第22話 鈍感主人公の称号

「少し頭を冷やしてください」


 ルナは冷静にそう答えるだけだった。

 ユウトはその言葉に、なんでっと、聞こうとしたがルナの事だったので、少し頭を冷やし冷静になる。


 ユウトがこうして冷静になれたのはルナが話し掛けてくれたからだろう。

 何処か懐かしい彼女の声だからこそ、ユウトは止まる事が出来た。

 きっとこれが、違う奴だったら今頃あの薄汚い太った男を殴り、殺していただろう。

 

 と考えていると、後ろから。


「家賃を三日間も未払い。朝から酒を飲み、食事も汚い。更には他のお客様への悪口。その他いろいろの迷惑行為。もう貴方にここにいる資格はないわ。今すぐに出て行きなさい」


 歩きながら、淡々と男の醜態を晒す赤髪の少女。

 その後ろには、真っ白で雪の様な肌を黒服で包む男二人組が歩いてくる。

 その髪は肌と別で、真っ黒に塗りつぶされていた。

 二人の男は瓜二つ。

 行動も揃って同じ。

 歯を見せて笑顔なのも、深く帽子を被って口元しか見えないのも同じであった。


 そのそっくり度は、ホラーの域に達しており、ドッペルゲンガーを思わせる。

 後ろの男二人は、この宿に住んでから初見だが、少女の方は初見では無かった。


 少女の名はユサ。

 その名前は前にリサという少女の事と共にアオから聞いたもので、ユウトから少女に尋ねたものではない。


 ユサは、幼くしてこの宿を経営している双子の姉の方だ。

 少女の言葉使いは、ユウトと初めて話した時よりも冷たく、言葉に棘があるようだった。


「ほぉ、いいだろう。こんな宿こっちから願い下げだぜぇ! まぁ、出て行く前に、すこぉーし、お嬢ちゃんにお客様への態度を教育してやらねぇとなあ!!」


 不敵な笑みを浮かべる薄汚い男は、その言葉を言い終わると同時に、少女に殴りかかってきた。

 その行動に、危ないっと言おうとしたが、ユウトがそれを言う前に、もう決着は付いていた。


 目を見開くスピードで少女の後ろに居ていた、ユウトからは見て左側にいる男が、殴りかかってくる薄汚い男の右拳を掴んでいた。

 そしてまるでりんごを握力で押し潰すかの如く、


 グシャッ―――!


 不快な音がして、その次の瞬間―――。


「ぐッ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 薄汚い男の断末魔が辺りに響き、薄汚い男の目からは、たらたらと無様に涙が永遠と止まることなく、流れ出していた。

 薄汚い男の断末魔は止まることなく、息が続かなくなれば、また一秒もせずに息を吸い、また絶叫する。

 その繰り返しが続いていた。


 薄汚い男は穴という穴から自分体液を出し尽くしていた。

 目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは唾液が。

 それもそのはず、ユウトから見て右側に居てた男はいつの間にか薄汚い、今は見るも無残な状態な男の左腕を潰していたからだ。


 右拳を潰した時点で薄汚い男の抵抗力はなくなったに見えたが、念には念をということなのか、色白の男たち二人には容赦という言葉が無かった。


「お嬢ちゃんって言ったかしら? 悪いけど私はそこまで若くないわ……って、もう聞いてないわね。奥へ運んで」


 と、ユサが色白の二人に触れると、その男たちは、それに頷き奥へ連れて行く。

 薄汚い男は、泣きながら「だずげでぇ〜」と言っていたが、最後の方は誰もその薄汚い男を見ていなかった。 

 と言うよりは既に食事を止めて、自分の部屋へ戻っている人が大半だった。


「悪いな、ルナが止めてくれなかったら俺はきっとあいつを殴り殺していた」


 感謝の気持ちを込めてルナに向ってその言葉を言う。

 だが、返ってきた返答は意外と言うか、ユウトだからと言うか、あまり良い気分になる言葉では無いのが確かだった。


「いえユウトさん、ちゃんと自分の目で見てください。殴り殺されていたのはあなたの方ですよ」


 ルナは自分の指で自らの瞳を指し、ユウトにとって毒のある言葉を言ってくる。

 彼女は今、とても不機嫌だが言ったことに嘘は無い様子だった。

 だが、不機嫌であるせいでその言葉はユウトの心臓をえぐり取る勢いだった。


 ユウトはルナから後ずさり、数歩離れてからルナの視線を外した。

 そして、もう一人謝らなければならない人に向って行き。


「悪かったな、俺達のせいでこんな騒ぎになって。これじゃあ客も……」


「いいえ、貴方が謝罪する事はないわ。貴方はまだ何も悪い事してないもの。それに客が減るのも好都合だし」


 そう言って少女はこの場から去る。

 店を運営している身から、客が減るのが好都合という言葉と、能力差別という言葉に少し思わせるところはあるが、それでも一番気になったのはユウトに対してもその冷たい口調はそのままだった。


