第44話 ひとりだけのお見舞い(2)

お母さんの態度にちょっと戸惑いながら扉の前で大きく深呼吸をする。

静まりかえった病室内にガラガラというドアの開く音が響く。


まだ消灯時間になっていないと思うが、部屋のメイン照明は消えていて、オレンジ色の常夜灯だけが寂しく灯っていた。


暗がりで見難かったが、ベッドで毛布を被っている彼女が見えた。

個室なので彼女の他には誰もいないようだ。


ベッドがひとつしか置いていないその部屋はやたらに大きく、そして寂しく感じた。


「何? もう大丈夫だから心配しないで」


被った毛布の中から籠った彼女の声が響く。

どうやら僕のことをお母さんと勘違いしているようだ。


でも、何が大丈夫だと言ってるのだろうか?


「あの・・・こんばんは・・・」


僕は恐る恐る声を掛けた。


「え、ハルくん?」


びっくりしたように彼女はシーツをまくって顔を出した。


その姿は髪はグチャグチャでいつもの彼女とは想像がつかないものだった。それにしばらく見ないうちに痩せたようだ。


「どうして・・・」

「ごめん。今まで来れなくて」


「あ!」

彼女は自分の姿に気づき、慌ててシーツを被った。

何か悪いことをした気持ちになった。


「ちょっと待って。寝てたから髪もグチャグチャだし顔ひどく腫れてるの。お母さんも酷いな。先に言ってくれればいいのに」

「ごめんね。僕、ちょっと外に出てようか?」

「ごめん。そこにいていいけど、しばらく向こうむいててくれる?」

「うん」


僕はそのまま彼女に背を向けた。


彼女の目が赤く腫れているように見えた。

寝ていたせいだろうか。


しばらく待つと彼女から振り返ってもいいとの許可が出た。


「ごめんね。酷い顔でしょ?」


彼女は恥ずかしそうに俯く。


「僕のほうこそごめん。突然来ちゃって・・・」


次の言葉に詰まる。

言いたいことはたくさんあったはずなのに・・・。


そうだ。お礼を言わなきゃ。

ペン子さんだった彼女に、僕の小説を応援してくれたお礼を。


言い出そうとしたその瞬間に彼女から先に声が出た。


「今までありがとう。ごめんね、いろいろ私に付き合せちゃって。君にはずっとお礼が言いたかったんだ」


先に彼女からお礼を言われてしまった。


今日の彼女は何か違う雰囲気を感じた。

しばらく会っていなかったせいだろうか。


「何を言ってるの? 付き合ってもらってたのは僕のほうでしょ。ダメな僕にずっと女の子と付き合うリハーサルまでしてもらって。麻生さんとは結局うまくいかなかったけど・・・」


「うまくいかなかったって・・・菜美ちゃんと付き合うんじゃないの?」


僕は黙って首を横に振った。


「僕が捜してた人は麻生さんじゃなかったんだ」

「捜してた人?」


捜してた人。

それはペン子さんのことだ。


「今日、学校で麻生さんからみんな聞いたよ。麻生さん、僕のこと好きだったって言ってくれた」

葵さんはびっくりした顔で僕を見た。

「屋上で僕が告白した日のことも聞いたよ。葵さんに相談して僕に告白しようって決めたことも」

「そうか。菜美ちゃん、やっと自分から好きだって言えたんだ。頑張ったな・・・・・」

彼女は嬉しそうに微笑んだ。久しぶりに見る彼女の笑顔だった。


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