僕の異世界 3
「その名前で僕を呼ぶなよ、僕は田中じゃない、ツヨシだ、ツヨシ・リチャードだ」
弱くて平凡な名前は捨てたんだ、この世界に来てから僕は非凡で強い人間だ。
「ツヨシ、リチャード……、あ、俳優のリチャード・マッ――」
「な、なんで知ってるんだよ!」
自分で改名したリチャードの元ネタを言い当てられて思わず声がでた。
「君のことを調べてきましたので、確かゲーム・オブ・スローンズがお好きなんですよね?」
「なんでそんな事まで……、ど、どうでもいいだろ! 勝手に詮索するなよ!」
言い当てられて急に恥ずかしさが沸いてきた。好きな俳優だった、特に敵国相手に勇敢に戦う姿には惚れ込んだ、僕はその名前を受け継いだと勝手ながら思っている。この世界には僕を知る人間なんて誰もいなかったのだ、それくらいは許されると思ってのことだ。
「わかりました、ではツヨシさん、まずは私とお話をしましょう」
彼女の恰好、そのままあの学園の制服だ、女子制服だけは無駄に装飾が凝っていて胸元のリボンタイ、紺色のコルセットスカートが他校の生徒にまで人気だった、男子は極めて地味な学ランで不評だったけど。
苛立ちが沸き上がってくる、僕を
「……わかった、敵じゃないって事は信じる、それで? どうやってここに来たんだ? まさか僕みたいに飛ばされて来たのか?」
「いいえ、飛ばされて来たわけじゃないです、私は自らの意思で”
「飛んで……って、じゃ、じゃぁ! 自分の意志でこの世界にこれたってことなのか!?」
冷たい石でも飲み込んだように、嫌な予感が腹にたまっていく。
異物に脈打つ度に不快感が全身に広がっていくようだった。
「はい、その通りです、でも私だけの力ではありません、現実世界から、この異世界、ネピリウムへ能力者の力で転送してもらいました」
「つまり、あの現実世界には僕達以外の能力者がいるって事なのか?」
「ええ、
そう聞かされて、僕は自分の中に猛烈な苛立ちを感じ始めていた。
「は、じゃぁ今まで僕はラノベやゲームみたいな世界にいたってわけだ、笑えるね」
自分以外にも能力者がいる、特別なのは僕だけじゃないという事実への苛立ち。
つまりあの世界じゃ僕は何も知らない、生徒A、モブキャラというわけだ。
僕の周りには自分を主人公だと思い込んでいる奴らがうじゃうじゃいたのだと思うと、気分が悪い。
「じゃぁ君の能力は? どうせ僕みたいにチートなんだろ?」
「いいえ、私の能力は対した物じゃ無いんです、少し説明が難しいのですけど……」
「そうか、まぁこればっかりは運だしな、仕方ないよ、さぁそれで現実世界の君が僕になんの用なんだ?」
「そうですね、では本題です、ツヨシさん、私は貴方を――」
その先の言葉を、僕は予想できていた。僕の嫌な予感は、よく当たる。
「“
彼女は冷たく、冷静にそう告げた。
心臓が冷たい蛇に巻き付かれたみたいに痛んだ。
それは嫌な予感の核心へと突き込む一言だった。
「ダメだッ!! それだけはダメだ!」
それだけは、絶対に、ダメだ。
帰るわけにはいかない、あんなクソみたいな現実世界に帰るくらいならここで死んだ方がマシだ!
