第37話 意志ある一撃

 シルバーイーグルの生息地は円状の町の西側の草原にある。


「あれがシルバーイーグルか。……名前通りの見た目だな!」


 ユウトの口から出てきた感想は驚きというよりは、納得だった。

 弾力性のある芝生を一歩一歩前進するユウト達の目の前には、悠々と睡眠を勤しんでいる全長十メートルほどの鳥型モンスターがいた。


「名前通りって、なにが?」


「ん? いや、見た目がだよ。名前にシルバーが付いているから」


「……シルバー?」


 ユウトはシルバーイーグルを見ながらアオに説明をする。

 それでもアオは何を言っているのか分からないでいる様子だった。


「ほら、銀って意味だよ。分かるだろ?」


「シルバーが、銀?」


 再度問い詰めるアオは、未だに腑に落ちないでいる。

 そうして、ユウトもアオが何故わからないか疑問になっていた。

 しかし、それは直に紐解く事が出来た。


「そっか、ここは……。だから、そんな概念は無いのか……」


「どんな、概念?」


「いや、今のは独り言だから気にするな」


「アオに隠し事? アオにも教えて!」


 強く迫ってくるアオにユウトは少し眉を寄せる。

 教えてと言われても、教えられる物と教えられない物がある。

 ユウトの場合は、説明しても無理がある物だった。


「……いつか、気が向いたらな」


「分かった! アオ待ってる」


 やけに素直なアオにユウトは少し驚く。

 アオの顔は既に前を向き、ユウトの目からはアオの横顔しか覗けなかった。

 なんともない普通の顔でますます分からなくなる。


「よし! じゃあ倒しに行くか!」


 日は既に真上から少し傾きつつある時刻。

 時間としては一番暑くなる時間帯だが、ここの気候は人の体に適している。

 ここまで晴天だったとしても、汗の一つも流れてこないのだ。


 ユウトが一歩、その弾力性のある芝生を踏みながら、シルバーイーグルに近づくと、アオがそれを止める。


「ユウト、ここはアオに任せて! アオ強くなったから!」


「……そっか。分かった、じゃあアオに任せる」


 自分から敵に立ち向かうアオは、本当に強い。

 出会ってからこれまで、幾度となくアオの成長を見てきたユウトに、再びそう思わせた。


「モンスターは息をしてるから、それを止めれば……」


 ブツブツと小さく呟きながら、アオは先のシルバーイーグルの方へ掌を向ける。

 その掌は青く光る。

 それは、能力の発動を示す。


 アオが能力を発動した直後、先のシルバーイーグルの口元に小さな氷の粒が形成される。

 その粒は一秒も満たない内に、シルバーイーグルの口元を覆った。


「これでもうあれは、……窒息死する!」


「え……、窒息? モンスターって息してたか? 初耳だぞ」


 アオが言った言葉も多少突っ込みどころがあったが、それよりも、ユウトはモンスターが息をしている事に驚いていた。


「うん! ルナが教えてくれた」


 再びその名前を聞いて、ユウトは心臓の音が大きく波打っのが手に取る様に分かった。


「そっか、そうか、そうか、そうだったんだな………」


 無意識的に出た言葉はかなり不自然で、空っぽな物だった。

 それにアオでさえも声色が変わったユウトに気づいてしまう。


「ユウト、さっきからどうしたの? そんなに、悲しそうな顔して、なにか嫌なことでもあったの?」


「え……、悲しそう? 俺、そんな顔になってたか?」


「今も……なってる」


 心配そうにユウトの顔を覗き込むアオはユウトさえも気付かなかった表情を教えてくれる。

 そうしても、ユウトはそれを肯定も否定もせず、ただ他人事だと思いながら聞いていた。

 心の内も空っぽになりかけたその時、前触れもなく氷が割れる大きな音がする。


 すっかりその存在を忘れていたアオとユウトは直にそちらの方へ向く。

 大きな嘴でその氷を噛み砕く姿は、一種の恐怖にも思わせる。


「うそ……。アオの能力が、破られた」


「アオ、作戦変更だ! 今から俺が言う事、出来るならやって欲しい」


 すっかりいつもの調子に戻ったユウトは目の前の存在を観察しながら、その頭で考えていた。

 モンスターの情報量が少ない中、ユウトが推測を含めて作戦を立てる。


「俺が魔法を使って、シルバーイーグルを気絶させる。アオはもう一度、能力を使って口元を凍らせてくれ」


「分かった!」


 ユウトの端的な作戦にアオは一つ返事で承諾する。

 それを聞いたユウトは右手に持っていたアオ経由で貰ったフィーナが使っていた杖を芝生に置く。

 理由は単に邪魔だったから。


「んじゃあ、行くぞ! 覚悟しとけよシルバーイーグル。俺の力で倒す」


 高らかに宣言したユウトの右手には木の棒があった。

 だがそれは、ただの木の棒ではない。


 ウォークウッドのドロップアイテム[ウォークウッドの腕]である。

 どれほどの物かテストをしていないユウトだったが、ドロップアイテムには信頼が深かった。


 走り出すユウト。

 それを向かい打つのは、シルバーイーグル。

 あちらもユウトの方へ走っていた。

 その為、二つが重なり合うのは、そう遅い話ではない。


 そして、ユウトはタイミング良く、そのドロップアイテムを目の前に投げる。


「燃えろ、木ィィ!!」


 いつもと同じく、ユウトはその木の棒へ自分の人差し指を近づけ、魔法を使おうとする。


 ユウトの魔法は詠唱を必要としない。

 魔法陣も形成されない。

 今回も同じに見えた。


 だがしかし、ユウトの口から出てきた言葉は、


「魔法が……出ない……」


 その一言だった。

 発言通り、ユウトの指から出るはずの魔法が出なかった。

 その事実を受け入れる為にユウトは時間を欲していた。

 だが、状況はそれを許さない。


 絶望の感情を頭に浮かべる前に、死を浮かべる。

 ユウトの目の前には魔法で着火されるはずの木が宙を舞い、その先には大きなその口でユウトを丸呑みにしようとしているシルバーイーグルがいた。


 既に地を蹴ったユウトに次なる行動を取る事は出来ない。

 待つのは丸呑みにされる未来のみ。


 キィィィィィィィィィイイイ―――!!


