第18話 石化


(あれ? 視界が半分暗い……? なんでだ……? 片腕が動かない……? 足もだ……)

 部屋の天井を見るバニロ。いつもの馬車の中ではなかった。

 バニロは動く方の手で自分の身体をぺたぺたと触った。

(硬い……? なんだこれ……、あ、そうか。俺――)

 そこで扉の開く音がする。

「バニロ! 起きたのね!」

「し、しょう……?」

 バニロはなんとか口は動かす事が出来た。

「良かった……意識が戻ったんですね……!」

「ふぃ、る……二人共……俺って……」

「ガーゴイルの群れに襲われたのよ。覚えてない?」

「がー、ごいる……そっか俺、後ろから撃たれて……なんとか勝ったんすけど……」

「ええ、ええ。偉かったわバニロ。そしてごめんなさいちゃんとした事を教えてなくて……野良召喚獣モンスターには禁忌が通用しないって事……」

「ああ……そうだったんすね……通りでワイバーンじゃなくて、俺を狙って来た訳だ……」

「本当に、ごめんなさい……」

「し、しょう? 泣いてるんすか?」

 視界が半分暗くて、リルカの表情を上手く確認出来ないバニロ。

「今、モーガンで治してあげる。モーガンなら〈解呪ディスペル〉が使えるから……」

「そ、んな事したら……また師匠が倒れて……!」

 起き上がろうとして、ベッドから転げ落ちるバニロ。

 ゴトンという音が部屋に響く、初めて聞いた人間ならば、まさか人が落ちた音とは思うまい。

 落ちたバニロを抱えてベッドに戻そうとするリルカ、しかし彼女だけでは力が足りない。

「フィル、手伝って!」

 しかしフィルは唇を引き結んだまま、直立している。

「……リルカさん、私を召喚術師にして下さい」

「……何を? 今、そんな事、言っている場合じゃ」

「あたし、足手まといになりたくないんです。モーガンの召喚、私に任せて下さい」

「でも、半妖精ハーフエルフ召喚書サモンブックに触れたらどうなるかなんて想像がつかないわ……」

「それでも! それでもやりたいんです!」

 フィルの覚悟は堅いようだった。

「……分かったわ。まずはバニロをベッドの上に戻すのを手伝って」

「! ……はい!」

 二人してバニロを担ぎ上げる。

 そうこうしている内にバニロは今の状況を聞いた。

 ここがルビという名の町であるという事。

 つまり自分達がワイバーン飛行船を降りたという事。

「すいません、俺のせいで二人に迷惑かけて」

 なんとか流暢に喋られるようになったバニロが申し訳ないように謝る。

「あんたは頑張ったわ」

「そうですよ! バニロさんは立派にガーゴイルから飛行船を守ったんです! だから次は私が頑張る番です」

 フィルがぐっと拳を胸の前で握りしめる。

「じゃあ、まずはこの召喚書サモンブックを持ってみて」

「はい!」

 そう言って、金の表装の召喚書を受け取ろうとする。そこで。

 バチィ! と音が鳴ってフィルが召喚書サモンブックに弾かれた。

「いたっ!?」

「やっぱりこうなるのね……」

「どういう、事です?」

「貴女の中に流れる大魔力マクロ召喚書サモンブックに流れる大魔力マクロが反発したの」

「え? 大魔力マクロ同士って吸収するんじゃあ? 確かあのジークって人とバニロさんが戦った時、過剰供給オーバーロードがどうとかって……」

「それは強すぎる大魔力マクロの話。これはもっと弱い大魔力マクロの話。具現化してない大魔力マクロ内包大魔力アンダー・マクロとでも呼びましょうか。これは反発しあい霧散する傾向にある。これもまた今この世界に霊脈レイラインが出来にくい状況を作っている要因でもあるわ」

「そんな……じゃあどうしたら?」

 リルカは黙り込んでしまった。

「リルカさん!」

「……耐えるしか、ないわ。召喚書サモンブックの反発作用の苦痛にひたすら耐えるしか、方法は無い……」

「……分かりました。あたし耐えてみせます」

 落とした召喚書サモンブックを拾い上げるフィル。またバチバチと電撃が散る。

 しかし今度は手放す事無く、持ち続けている。

「……っ!? 我が、呼び声に、答えよ……! モーガン!」

 ひたすら激しい破裂音が響いた。フィルの手から血が流れる。しかし、それでも手を離さない。

 黒いドレスに半透明の羽根を生やした女性の精霊。杖を携えている。どこか不機嫌な様子だ。

「お願いモーガン……〈解呪ディスペル〉!」

 渋々と言った感じで杖を振りかざすモーガン。バニロに紫色の光が降り注ぐ。すると石化された箇所が徐々に元へと戻っていく。

 その間にも反発作用は続いている。バチバチと音を鳴らしているフィルと召喚書サモンブック

 バニロの石化が解ける頃には、フィルの手は血まみれになっていた。

「フィル……もう召喚書サモンブックを離せ……! 俺はもう大丈夫っすから……」

「……は、い」

 ボトリと召喚書サモンブックを落とすフィル。それと同時にモーガンも霧散する。

 へたり込むフィル。真っ赤に染まった己の手を見つめて恐怖に震えていた。

「ごめん……俺のせいで無理させて……後は俺がモーガンで手の傷を〈治癒ヒール〉するよ」

「そうね……それがいいわバニロ、お願い出来る?」

「任せて下さい師匠!」

 どんっと勢いよく胸を叩いて咳き込むバニロ。

 それにくすりと笑うフィル。

「ごほっごほっ……じゃあ行くっすよ、我が呼び声に答えよ、モーガン」

 再び現れる精霊、今度は不機嫌さは消えていた。

「モーガン。〈治癒ヒール!」

 杖を振るうモーガン。緑色の光がフィルの手を包む、傷が癒えていった。

「これで一件落着っすかね」

「もとはと言えばアンタが無理したのが悪いんだからねバカ弟子」

「さっきはよく頑張ったって褒めてくれたのに!?」

「ふふっ、ホントに二人は仲が良いですね」

「フィルだってもう私達の仲間なのよ。もっと輪に入って来ていいんだからね?」

「はい! ありがとうございます!」

 ここから再び三人でのメタリアへの馬車の旅が始まる。

 空輸でショートカットしたと言っても、まだまだ先が遠い事は間違いなかったのだった。

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