第34話 なんの為に

✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「―――という訳なんです!」


 ユウトの目の前の少女は楽しげに今日の出来事を語る。

 なるほどと頷くユウトはアオの方を向き、


「だからアオは木が怖いって言ってるのか」


 同情の目を再び向ける。

 それもその筈。

 いきなり木が喋れば誰でもそうなる。


「そういえば、その後どうしたんだ? その喋る木が出てきたあとは?」


「ちゃんと私の魔法で跡形も無くやっつけましたよ。私はアオちゃんより歳上なんでね」


 両手を脇腹に付け、鼻を高くする仕草でマウントをとってくるフィーナ。

 ちなみに歳上と言っても一歳差なのでユウトはなんとも言えない。


「ともかく、無事に帰って来てくれて良かったよ」


「……意外と師匠は―――なんと言うか……過保護ですよね」


 意外と、という言葉が少し癪にさわるが褒め言葉として受け取ったユウトは、一つ咳払いをして、


「それよりもフィー、俺が言った事とやった事が違うぞ」


「やっぱりそうでしたでしょ、フィー」


 ユウトが言った事とは、『魔法に魔法をかける』という事。

 そして、ユウトに同意するように横からルナが話に入ってくる。


 二人からの攻めに守りを固めきれていなかったようでフィーナは「うぅぅぅ……」と喉を鳴らし唸るだけだった。


「まぁそれはさておき、これはそのウォークウッド? って奴のドロップアイテムって事でいいんだな?」


「はい! その通りです! っで、師匠はいつまで私達をこの汚い状態で居させるんですか?」


 頬を膨らませてながらフィーナはユウトの方へ顔を近づける。

 それを少々阻止するようにルナはフィーナをクイッと引っ張る。

 きっとユウトにその汚い枝が付くの阻止しようとしたのだろう。

 ルナらしい。


「それもそうだなー。……いや、ちょっと待った。そういえばなんでそんな汚い姿になったのかまだ聞いてないぞ」


 最初は笑い流していたものの、肝心な事を気が付きユウトは眉を寄せる。

 フィーナから聞いた内容はウォークウッドというモンスターの討伐とアオが木が怖くなった理由だけである。

 汚くなった訳をユウトは聞いていなかった。


 そんなユウトの不安に近い疑問を消し去る様にフィーナは口を開ける。


「語るも涙、聞くも涙なのですが……、森を出る途中で地鳴りに襲われたんです。それもすっごく大きかったので木の上から枝が落ちてきて……ぐすん。師匠も驚きましましたよね?」


