第4話 リュウシロウ

掲示板から少し離れた場所、イズミとぽん吉はトボトボと歩く。



「はぁ……結局、あの依頼以外良さそうなのが無かったな」


「ぽん~……」



アカマツを叩きのめした後、周囲の引いた空気を無視しつつ仕事を探していたようだが、結局良さげなものが見つからなかったようだ。



「もうお昼だし、とりあえずご飯でも……」


「ちょっと待ったぁ!!」



気を取り直したいイズミ。しかし、先ほどのような騒動を起こして何もない訳がない。

彼女の前に、突如何者かが立ち塞がる。



「なぁなぁ、さっきアカマツ倒した子だよな? すげえな!!」


「アカマツ? ……ああ、さっきの見た目だけの男か。で、誰なんだお前は」



現れたのは、グレーの髪を無造作マッシュに仕立て上げ、赤と黒のチェック柄Tシャツに紺のスキニーパンツという、軽そうな出で立ちの男性。

派手な格好のように見えるが、すずしろ町にはこのような服装……つまり、洋服を着た者は決して少なくなく珍しくはない。

もっともその出で立ちは、忍者服くらいしか知らなさそうなイズミから不審と思われるに十分だろう。



「へっへ~、俺の名はリュウシロウってんだ。アンタ仕事探してんだよな?」


「……ん?」



その見た目からして、とても忍に見えないと疑うイズミ。彼を、猜疑心たっぷりのジト目で流し見る。

しかし時間を置かず、リュウシロウと名乗る男性から何かを発見する。



「……お前、忍だな?」


「え!? ……ま、まあ一応忍っちゃあ忍なんだけどよ……今は周旋しゅうせん屋だぜ?」



イズミは彼を忍と断定する。

しかしそれには理由があるようで、彼女は黙ってリュウシロウの手を取り……



「……手は嘘を付かないぞ」


「は? え? お、おい!? ……って……ふお……」



満面の笑顔を見せる。

リュウシロウは、美しい顔が近付くにつれて徐々に言葉を失い、やがて嘆息たんそくする。

しかし彼女はすぐさま手を離し、彼に向けて頭を下げる。



「綺麗な手だ……まさか、父上並の手に巡り合えるなんて……」


「綺麗!? アンタの方が綺麗……じゃなくて、こんな汚い手なのに何言ってんだ!?」


「印ダコ、拳ダコ、打撲痕、すり傷、いずれも繰り返し付けられたのだろうな。皮膚の色も変わり、硬質化が著しい。過酷な修行をやり遂げた証だ。これを綺麗と言わずに何と言う」



リュウシロウの手を見ると、全ての指の特定の箇所に何度もマメを作ったような痕と、拳には中手指節関節の大きな膨れ……つまり巨大な拳ダコがあり、全体的に傷だらけとなっている。その他特徴的なのは、拳の至るところに焦げ痕があることだ。



