「一緒に?」


「うん。ユグドラシルクエストっていう、スマホで出来るオンラインRPGがあってね。多少の課金要素はあるけど普通にプレイする分には無料で充分楽しめるから——」


 そう言いながら彼女は私のスマホを取り上げて勝手にアプリをダウンロードする。ダウンロードが終わったところで開くと、さっそくオープニングが流れた。獣の耳と尻尾を生やした青年、耳が尖った美しい女性、肌が真っ赤で頭にツノを生やした筋肉質な男性、金床で鉄を加工している背の低いおじさん——などなど、この世界には現実の人間とは少し違うさまざまな人型の種族がいるらしい。

 オープニングが終わると『ようこそユグドラシルクエストの世界へ。まずはあなたの分身となるキャラクターを作りましょう』と、画面にテキストが表示され『まずはあなたの分身に名前をつけてください』と続く。


「本名じゃダメよね?」


「本名の人もいるけど、私はわかめって名前でやってる」


「わかめ? なんで?」


「"海の菜"だから」


「海藻ってことね……」


「うん」


「……じゃあ、私はめかぶで」


「……なるほど。私の一部になりた「やっぱり海藻繋がりでもずくにするわね」


「なんでよぉ。可愛いじゃんめかぶちゃん」


「貴女が気持ち悪いこと言うから」


「気持ち悪いとは失礼な」


 キャラクター名がもずくに決定すると『続いて種族を選んでください』とテキストが表示される。選べる種族は人間、エルフ、ダークエルフ、オーガ、ドワーフ、獣人の六種類。タップすると、それぞれの種族に関する説明が表示される。どうやら種族によって能力の伸び方が違うらしい。人間は全ての能力がバランスよく伸び、オーガは物理攻撃、ドワーフは物理防御、獣人は素早さ、エルフは魔法防御、ダークエルフは魔法攻撃が伸びやすい——と、言われても、何を選べば良いか分からない。


「わかめはどれ?」


「わかめは獣人だよ」


「やっぱり素早い方がたくさん攻撃出来るの?」


「いや、素早さが高い順に自分のターンが回ってくるってだけで、攻撃回数が増えたりはしないよ」


「なるほど。自分の順番が来たら一回だけ攻撃できるのね?」


「そう。攻撃するか、防御するか、アイテムを使うか、職業別に使えるスキルを使うか自分のターンが来るたびに何をするかコマンドを選んで戦うんだよ」


「スキル?」


「うーん。実際に見てもらった方が早いかな」


 そう言うと彼女は自分のスマホでアプリを起動した。スマホの上を滑る指の動きに合わせて、頭の上に狐の耳を生やした金髪のキャラクターが動き回る。キャラクターの頭の上には"わかめ"と表示されている。キャラクターが走るたびに長い髪が揺れる。


「この子がわかめ?」


「そう」


「あなたに似てるわね」


「寄せました」


 わかめはそのまま走って、街を出て行った。そして街の外で跳ねていたグミのよう何かにぶつかると、画面が切り替わる。


「これが戦闘画面。詳しくはゲーム内で説明されるから、簡単に説明するね。この名前の隣に書いてあるのが、職業ね」


「盗賊?」


「うん。盗賊。素早さが高くて、盗みが得意な職種だよ」


 彼女が慣れた手つきでコマンドを入れると、わかめが敵に近づいて攻撃を仕掛ける。画面上に『スライムゼリーを盗んだ!』と表示される。わかめが定位置に戻ると、敵がぽよんぽよんと跳ねながら近づいてきて、体当たりをした。わかめがそれを避けると、MISSという表示が出る。