「でも、ここの生活は辛くて大変なのでは? 文明も現代の日本よりかなり遅れています、不便も多いはず、それにここはとても危険です」
「ぼ、僕が辛いくらいは別にいいんだ! それよりこの世界には、僕の助けを必要としている人が沢山いるんだよ! い、今だってほら! エルフの里を襲った病毒のために薬草を……と、とにかく僕がこの世界を助けるんだ! 危険なんてあるもんか! 逆らう奴は――」
「
冷たく咎めるような視線を崩さない少女、その冷たい声色は一本の針のように僕の胸を刺した。3日前から監視していたのなら、あの戦闘も見られていたということだろう。
「し、仕方がないだろ、薬草を採っていたら襲ってきたんだ、この薬草がないとエルフの里の皆が死んでしまうんだよ、それにあんなのただのモンスターじゃないか」
「それは違います、あの狼達はこの森林に古くから生息する歴としたこの森の住人達です。そしてハイエルフの里が病毒に犯されているのは、正直に言えば自業自得かと私は推測しています」
「なっ!」
正気を疑う一言だった。
「お前はエルフ達がどうなっても良いって言うのか! 彼らは謎の流行病に苦しんでいるんだぞ!」
「自業自得というのは、どうなってもいいという意味ではないですよ。できる事なら助かって欲しいとも思います。薬草を届けることも反対はしません。でも病毒に悩まされる現状を招いたのは、やはりあの里のエルフ達にも原因があります」
「ど、どうしてそういうことになる! 病気だなんて何もしなくてもかかるだろ!」
「どの世界にも原因もなく現れる病魔はありません、全てには理由があります。この場合、原因はここの薬草です」
「は、はぁ? 薬草って……この霊薬の材料のことか? なにを言うかと思えば、これで彼らを治療するんだぞ? ここの薬草があれば、エルフの秘伝の万能薬が作れるんだ!」
「確かにここの薬草でエルフ里に蔓延している疾病に薬効のある薬が作れます、エルフの里の誰かが昔ここで採取したのでしょう……でも問題はそもそも病気の原因である薬草付近に生息する毒ダニを里へと持ち帰ってしまったことです」
ダニ、犬や猫についている、あのダニのことだ。僕は思わず押し黙ってしまった。
「この森だけに住む特別なダニです、特殊なウィルスの媒体となっている毒ダニで、森の動物達にも寄生しています。なのでウィルスに耐性を作るために動物達もあの薬草を食べに来るんです。別名、『
「べ、別に薬草は誰の物でもないだろ! 誰がどれだけ取ろうと、それはダンジョンに入って得られる正当な報酬じゃないか! そこで襲ってきたモンスターを倒すのだって正当防衛だろ!」
「正当防衛は必要です、だけどツヨシ君……君はあのオオカミ達を
「それの何が悪い? 今後はここの薬草を誰もが……」
ふと、そう考えて、引っかかるものが頭の中にあった。
「ええ、これでこの森の薬草は入手難易度が大きく下がったことでしょう……どうなるかわかりますか? あのオオカミの存在がいないと知った冒険者達はこぞってこの貴重な薬草を採り始め、同時に毒ダニをも街や国へと持ち帰り、その国ではエルフの里と同じような事がおこるでしょう、そして死なないためには、ここの薬草を使うしかない……世界中で薬を買うことができない貧困者が何人亡くなると思いますか?」
訴えるような悲しい目、咎めるような視線の理由はこれだったのか。
「っ……仮にそうだとしても、エルフの里を見殺しにしていい理由にはならないだろ、僕はこれを届ける義務があるんだ」
「では、薬草を届けたら一緒に学園へ戻ってもらえますか?」
「そ、それはできない、僕には……、そう僕にはまだやるべき事があるんだ! こんな事を招いてしまったのは確かに悪いと思ったよ、でもまだ未然に防げる段階だろ? 僕はこう見えてもこの世界に対して大きな貸しがあるんだ、そのツテを使えばこの森を封鎖したり、そ、そうだ焼き尽くせばいいじゃないか! とにかくやるべき事が沢山ある、帰るわけにはいかないね」
そうだ、ハイエルフだけじゃない、僕はまだまだこの世界の住人に求められている。
そうやってこの半年間で多くの人間の悩みを解決し、助け、感謝されてきたんだ。
「世界に求められている……、とは、残念ながら言えないと思います。ツヨシさん」
「それは君が僕の偉業を知らないからだろ? 僕がこの半年で何をしてきたのか」
「いえ、私は知っています、先ほども言いましたけど君の事は
「……適当な事をこれ以上言うなよ、知ってたら現実に帰れなんて言えないはずだ、さすがの僕でも怒るぞ?」
「でも事実です、まずは学園へと帰ってきて欲しい理由を聞いていただけませんか?」
「この世界を救う、それ以上の理由があるとでも言うのか?」
「あります、むしろこの世界こそ君にとって危険なんです。ツヨシさん、落ち着いて聞いてください」
「危険? そんなわけないだろ、僕は最強の――」
「現在、この世界に点在する各国政府、大精霊達からの依頼で、ツヨシ君には
…………は?
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