第2話 すっかり『クラゲだらけ』の海に行くことに

「アメリアの判断は的確だ。特に問題にはならないだろう」 


 カウラは喜んでいいのか呆れるべきなのか判断しかねたような困った表情でアメリアの得意顔を見つめている。


 しかしそのままアメリアがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり後ずさった。


「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の時、誠ちゃんに『一緒に海に行って!』て言ってたそうじゃないの……」 


 アメリアの一言は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。一同の視線は自然と頬を赤らめて照れるカウラへと向けられた。


「それは……」 


 カウラは口ごもる。見事なエメラルドグリーンの髪を頭の後ろで結んでポニーテールにしている彼女もまた戦闘用人造人間『ラストバタリオン』である。比較的表情が希薄なところから彼女は少し人造人間らしく見えた。そんなカウラが珍しく顔を赤らめ羞恥の表情を浮かべている。


 誠はそんなカウラを見ながら冷や汗をかきながら机に突っ伏した。


 先月、配属になったばかりの誠はすぐに実戦を経験することになった。


 遼州星系第四惑星を領有する国家、『甲武国』の貴族主義者の過激派、近藤貴久中佐によるクーデター未遂事件。遼州同盟司法局実働部隊隊は奇襲作戦を仕掛け、数に勝る決起軍を撃破した。その作戦中の緊張感を思い出しながら誠はカウラの横顔を眺めた。


 気丈な性格、それでいてどこかはかなげで、目を離せばどこかへ消えてしまいそうな印象のあるカウラとの約束。思い出すと恥ずかしくて身もだえてしまうような気分になる。


 満足げに誠の隣まで歩み寄ってきたアメリアの姿を見ると、机の上で書類の束にハンコを押していた小学校低学年にしか見えない実働部隊副長、クバルカ・ラン中佐はそのまま立ち上がった。


 誠がここ数日で知ったことと言えばランは典型的なアメリアの妄想話や馬鹿話を勝手に広められた被害者である。東和国防省の女性職員の間ではランは『フィギュアのランちゃん』として常に人形を隠し持って事あるごとに独り言をつぶやいている幼女と言う根も葉もない噂が広まっていた。


 むしろ誠はには、日常を着流し姿に雪駄、白鞘しらざやを手に悠然と町を練り歩いている姿の写真がなぜ出回らないのか不思議だった。


 『任侠団体』の組事務所に『客分』として居候をしていて、彼等からただ飯ただ酒の接待を受けて暮らしているという目に見える『リアル』方がよっぽど面白いとは思っていたが、暴力団対策新法の施行されている時代には少し不祥事の匂いがするからだろうとなんとなく納得していた。


「実はね、これは先週のゲリラライブの慰労会も兼ねてるわけよ。あの時の誠ちゃんの『萌え萌えビラ』が大好評で……そっち系のオタク達がひそかに私達の情報を拡散してくれているのよ……まあ、ネタが下品すぎて放送禁止だっていう意見が大半だけど」 


「海か?行ってこいや。どうせ9月まで海水浴場やってんだから。なんなら軟式野球部の夏合宿でもいいぞ」 


 ランがいつも通り将棋盤から目を離さずにそう言うと、アメリアは大きくうなづいて周りを見回した。


「じゃあ、機動部隊は全員参加でいいわね!」 


 そう言うとアメリアは機動部隊詰め所を後にしようとした。


「ああ、アタシは仕事だかんな!」


 ランが軽く手を挙げながらつぶやく。


「えー!ランちゃんいないの?」


 いかにも残念そうなアメリアの叫びが部屋に響く。


「副隊長は大変なんだよ、いろいろと。まあ楽しんで来いや」


 ランは腕組みしながら満面の笑みでつぶやく。


「仕事なら仕方ないわね。機動部隊は一名欠員……っと」


 アメリアはそう言って手元のメモ帳に印をつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る