「戦闘の流れはこんな感じ。今のミスはたまたまね。自分の回避が高かったり、相手の命中が低かったりすると起きやすいってだけで、そこは完全に運任せ」


「……なるほど」


 その後、彼女から職業と使えるスキルのレクチャーを受けて、ようやく自分の分身となるキャラクターの種族が決まった。人間より背が低いドワーフ族。種族が決定すると、続いて細かい見た目を設定する画面に移る。性別だけではなく外見も細かく設定出来るようだ。さらに、声も数パターンから選べるようだ。前線に出て戦う戦士なのだから、がたいを良くして、顔はクールな感じで、声は低めにして——髪は……戦うなら邪魔にならないように短い方が良いかもしれない。いや、むしろ無くていい気がする。


「えっ。スキンヘッドにすんの?」


「髪の毛あると戦いづらいかなって思って」


「……なるほど。いや、でもさ、反射して仲間が『眩し!』ってなるかも」


「……なるほど。なら、多少はあった方がいいわね……」


「……ふっ……ふふ……」


 何かがツボに入ったらしく、腹を押さえて縮こまって震える海菜。結局、スキンヘッドはやめてベリーショートにした。最後に旅芸人、戦士、鍛冶師、盗賊、僧侶、魔法使いの六つの職業の中から戦士を選択しようやくこれでキャラクターが完成した。ちなみに、職業は条件を満たすことで増えるし、いつでも変えれるらしい。種族は増えないし変えられないけど、見た目だけなら一時的に種族を変えれる課金アイテムがあるとのこと。髪型や顔はゲーム内の通貨を使えばいつでも可能だが、少しストーリーを進めなければならないようだ。危うくしばらくスキンヘッドになるところだった。


「じゃ、私は君が来るまでその辺うろついてるから。チュートリアル終わったら呼んでね」


「えぇ」


 ストーリーを読み進めていくと、ひと段落ついたところでキャラを操作できるようになった。


「他のプレイヤーはどこにいるの?」


「ちょっとストーリーを進めないと会えないよ」


「そう……」


 ゲーム内のキャラクター——NPCからヒントをもらいながら、ストーリーを進めていくと初めての戦闘に入った。先ほど彼女に教えてもらったより詳しく説明してくれた。

 初めての戦闘を終えてしばらく進むと、街に着いた。ここでようやくマルチプレイが解禁されるらしい。


「広場に居るから探しにおいで」


「えっと……広場ね」


「うん」


 マップを見ながらキャラクターを操作して街の広場に向かう。頭の上に名前が表示されているのがプレイヤーで、表示されていないのはNPC。プレイヤーの名前をタップすると、その人のプロフィールが表示される。そこにレベルも表示されるのだが、最初に来る街だからか、意外と私と変わらないレベルのプレイヤーも多い。


「あ、居た。わかめ」


 広場に着くと、わかめという名前の獣人が噴水のそばに座っているのを見つけた。近づくと獣人は立ち上がり、手を上げて微笑む。


「今のどうやってやったの?」


「ふふ。ここをこうして」


 リアクションのやり方を教わり、私も手をあげて挨拶をする。すると、画面の上の方に『フレンド申請が届きました』とメッセージが表示される。海菜に教わりながら、わかめをフレンド登録をする。

 それにしても、わかめの隣にもずくを並ばせると、身長差が際立つ。現実の私達みたいだ。


「ちなみに、もうちょっと進めると自宅を買えるんだ」


「課金?」


「ううん。ゲームマネーを貯めれば買える物もあるよ。かなり高いけど。私は現実のお給料で買いました」


「いくらしたの?」


「三百円くらいかな」


「あら。意外と安いのね」


「安いけど、安いからこそ気軽に買いすぎて大変なことになるんだよねぇ」


『わかめさんからプレゼントが届きました』というメッセージが表示される。受け取るをタップすると『ワープストーン(わかめの家)×1を手に入れました』と表示され、アイテム欄に追加される。


「それ、私の家にワープ出来るアイテム。使って見て」


 使用すると、ロードが入って画面が切り替わる。めかぶの目の前に立派な豪邸が建っている。門をくぐると『いらっしゃいませ』と掃除をしていたメイド達が手を止めてお辞儀をする。そこにわかめがやってくるとメイド達の台詞が『おかえりなさいませ』に変わった。