 大きさを自らの腕で再現するフィーナ。

 そもそも地震を腕で表現する事など不可能だが、今のユウトにそんなくだらない事を突っ込む余裕は無かった。


 家に居てても、例え震度1だとしても、ユウトは敏感な性格上、必ずと言ってもいい程地震に気が付く。

 そんなユウトが気付かなかったとしたら、それは―――。


 ―――気絶していた時しかあり得ない。


「その時も……宿に居てたから気付かなかったな俺は……」


「いえ、そんな事無いはずですよ。あんな大きな地鳴り、私でも気絶仕掛けたんですから、例え宿の中に居てても気づきますよ絶対」


 目を反らしながらユウトは必死に否定する。

  それに、なんの悪気も見せず、事実を述べるフィーナにユウトは目を細めるも、それ以上何も言わなかった。


 嘘を付いたのはユウトで、現在進行形で嘘を付いてるのもユウトだ。

 そんなユウトに怒りに任せる事など許されるはずもない。


「何か……あったんですか? ユウトさん」


 黙り込むユウトに何かを察したのか、ルナが問い詰めてくる。

 ルナは普段から何かと考える性格で、頭も切れる時は切れる。

 今みたいに。


 そんなルナに嘘を嘘で塗り託す行為は逆効果と考えたユウトは、


「ああ、あったぞ! ルナからビンタを受けなくて済むって言えば分かるだろ?」


「本当……ですか!」


「ああ、勿論! そんな事で嘘なんて付かないよ」


 『ルナからビンタを受けなくて済む』という事は、ユウトが『能力』を再び使いこなせる様になった事という意味である。

 それはユウトとルナが交わした約束から来ているので、半ば聞かされているフィーナは、頭の上に疑問符が見えた。


「流石はユウトさんですね。まぁ私は信じていましたけど」


 ニコリと微笑むその少女の笑みはユウトの心を動かしかけた。

 それを直視できず、ユウトは目を反らすと、さっきから明後日の方を見て瞑想気味のアオの方へ向く。


「論より証拠だ。見とけよ」


 たとえ能力が発動されたかどうかが分からなくとも、ユウトにとってそれはやる事だけで意味をなす。


 そしていつも通りに、記憶通りにその目に力を入れる。

 そしてアオを見る―――………。


「ぁ―――……」


「……? どうしました? ユウトさん」


 自分の顔に目が付いているか疑う。

 そして、目を大きく開け、そのまま動かなくなったユウトを心配する様に、隣からルナはユウトの肩に触れる。


 ユウトの肩にその手が乗った瞬間、ユウトの止まりかけていた時間が息を吹き返す。

 だがしかし、たとえ時間が蘇生されたと言えど、ユウトの口が開くでもない。


 ―――『能力』が使えない…………。


 口が開かない代わりに、ユウトの頭の中ではそれだけがぐるぐると回転していた。

 その後に訪れるのは、恐怖。

 次は、不安。

 次は、絶望―――。


 幾ら嫌だと思えど、幾らその記憶通り目に力を入れようと、ユウトの目は言うことを聞かない。

 自ら意志がある様に、能力を持つ主に反抗する様に。


「あ、ああ。いつも通り……だった」


 精一杯絞り出した言葉は、ただ一つの嘘だった。

 誰も幸せにならないその嘘は、ルナには逆効果と分かっていても、今のユウトにはそうするしか他に方法が無かった。


 いや、考えれば他にあったのかもしれない。

 だが今日は、それが不可能だった。

 精神的にボロボロにされた今日は。


「フィー、早くそれ洗ってきた方がいいぞ。少し匂うから」


「ひ、ひど! 師匠、やっぱデリカシーに欠けます! ほら、アオちゃん、ルナちゃん早く行くよ!」


 次のルナの言葉を聞く前にユウトは、さっきまでとは違う声色でフィーナを貶す。

 本心で言ってる訳ではない。

 勿論匂わない。

 だが、今はフィーナの、フィーナの心を使ってルナとの物理的距離を遠ざけたかった。


 結果上手くいったようで、ルナは少し怪訝そうな顔をしながらも、フィーナに引っ張られその場を後にする。


 残ったユウトは、フィーナから貰ったウォークウッドのドロップアイテムが入った布袋を片手にギシギシと歯を鳴らしていた。

 それは怒りではない。

 純粋な恐怖と絶望。


 記憶が残っているのにも関わらず自分の能力が使えなくなった恐怖と、唯一の力を失った絶望。

 残るのは喪失感だけだった。


 目からは涙よりも酷いものが出てくる気分だったユウトは、もうすっかり暗くなった外を見て、その重い足取りで自室に戻った。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 自室に戻ってまず最初に出したのはうめき声だった。

 言葉にもならないその声はその部屋へと充満する。


 辛うじて部屋の灯りをつけたユウトは、一歩前進すると、電池が切れたように前のめりに倒れる。

 片手は床についたまま、右手を拳にして、


「なんで……なんで………なんで…………だよ」


 床を殴るユウトの目からは涙が流れていた。

 苦しいその声は掠れながらそれでもユウト意外誰もいないこの部屋に響く。


「やっと、やっと使えるようになったんだ! ……俺が、俺が何をしたっていうんだよ!」


 答えは簡単だった。

 何もしてない。

 何もしてないからこそ、痛い。


「くそっ………くそっ………くそぉぉぉぉおおお!!」


 力一杯床を殴る拳は悲鳴をあげる。

 あげた所でユウトは止まらなかった。


 この苦しみは、この怒りは、何処にぶつければいいんだ。

 分からない。


「―――見たい、見たい、見たい……」


 人の名前を、能力の名前を、レベルを、いつものように出てきたあれを見たい。

 使い方も分かる。

 それに関する記憶も残っている。

 だが、それを許さない。


「―――見たい、見たい、見たい……」


 唯一の力。

 その力で異世界に来てからいくつもの困難を乗り越えてきた。

 魔法の才能も、喧嘩の才能もないユウトが、ここまでやってこれたのはその能力があったからこそだろう。


「―――見たい! ……俺は、見たいんだ! 俺は―――!!」


 最後の言葉を言い終わる前にユウトは声が出なくなった。

 原因は、鈍器で殴られたような重い衝撃を頭にうけたからだ。


「ッああ―――いだい………ぃだい………ああ、あダまガ………わレる」


 過去に体験したことの無いその痛みは、ユウトの頭を潰しにかかる。

 内側から来るその感覚はユウトの視界を歪ませる。


 そして次に訪れたのは、今日二度目となる気絶だった―――。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 何時間寝ていたのだろうか。