「すまなかった。その出で立ちから疑ってしまってな……高名な忍だとお見受けする。しかし、その焦げた痕は一体……」


「高名……あ、ああ……これか。えっと……雷忍術だから……じゃねえかな……? あはは……」


「雷忍術使いか! なんかこう、手からビリビリって妙な怪光線出すんだろ!? すごいな!」


「怪光線……」



他人の手を見てご満悦。彼女は努力をする者が大好きなようだ。

しかし肝心のリュウシロウ、何とも歯切れが悪い。



「あ、度々すまない! 何かボクに用があるんだったな」


「あ~……えっと……あ、そうそう! アンタ仕事探……」


「もしや腕比べか! そうか、所詮アカマツとやらは木端以下。町に塗られた泥を払拭すべく、最強のお前が出てきた……と」


「……は?」



リュウシロウが言い切る前に勝手に解釈。慌てふためく彼。



「ち、ちょっと待て! アンタに敵う訳がないだろ!? 俺は戦闘がまるでダメ……」


「ははは、謙遜するな! ……面白い。あの程度の輩では不完全燃焼だったんだ。さあ、ここでは何だ。場所を変えよう!」



上がるテンションが抑えきれないイズミ。

リュウシロウの、過酷な修行を経た手を強く握り、そのまま力任せに引っ張っていくのであった。

もちろんその間、彼は様々な弁明や説明をしていたのだが、心躍る彼女には全く伝わらなかったようだ。




※※※




「・・・・・・・・・」



町を流れる川、その郊外の河川敷にまで連れて来れられたリュウシロウ。

焦点の合わない目で空を仰ぎ、涙目になっている。

そこへ、イズミを主とするぽん吉が不安そうな赴きでやってくる。



「ぽん……」


「……? あの子と一緒にいたたぬきか?? ああ、心配してくれてるのか。お前は優しいんだな……」



リュウシロウに擦り寄るぽん吉。ぽん吉は彼の気持ちが分かるのかもしれない。



「あ~……何を勘違いしたらこうなるんだよ……」


「ん? 何をぶつぶつ言ってるんだ? ぽん吉もそこに居ると危ないぞ!」



屈伸をし、身体をぐるぐると回し、準備万端のイズミ。



「すまない、紹介が遅れた。ボクの名はイズミ、力忍術使いだ! いざ尋常に!!」


「……え? ち、力忍術って……それ……」



何か言いたげなリュウシロウだが、イズミは当然のようにスルー。

それどころか気を練り始め……



「はあああーーー! ……忍法!」



ー強空拳・崩潰ほうかい!!ー



両拳に気をまとわせ手を組み、大きく振りかぶって地面を撃つ。デモンストレーションだ。



ズッドォォォォォォーーー!! ……ビキビキッ!!



「!!!!!!」



すると地面が直径20m程度、リュウシロウの足元にまで広範囲にひび割れ、川の水が染み出す。

彼の目は点だ。



「………………は?」



ひび割れ、水が染み出ている足元を見て彼は茫然自失。

一方イズミ、やはりそんなことお構いなしだ。



「さあ、いい勝負になりそうだ。行くぞ!!」



一方的に勝負を始め、飛び出す彼女。



「ま、待てよ!! お、俺の知ってる力忍術と違……」



ズドムっ



「まいたけっ!!!!!!!」



即座に拳が直撃する。しかも顔面。

リュウシロウは戦闘準備以前の問題で、訳も分からないままねじ伏せられてしまった。


イズミはあまりのあっけなさにポカンと口を開けている。



「……………………………………え?」




※※※




一時間後。



「す、すまなかった。本当にすまない! ごめんなさい!」


「もーいーよ……」



顔面の中央が少し凹んでおり、ほろほろと涙を流すリュウシロウ。

仕方ない感が否めないが、イズミの怒涛の謝罪を受け入れる。



「良かった……本当は最初から大技で驚かせようと思ってたが、隙だらけで逆に危ないと感じて牽制に切り替えたんだ」


(良かった、牽制で本当に良かった! ナイス隙だらけの俺ぇぇぇ!!)



涙、さらに増量。



「てか、もし大技だったら俺どうなってた……?」


「もちろん粉々だ」


「生きてた形跡くらい残させろよ!!!」



突っ込むと同時に、心の底から生きてて良かったと思うリュウシロウ。


少し間が空き、イズミが口を開く。



「しかし……本当に弱かったとは……」


「言った筈だぜ? 一応肩書きだけは忍だけどよ、仕事は周旋屋……つまり、忍たちへの仕事の斡旋だ。戦いはからっきしなんだよ。アンタこそ力忍術でよくもそこまで……」


「理不尽だ!!」



リュウシロウが言葉を終える前に強く叫ぶイズミ。

再度彼女はその傷だらけの手を取り、悔しげな面差しを見せる。



「……」


「な、何だよ?」


「こんなに……頑張っているのに……何故だ……? お前自身が自分を弱いと言っても、戦って本当に弱くても、ボクは信じたくない」



心苦しさがありありと分かるイズミの表情。

他人と言えども、努力の分だけ報われなければならないとでも考えているのだろう。

ましてやその努力が苛烈であると想像出来るからこそ、そうあって然るべきなのだろう。


しかし肝心のリュウシロウは特段気にしていないようで、ヘラヘラと笑いながら現実を語る。



「多分アンタの場合、こなした努力の数だけ力になったんだろうな。まーその実力を見たら誰でも想像出来るか。でもよ……皆が皆そうなる訳じゃねえ。俺みたいに、何をどれだけ頑張っても身にならないヤツだって居るんだぜ? へへへ」


「どうして笑えるんだ……? 努力が報われないなんて、そんなこと……」


「んなこと言われてもなぁ……実際報われてねーんだからどうしようもないだろ? じゃあ別の道で生きていくしかないんだよ。塞ぎこんでちゃ明日のメシにありつけねーからな」



ポジティブなリュウシロウ。紆余曲折あったのだろうが、現在の境地に至るまでにどのような過程があったのか、それをイズミはまだ知らない。



「お前は強いんだな」


「そういう強さには自信があるんだ……ん?」



いい感じで場がまとまりそうな間際、またしてもイズミはリュウシロウの手をまじまじと見ては、こねこねといじる。



「だから何だよ?」


「……」



リュウシロウとその手を交互に見るイズミ。

それを繰り返す度に、彼女の目に涙らしきものが溜まっていく。



「……」


「…………」


「………………」


「……………………」



「同情し過ぎだろ!? 俺がめっっっっちゃ可哀相なヤツみてえじゃねぇか!!!!」

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