「このメイドは? NPC?」


「うん。この子達の種族や性別も選べるよ」


 庭にいるメイドは計四人。各種族一人ずつ雇っていて、あと二人は家の中にいるらしい。タップすると、プロフィールが表示される。ダークエルフのたこ、ドワーフのえび、オーガのおおとろ、人間のほたて。見た目はそれぞれ十代前半のクールな少女、笑顔が可愛らしい二十代前半の若い女性、四〜五十代の元気そうなおばさま、高齢のおっとりしたお婆さんと、年代もタイプもバラバラ。それにしても、変な名前だ。好きな寿司ネタが由来だろうか。となると……


「残りの二人はサーモンとねぎとろかしら?」


「ふふ」


 家の中に入って答え合わせをする。キッチンにエルフのネギトロ、その隣に白い猫耳と尻尾を生やした獣人のサーモンが居た。清楚な雰囲気のネギトロと、セクシーな雰囲気のサーモン。正反対な雰囲気だが、共通点が一つ。胸が大きい。見た目年齢は二十代から三十代くらい。そういえば、初恋の人もそこそこ胸が大きい。好みがわかりやすいなと苦笑いしつつ、自分の胸に目をやると「君のこと、巨乳だから好きになったわけじゃないからね」と彼女は苦笑いする。


「……でも実際、大きい方が好きでしょ」


「……それは否定しないけど。ち、ちなみにこの二人は付き合ってるっていう設定なんだ」


「あら。わかめの愛人じゃないの?」


「ち、違いますー! わかめはもずくちゃん一筋だよ」


「……ふぅん」


「てか、ゲーム内のキャラとあなたは別だってさっき言ったじゃない。結局拗ねるんじゃん」


「別に。拗ねてない」


 そっぽを向くと、顔を戻されて唇を奪われる。「そういうめんどくさいところ可愛い」とにやにやする彼女の頬を両手で押さえて、軽く仕返しをしてからゲーム画面に視線を戻す。すると、わかめの目の前に知らぬ人が立っていた。全身が漆黒の鎧に包まれていて、顔も種族も分からないが、体格の良さからしてオーガだろうか。名前はみたらし。いかつい見た目の割に名前が可愛い。『おいこら。いちゃいちゃしてんじゃねぇよ』と言いながらわかめの足を蹴っている。


「……もしかしてこれ、満ちゃん?」


「そう」


 タップしてプロフィールを確認する。職業は狂戦士。どういう職業かは分からないが、狂った戦士という字面がいかにも満ちゃんっぽい。海菜曰く、戦士のレベルを上げることで解放される職業らしい。


「せっかくだし、満ちゃんも連れてちょっとストーリー進めに行こうか」


「ストーリーは一緒にやれるの? 海菜は私よりだいぶ先に進んでるんじゃない?」


「パーティ組めばリーダーの人の進行度に合わせて進められるから大丈夫だよ」


 海菜から説明を受け、パーティを組むことに。みたらしも『めんどくさ』と言いつつも、付き合ってくれるらしく、パーティに参加してくれた。ついでに送られてきたフレンド申請を承諾して、いざ冒険へ出ようとするとドスンッとベランダから物音が聞こえてきた。海菜がベランダの鍵を開けると、スマホを持った満ちゃんが入ってきて何食わぬ顔で私の隣に座った。


「いちいちチャット打つのめんどくせぇだろ」


「……玄関から入るのさえ面倒なの?」


「うん」


「お母様方もよく許してくれるわね……って……あら? みたらし、職業変わってる」


「私のレベルだと一撃で倒しちゃうから。それだとつまらんだろ。まぁ、これでも多分殴ったら殺せるだろうけど」


 いつの間にかみたらしは僧侶になり、わかめも盗賊から旅芸人になっている。しかし、みたらしの重装備はとても回復役には見えない。わかめは何故か、盗賊っぽいワイルドな衣装からスーツに着替えている。全身鎧の僧侶みたらし、スーツを着た旅芸人わかめ。そんなカオスな二人を引き連れて歩くのは原始人のような皮の服を着てハンマーを背負う戦士もずく。