 ここで死ぬつもりは無かったが、ユウトは既に死を考えていた。


 しかし、それは違う形で阻止される。


 時の流れをゆっくりと感じていたユウトは、その黒板を爪でひっかいた様な不快音と目の前から来る空気の圧力によって現実の時の流れへと戻される。


「ああああぁぁぁぁッ!!」


 本能的に耳の穴を塞ごうと思ったユウトであったが、眼前から来る空気の圧力によって、体の自由が効かなくなる。


 結果的にユウトは後方へと吹き飛ばされ、三回ほど強く地面に叩きつけられながら、ようやく止まることができた。


「いっでぇぇぇぇえ!!!」


 たとえ、この地面の芝生が柔らかくとも、弾力性があろうとも、強く叩きつけられたら痛みを感じる。

 それだけ目の前の相手は強敵で、ユウトは目の前に立ちはだかる事すら不可能。


「くそぉぉぉぉ……。いてぇぇぇぇ……。何本か折れたかなぁ……。いや、多分折れてないな、喋れるし。折れたら、もっと痛いからな……」


 まるで経験者の様に語るユウトは、現実を受け止めきれず、軽く苦笑する。

 それと共に、ユウトの目の前に何か落ちているのを確認する。


 それは、ユウトの冒険者ライセンスだった。

 そして無意識的に拾い上げたユウトは、先程魔法が出なかった理由が分かった。


「レベル………1!?。魔力………0!?。おいおい、能力の次はレベルって………嘘、だろ………」


 流石にこの状況での発覚は、不幸中の不幸だった。

 泣きっ面に蜂とはこの事だろう。


 単なる言葉で見たらなんとも思わないだろう。

 だが、本当にそんな状況が舞い降りてしまったら、最悪以外の何物でもない。


「………ユウト………大丈夫………?」


 絶望的なユウトの後ろから苦しそうに少女の声がする。

 それと同時に、違和感を感じる。


 幾度となく叩きつけられたユウトは、最後に止まった一撃に痛みが無かった事に気が付く。

 そして、今もなおユウトは背中越しに人の温かい体温を感じていた。


「アオ! …いっつ……大丈夫か!? 怪我は? 痛い所は?」


「大丈夫。アオは、大丈夫だから……」


 腹、足、腕。

 何処も彼処も悲鳴をあげるユウトであったが、自分のことは二の次にアオの心配をする。


 アオはいつもより少し声を小さくして、ユウトに安堵を促す。

 そんな我慢したアオを見てると、心が痛くなり、自分の不甲斐なさに嫌気がさす。


「悪いアオ! 俺は、俺は……」


「謝るユウトは見たくない!」


 ―――弱い。

 そう言葉にしようとしたユウトの口を押さえたのは、アオだった。

 そして、その理由を述べ終わったアオは静かにその手を戻す。


 それは、弱音を聞きたくないというアオの願いだった。


「ユウトはアオのヒーローだから、ユウトが謝るところなんて、見たくない! だから……だから、謝らないで、お願い」


「わ、……分かった。アオからのお願いならしょうがない。聞くしかない、な。うん、そうだ! 俺はもう、アオに弱い所は見せない!」


 口元から離れた手を再び掴み取り、ユウトはアオの目の前で高らかに宣言する。

 それから、アオは苦しそうにしていたその顔を取り外し、笑顔を浮かべる。


「……てか、俺どうして吹き飛ばされたんだ? 前からの風が強すぎてよく見れなかったから、分からない……。それに、正直食い殺されると思ってたけど……」


「ユウト、風で吹き飛ばされた。あのモンスターが口を開いたのは、空気砲みたいな攻撃をする為だと思う……。どうかな?」


「完璧な推理だと思うぞ。アオは凄いな! ……さてどう倒すか―――」


「―――ユウト、後ろ!」


 これからどう倒すか、三段を前向きに検討しようとした時、アオはユウトの後方の存在へと、指を指す。 

 当たり前の事だが、モンスターはモンスターであるので、時と場合を考えない。

 ましてや、待ってくれるはずが無い。


 先のモンスターに釘付けで、フリーズしているユウトの横からアオの手が伸びる。

