湊の結婚式
兄の結婚式
高校を卒業し、大学生になった年の秋。兄から結婚式の招待状が届いた。お相手は、私が高一の頃から付き合っていた幼馴染の鈴歌さん。兄は一昨年成人式を迎えたばかりの二十一歳。二月で二十二歳になる。対して妻となる鈴歌さんは、今年で二十九歳。七つ年上の姉さん女房だ。付き合い始めた頃から、三年後に結婚する約束をしており、その約束を果たす時が来たらしい。
「……」
私も彼女と永遠の愛を誓い合い、互いに指輪を贈りあった。左手薬指にはめられた婚約の証を見つめながら思う。これが婚約の証からふうふの証に変わる日はいつ来るのだろうかと。
「……海菜。本当は出席したくないんじゃない?」
「……いや、祝いたい気持ちはあるよ。妬みもあるのは本当だけど、祝福の気持ちの方が大きい。兄貴なら鈴歌さんを任せて大丈夫だと思うし」
「そっちなのね」
「鈴歌さん、恋愛運ないからね。歴代の恋人がクズしかいないから。私も兄貴も、幼馴染としてずっとそれを見てきた。恋人ができるたびに心配してきた。だから……兄貴が鈴歌さんと付き合い始めたって聞いた時は、もう心配しなくて良いかなってホッとしたんだ。だから、本当に、お祝いしたい気持ちは強いよ」
彼女に話した言葉に偽りは一つもない。全て本音だ。祝いたい気持ちはある。じゃなかったら出席しない。
「……そう」
背中に彼女の体温が伝わり、腰に腕が回される。
「私はあなたほどは二人のことを知らない。けど、お祝いしたい気持ちはあるわ。あと……ちょっとした、妬みもね。あなたと同じ気持ち」
「そっか」
「……それと……もう一つ、行きたくない理由があるの」
「……私が綺麗すぎて口説かれないか心配?」
「そう。目立っちゃ駄目よ。主役は新郎新婦なんだから」
「そう言われてもな。こんな綺麗な女性連れてたら目立っちゃうよ」
彼女の方を向き直す。今日の彼女は紺色のメンズライクなパンツスーツ姿だ。私も同じスーツを着ている。今は髪を伸ばしていて、控えめではあるもののメイクをしているから男性と間違えられることは少ないかもしれないが、高一の頃の長さですっぴんだったらきっと男性だと思われていただろうなと鏡を見て思う。逆に彼女は当時の私と同じ髪の長さだが、メイクをする前から女性らしさは消えない。顔立ちの違いもそうだが、やはり身体つきの違いが大きいのだろう。
「あなたは一人でも目立つでしょ」
「月は一人では輝けないよ」
「何言ってるのよ。あなたは太陽でしょう」
「違うよ。太陽は君。私は君が居ないと輝けない」
「そうは見えないけど。というか、私だってあなたが居なかったら輝けないわ」
「ふふ。じゃあ、お互いがお互いの太陽であり、月なんだね」
「……私が太陽なら、あなたはひまわりじゃない?」
「いつも
「……我ながら気障すぎたわね」
「ふふ。けど、間違いじゃないよ。私はいつだって君だけを見つめているよ。愛してるよ。私の太陽」
「全く……今日はいつも以上に気障ね」
「振ったのは君じゃない」
「うるさい」
「ふふ。……今日の君は綺麗すぎるから、誰かに口説かれる前に口説いておこうと思ってね」
「毎日口説いてるじゃない」
「死ぬまで口説くよ」
「もう落ちてるから口説かなくて良い」
「分かった。じゃあ、口説くのはベッドの上だけにしとく」
「もう……馬鹿なことばかり言ってないで、そろそろいくわよ」
「ふふ。はぁい。……ねぇ、百合香」
「何?」
玄関のドアを開けようとする彼女を引き止め「今日、式が終わってお家帰ったらすぐ抱くね」と耳元で囁いてから耳にキスを落とす。彼女は顔を真っ赤にして、私を睨んだ。
「な、なんで宣言するのよ! もー!」
「式の間、ずっと私のこと考えていてほしいから」
「……いつだってあなたのこと考えてるわよ」
そういうと彼女は、私を壁に押し付けて、背伸びをして唇を奪う。
「愛してる」
「うん。知ってるよ。私も君を愛してる」
「えぇ。知ってる」
愛を囁き合って、どちらからともなく唇を重ねる。何度も繰り返すうちに、もやもやした気持ちも晴れていく。
「……そろそろ、行こうか。続きはまた帰ってから」
「えぇ」
私は彼女と結婚することは出来ない。けどそれは、今だけの話。そう信じ続けることを諦めたくなる日が度々あるけれど、それでも信じるしかない。結婚するために国を出たとしても、私はきっと、この国に残した友人達のことを思って素直に彼女との結婚を喜べないから。
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