「仕方ない。私も着替えるか」


 ふと、後ろをついてきていたみたらしが立ち止まる。少し待っていると、みたらしは一瞬にして鎧からスーツに着替える。鎧の下はいかにも戦士といった感じの筋肉質なおじさまだった。


「し、渋い……」


「カッコよくない?」


「満ちゃんの精神擬人化したらこんな感じだよね」


「それは……嬉しくねえな」


「百合香も着替える? 服あげようか」


 そう言って海菜がくれたのはスーツ。着替えるが、ちんちくりんなもずくが着るとなんだか七五三みたいだ。三人お揃いのスーツを着て、砂漠を歩く。想像していた冒険の光景とはなんか違う。けれど、戦ってレベルが上がって、どんどん自分が強くなっていく。この感覚は癖になりそうだ。


「お。望がログインした」


「捕まえて仲間にしようぜ」


「星野くんのキャラ気になる」


 冒険を一旦中断し、海菜達に連れられて星野くんの元へ。「こいつが望」と、満ちゃんがみたらしが突撃させた先にいたのは鎧を着たエルフの女性。名前はこんぺいとう。職業は聖騎士。


「星野くんは女性なのね」


「現実と同じ性別である必要はないからな」


『このもずくってもしかして、わかめの彼女?』


 こんぺいとうがもずくに近づき、頭の上にはてなマークを出す。両手で丸を作るリアクションをすると、フレンド申請が届いた。承諾し、パーティに誘う。するとこんぺいとうは『ちょっと待って』と言い残して消えてしまった。しばらく待っていると、インターフォンが鳴った。「お邪魔します」と下から星野くんの声が聞こえてきて、足音が近づいてくる。


「やっぱり。集合してると思った」


「星野くんはちゃんと玄関から来るのね」


「いや、望の家からだったら流石に私もそうするしかないからな?」


「俺は隣に住んでたとしてもちゃんと玄関から入りますけど。で? 今はなに? 小桜さんのストーリー手伝ってたの?」


「そう」


「ふぅん。じゃあ俺も転職してこよ」


 しばらくして、スーツを着て盗賊に転職したこんぺいとうが戻ってくる。


「なんでドワーフにしたの?」


「前線で戦うなら防御力が高い方が良いかなって」


「意外。小桜さんは魔法使いのイメージだった。前に出たがるタイプなんだ。あぁ、でも言ってたな。ヒーローに憧れてたって」


「えぇ。星野くんこそ、魔法使いじゃないのね」


「俺は魔法使いのイメージある?」


「プリティア好きでしょ?」


「プリティアは確かに魔法使いだけど、割と肉弾戦が多いよ」


「魔法王女ってか、魔法戦士だよなあれ」


 魔法王女プリンセスティアラ。星野くんが好きな女児向けアニメ。私も昔は見ていたが、内容は一切覚えていない。嫌いだという感情だけが残っている。それはもしかしたら、女の子だから見なきゃいけないという義務感で嫌々見ていたからかもしれない。


「……今度、借りてもいい?」


「プリティア? 良いよ。小桜さん、多分初代が一番好きだと思うから初代から貸すね」




 その数日後。私は星野くんから借りて海菜の部屋でプリティアを見ることに。

 数日かけて全話見たことで、女の子だって誰かを守るために戦っていいんだとプリティアはずっと教えてくれていたことに初めて気づく。そのメッセージに気づけないほどに私も母も"女の子らしさ"という曖昧な概念に呪われていたのだろう。改めて、あの時勇気を出して母と向き合って良かった。あのまま大人になって、母親になっていたらきっと、私も自分の子供に自分の思う女の子らしさを押し付けていただろうから。

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