 それを横目で目視したユウトは彼女が何をするのか、目で確認できた。


 アオの手は青く光りだす。

 本日二度目の能力発動だった。

 だが、それは先程とは違う。

 発動時間も長く、その規模も大きかった。


「―――痛っっっ!」


 アオが凍らせたのは両翼と両足含め両足元。

 そこまでの力を使えば代償もまた大きい。

 アオは痛みを感じたのか、右手を押さえる。

 どうやら痙攣している様だ。


「……アオ!!」


 まただ。

 はっとしてしまう。

 心配そうにアオの方へ向くユウトであったが、頭内はそれとは別の事を思っていた。

 何も出来なかったユウトに対照して、アオは自分の力を使う。

 その事が、再びユウトの頭に『弱い』という二文字を植え付ける。


「―――! シルバーイーグルが……動き出した……」


 自分の不甲斐なさに絶望をしている間に、直に違う絶望がやってくる。

 シルバーイーグルは軽々と氷で繋がれた地面から足を抜く。

 アオは既に力を使い果たした後で、能力を発動させる力も、逃げる力も残っていない。


「俺が、なんとかしないと……。アオに、見捨てないって言った俺が……アオに、弱い所を見せないって言った俺が……なんとかしろ!!」


 両手で芝生の草を毟るユウト。

 一度力の差を見せつけられた強敵に立ち向かう恐怖で、ユウトの心臓は大きく波打っていた。

 それでも、ユウトに逃げる選択肢は無い。


 その場に立って目の前の強敵に立ち向かおうとした時、ユウトの左手は何かに触れる。

 それに温度は無く、そして柔らかみもない。

 一瞬でアオでは無いことを判断したユウトはそれをゆっくりと見る。


「……フィーの杖……」


 手に取ったのはなんの変哲もないの木造りの杖だった。

 正直に言ってしまうと、まるで弱そうなその杖は頼りないユウトのようで、何処か親近感が湧いてしまう。


「丸腰よりかは、まだましか……。借りるぞ、フィー! 壊れたら……すまん。死んだら、もっとすまん……」


 杖を持ったユウトはその場で立ち上がり、目の前に集中する。

 意識は全部、目の前の強敵に向かった。

 そしてそれは無意識にユウトの口から出る。


「いいや、前言撤回だ! 俺は死なない。死ねない! ………アオ、行ってくる………」


 背を向けたまま、ユウトはアオに一言告げる。

 そして再び、その足で地を蹴る。


 上手く走れているか分からない。

 でも、前に進んでいるのは分かった。

 そして、目の前のモンスターが再びその大きな口を開け、走ってくるのも分かった。


「くそっ、やってや―――」


 やけくそに目を瞑ろうとしたユウトは、逆に瞼を大きく見開く。

 あるはずの無い所に再び氷が生成されたその光景がユウトに再び勇気を与えた。


 シルバーイーグルの開いていた口の中に氷が埋まる。

 それは紛れもなく、アオの能力だった。


「―――アオ」


 後ろは向かず、その名前を小さく呟く。

 アオが今どんな状態なのかユウトには、容易に想像がついた。

 痛みがある上から更に能力を使ったのだ。

 考えたくも無い。


「シルバーイーグル……今度こそ、覚悟しろよ。さっきとは、意志が違う! 大きさも違う!」


 眼前、数メートル先のシルバーイーグルもまた、口の中にあった氷をその強靭な嘴で砕く。

 だが、そのせいでシルバーイーグルの口は閉じ、あの空気砲の様な圧は来ない事が確定した。

 これも、アオが考えた物だとしたら本当に凄い。


「ウォぉぉぉぉぉぉ!!」


 大きく杖を振りかぶったユウトは、シルバーイーグル目掛けて、意思の籠った重みある一撃をかます。


 稲妻の後の空気の重い振動に似た鈍い音がした。

 それと共に、その弾力性のある地面に大きくヒビが入る。

 それは、戦いの終結をその場に知らしめる物となった。

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