午後の奇襲
第53話 泳げない二人
「やっぱりアタシのクルーザー回せばよかったかなあ」
「西園寺さん、船も持ってるんですか?」
そんな誠の言葉に、珍しく裏も無くうれしそうな顔でかなめが向き直る。
「まあな、それほどたいしたことはねえけどさ」
沖を行く釣り船を見ながら自信たっぷりにかなめが言った。
「かなめちゃん!神前君!」
いつの間にか隣にアメリアの姿があった。
「なに?アタシがいるとおかしいの?」
「そうだな、テメエがいるとろくなことにならねえ」
かなめがそう言うと急にアメリアがしなを作る。
「怖いわ!誠ちゃん。このゴリラ女が!」
そのままアメリアは誠に抱きついてくる。
「アメリア、やっぱお前死ねよ」
逃げる誠に抱きつこうとするアメリアをかなめが片腕で払いのける。
「貴様等、本当に楽しそうだな」
付いてきたカウラの姿が見えた。その表情はかなめの態度に呆れたような感じに見える。
「そうよ、楽しいわよ。かなめちゃんをからかうのは」
「なんだと!このアマ!」
アメリアを殴ろうとするかなめの右手が空を切った。
「カウラいたのかパチンコは行かないのか?去年は……」
「ここら辺の台は渋いからな……やっぱりパチンコは学生街に限る」
なんだかよくわからないことを言うカウラに誠はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。
かなめは砂球を作るとアメリアに投げつけた。
「誠君、見て。かなめったらアタシの顔を砂に投げつけたりするのよ」
「なんだ?今度は島田達とは反対に頭だけ砂に埋もれてみるか?」
「仲良くしましょうよ、ね?お願いしますから」
誠が割って入った。さすがにこれ以上暴れられたらたまらない。そして周りを見ると他に誰も知った顔はいなかった。
「島田先輩達はどうしたんですか?」
二人しかいない状況を不思議に思って誠はアメリアに尋ねた。
「島田君達はお片づけしてくれるって。それと春子さん、それに小夏ちゃんは岩場のほうで遊んでくるって言ってたわ」
「小夏め、やっぱりあいつは餓鬼だなあ」
かなめは鼻で笑う。
「かなめちゃん。中学生と張り合ってるってあなたも餓鬼なんじゃないの?」
砂で団子を作ろうとしながらアメリアが呟いた。
「んだと!」
かなめはアメリアを見上げて伸び上がる。いつでもこぶしを打ち込めるように力をこめた肩の動きが誠の目に入る。
「落ち着いてくださいよ、二人とも!」
誠の言葉でかなめとアメリアはお互い少し呼吸を整えるようにして両手を下げた。
「かなめちゃんは泳げないのは知ってるけど、神前君はどうなの?泳ぎは」
アメリアが肩にかけていたタオルをパラソルの下の荷物の上に置きながら言った。誠の額に油の汗が浮かぶ。
「まあ……どうなんでしょうねえ……」
誠の顔が引きつる。カウラがその煮え切らない語尾に惹かれるようにして誠を見つめる。
「泳げないのね」
「情けない」
アメリアとカウラの言葉。二人がつぶやく言葉に、誠はがっくりと頭をたれる。
「気が合うじゃないか、誠。ピーマンが嫌いで泳げない。やっぱり時代はかなづちだな」
「自慢になることか?任務では海上からの侵攻という作戦が展開……」
説教を始めようとするカウラをアメリアがなんとか押しとどめる。
「カウラちゃんそのくらいにして、じゃあ一緒に教えてあげましょうよ」
アメリアはいいことを思いついたとでも言うように手を叩いた。
「アメリア……アタシはそもそも水に浮かないんだけど……」
「じゃあ私がかなめちゃんに教えてあげるから……面白そうだし」
「人をおもちゃにしてそんなに楽しいか?え?」
「じゃあ私が神前に教えよう」
「アメリア、人の話聞けよ」
かなめがなんとか逃げようとするが良いおもちゃが見つかったアメリアの聞くところでは無かった。
「かなめちゃん、いい物があるのよ」
そう言うとアメリアは小夏が残していった浮き輪をかなめにかぶせる。かなめの額から湯気でも出そうな雰囲気。誠はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
「おい、アメリア。やっぱ埋める!」
逃げ出すアメリアに立ち上がろうとしたかなめだが、砂に足を取られてそのまま顔面から砂浜に突っ込む。
「あら?砂にも潜っちゃうのかしら?」
「このアマ!」
とぼけた顔のアメリアを追ってかなめが走り出した。
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