第104話 予算の都合

 翌朝、誠は焼けるような腹痛で飛び起きた。そのままトイレに駆け込み用を済ませて部屋に帰ろうとした彼の前にいつの間かかなめが立っていた。


「おい、顔色悪りいぜ。何かあったのか?」 


 昨日、ラムの箱を開けるやいなや、かなめはすぐさま誠の口にアルコール度40の液体を流し込んだ。それが原因だとは思っていないようなかなめに呆れながら誠はそのまま自分の部屋に向かう。


「挨拶ぐらいしていけよな」 


 小さな声でつぶやくと、かなめはそのまま喫煙所に向かった。誠は部屋に戻り、Tシャツとジーパンに着替えて部屋を出る。今度はカウラが立っている。


「おはよう」 


 誠の部屋の前でカウラはそれだけ言うと階段を下りていく。誠も食堂に行こうと歩き始めた。腹の違和感と頭痛は続いている。


「昨日は災難だったわねえ」 


 階段の途中で待っていたのはアメリアだった。さすがに彼女はかなめにやたらと酒を飲まされた誠に同情しているように見えた。


「酒が嫌いになれそうですね。このままだと」 


 誠は話題を振られた方向が予想と違っていたことに照れながら頭を掻く。


「それはまあ、かなめちゃんのことは隊長に言ってもらうわよ。それにしてもシャワー室、汚すぎない?」 


「これまでは男所帯だったわけですからね。それにそういうことは寮長の島田先輩に言ってくださいよ」


 そんな誠の言葉にアイシャは大きくため息をついた。 


「その島田君がしばらく本部に泊り込みになりそうだって話よ……なんでもランちゃんの機体の『法術増幅装置』の取り付けの準備だとかで」 


 そう言いながら誠とアメリアは食堂の前にたどり着く。そこにはいつものだらけた雰囲気の隊員達が雑談をしていたが、カウラとアメリアの姿を見ると急に背筋を伸ばして直立不動の体勢を取った。


「ああ、気にしなくて良いわよ」 


 アメリアは軽く敬礼をするとそのまま食堂に入った。厨房で忙しく隊員に指示を出している菰田が見える。とりあえず誠は空いているテーブルに腰を下ろす。当然と言った風にカウラが正面に、そしてアメリアは誠の右隣に座った。


「とりあえず麦茶でも飲みなさいよ」 


 アメリアはやかんに入った麦茶を注いで誠に渡す。誠は受け取ったコップをすぐさま空にした。ともかく喉が渇いた。誠は空のコップをアメリアの前に置いた。


「食事、取ってきて」 


 誠の態度を無視して顔をまじまじと見つめたアメリアがそう言った。


「あの、一応セルフサービスなんですけど」 


「上官命令。取ってきて」 


 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アメリアの気まぐれには一月あまりの付き合いでもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。


「席はアメリアが取っておくと言うことだ」 


 そう言うとカウラは誠に二つのトレーを渡す。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。


「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 


 喫煙所から戻ってきたかなめがさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。


「両手に花かよ、限りだな」 


 朝食当番の菰田がそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。


「予算ついたんですか……でも大変そうですね」 


「まあな、隊長が裏で動いたんだろ?あのおっさんのやりそうなことだ」


 そう言いながら菰田は誠のトレーに乗ったソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 


「司法局の上層部で隊長に弱みを握られていない人物なんているのかな?」 


 カウラの言葉をはぐらかすようにヨハンは笑う。


「まあ、神前のあの『つるぎ』のおかげで上層部連中もこれまでの要請を無視できなくなったんでしょうね……でもまあ、実際に『法術増幅装置』の予算が付くかどうかまでは……」 


「そこまでは俺もなんとも……」 


 菰田はそう言って誠を一睨みしてから次の隊員のトレーにソーセージを盛りつけた。

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