 ユウトにとっては一瞬だった。


 目覚めたユウトは目を疑う。

 ユウトの体はベットに横たわっており、よく見れば外は既に朝日が登った後で、明るかった。

 床で気絶した事を覚えているユウトは何故今ベットに居るのか、一目する事で分かった。


 目の前には椅子に座り、ユウトのベットに寄りかかったまま寝ているルナの姿がある。

 彼女の存在はユウトが気絶した後の事がどうだったか、容易に想像出来た。

 きっと食事に来ない事を不思議に思い、顔を覗かせたのだろう。


「まったく、そんな無防備で居たら俺襲っちゃうぞ」


 隣にベットがあるのにも関わらず、ルナがここにいようと選択したのは、彼女なりの考えがあったのだろう。

 ユウトは何も羽織っていないその体に布団をかける。


 それにしても、大分気分が楽になった気がする。

 一度寝たからだろうか。

 だとしても、不安や絶望が消えた訳ではないない。

 むしろ増えた気もする。

 冷静になった分、色々最悪な事を考えてしまう。


 そんな無言の不安を抱えるユウトに向かって、ある一つの声が響く。


「ユウトさんは襲うなんて酷い事しないって分かってますから大丈夫ですよ」


「い、い、い、いつから起きてたんだよ!!」


 自分の恥ずかしい発言が聞かれていたと思わなかったユウトは、素直に同様する。

 そんないつも通りの反応を見たルナは少し笑って、


「丁度ユウトさんが布団をかけてくれた時からです。意外とユウトさんは優しいですね」


「意外とって、俺の何を知ってるのかは分からないけどなぁ、俺は普段からかなり優しいぞ!」


「そうですね。ユウトさんは、かわいい女の子に優しいですね」


 嫌味混じりに言ったその言葉にユウトはそっぽを向く。

 そんな態度にルナは溜息をこぼしながら、


「でも元気そうで良かったです。ユウトさん、見に行った時は痙攣しながら泡を吹いていましたから」


「そ、そうだったのか……」


 気絶してからの悲惨な現場をルナに見られてしまった事にユウトは少し眉を寄せる。

 そんな事よりもユウトは昨日の事があまりに気がかりだった。

 急に来た衝撃。

 そして、流れるように気絶。


「丁度良い。ルナ、お前に話がある」


 ユウトは再びベットに座り込むと、ルナの方を一点に見つめ、真剣になる。

 その真剣さに気づいたのか、ルナの方も聞く準備が整った様に構える。


 そして、ユウトが今一番聞きたい謎について口を開く。


「能力ってなんだ?」


 絞り出した質問はあまりに抽象的で、分かりにくい質問だった。

 その質問のルナの答えは、


「能力は、能力です。それ以上でも、それ以下でもありません」


「俺が聞きたいのはそれじゃないんだ。……いや、聞き方が悪かったな。つまりだ、能力の正体はなんだ? 神の使いなんだから分かるんだろ?」


 何故能力が使える人と、使えない人が居るのか。

 何故能力についての記憶があるのか。

 何故記憶があるのにも関わらず、それを使えないのか。

 その全てをひっくるめたユウトが辿り着いた質問が、能力の正体だった。


「それは―――私からはお答えできません」


「……は?」


 答えですらないその発言にユウトは間抜けな声をあげる。


「待て待て、答えられないってなんだよ! 知ってるのか? 知ってるから、分からないじゃなくて答えられないって言ったのか? なぁ、おい!」


「……………」


 怒りを表に出してくるユウト。

 それでも沈黙を守るルナにユウトは更に怒りをまとわせる。


「なんで何も言わないんだよ! 神の使いだろ! 違うのか?」


「神の……使いだからです……」


「理由になってない」


 更にユウトを失望させるルナは俯いて苦しそうにしている。

 だが、ユウトも苦しんでいる。

 人の事を気遣う余裕がないユウトは更に、


「じゃあ、なんの為に俺と一緒にいるんだよ! 俺が知りたい事を言ってくれなきゃ意味ないだろ!!」


「―――!」


 怒りに任せて飛ばした言葉は、一秒も満たない内にルナの耳に届く。

 それを聞いたルナは目を開け、口を開け、唇を震わせていた。


 何を思ってそんな表情になるのか、今のユウトには、想像出来なかった。

 ルナという少女が、ユウトにとって謎以上の存在になってしまったからだ。


「ごめん……なさい……」


「あぁ?」


 ルナの謝罪。

 何に対してか、誰に対してか分からないその謝罪は、ユウトに不快感しか与えなかった。


「ふざけんなよ! なんの謝罪だよ! なぁルナ、なんでお前は俺に付いてきてるんだ?」


「…………」


「それも答えられないのかよ……」


 ルナの沈黙にユウトはルナが答えられないと察する。

 それにユウトは拳を握り締める。


 ここまで怒りが浮かび上がったのは過去最大かもしれない。

 あと一つ、あと一つでも、ルナがユウトに怒りを与えたら、ユウトは殴っていたかもしれない。

 だからこそ、一旦冷静になる為に、


「答えられないなら……この部屋から出ていってくれ」


「……わかり……ました」


 声だけではなく、全身で怒りを表現していたユウトのその姿を、ルナは止む終えず承諾する。

 そして、薄い金髪の少女はこの部屋から出て行く。

 その後ろ姿は、あまりにも悲しく見えた。

 それがまた、ユウトの怒りを駆り立てた。



「くそっ! くそっ! くそっ!」


 ベッドを殴る。

 床より柔らかいそれは、ユウトの拳にダメージを与えない。

 その代わり、怒りの解消も与えない。


「なんでルナが悲しい顔をするんだ! なんでルナが辛そうにしてるんだ! なんでルナが苦しそうに俺を見るんだ……」


 ―――分からない。

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