 初めて会った時とは何が違うような、そんな気さえ起こった。


 ユウトがそんな事を考えていた隣から水を刺すように話しかけてくる。


「ユウトさん、あの子、大丈夫なんですか?」


 そう言って来たのは、現在進行形で不機嫌なルナだった。

 だが、この時は少し口調が戻っており、心配した様にあるひとりの少女を指していた。


 その少女は未だに何処か遠くを見ており、更には息も段々と荒くなっていく様子だった。

 ユウトはすぐにフィーナの元へ駆寄ろうとしたが、それを止めてきたのは、今さっきまで彼女の事を心配にしていたルナだった。


 ユウトがそれをしてくる理由を聞こうとしたが、その前に何故それをしたのかが分かった。


 絶念を感じさせるフィーナの元へ足を運んだのは、先程から何一つ表情を変えていなかったアオだった。

 その足取りは恐れることなく、着々とフィーナの元へ進んでいく。

 それにフィーナが気づくのは数秒も有しなかった。


「ダメ! 近づいちゃダメ!!」


 アオの行動に拒絶しつつ、フィーナは座っていた椅子を激しく倒しながら立ち上がり、後ろに後退る。

 だが、その事を聞いても尚、アオは歩くスピードを落とさず、更にはスピードを上げて近づく。

 近づき、アオがフィーナの前に立つと、目を見開き真剣な顔になる。


「私に近づいたら………髪が…………私の髪が…………ダメ………来ないで…………」


 先に口を開き言葉にしたのは、そっぽを向き、両手で深々と帽子を頭に寄せているフィーナの方だった。


 彼女は帽子で自分の目を隠し、目の前にいる少女の顔を頑なに見ようとはしなかった。

 だが、その行動に不審になっていたアオは、訝しさを顔に含ませる。


「―――髪? 何? また話をはぐらかす気? 確かにあなたの髪は綺麗で、サラサラしていて、羨ましいくらい! でも、それとこれとはまた別の話! アオが言いたいのはこのパーティーの即戦力になるかどうかで! ……って聞いてるの?」


 アオの話を呆然と聞いていたフィーナは、いつの間にか目の前にいる少女の方へと体が向いていた。

 深く被っていた帽子は元に戻っていた。

 それはフィーナの両手が帽子から脱力した様に下の方へ向いたからだろう。

 そのせいではっきりとフィーナはその少女の方を見れる様になる。


 それはこちらも同じで、フィーナは口を小さく開けながら、瞳には潤いが感じられた。


 どうも開いた口が戻らないとはこの事で、一生懸命閉じようと努力しているが、それは一向に閉じようとする気配は無かった。


 それを作り出した当の本人は、どうも自分がした事の大きさを知らずに、ただその現状を訝しげに見ているだけだった。

 その様子は、どことなく恋愛漫画によくある、鈍感主人公の様だ。

 わけの分からないまま、的確に相手の心を奪う様な。


 実際にユウトもアオと同じ意見で、初めて会った時も、今も、フィーナの髪は綺麗で、サラサラしていて、好ましいと思っていた。


 だが、ユウトはその事を言えなかった。

 何故か、それはユウトが鈍感ではなく、主人でもないからだ。

 ユウトはただのユウトでしかない。

 ただの人間でしかないからだ。


 そして、フィーナは現在ものすごく泣きたい所を我慢して、ようやく唾を呑み込む。

 そして彼女は一つ深呼吸をして、更にもう一つ深呼吸をして、今度は目の前にいる少女の瞳に向って話す。


「アオちゃん。私がこのパーティーの即戦力になるか判断してください!」


 そう言って、深々と頭を下げるフィーナの行動にアオは若干後退るが、直に立ち直し「望むところ」っと言ってそれを承諾する。


 それを承諾したアオの口元が少し上がった様に見えたが、それはさておき、全てが丸く収まった。

 どれもこれも全てはルナとアオのお陰と言っていいだろう。

 もし、ユウトがフィーナに声を掛けてもアオ見たいな言葉を掛けてやれた自信はない。


 ルナがどこまで計算しているかは分からないが、どうやらこのパーティーの中で一番先の事が読めるのはルナだと確信した。


「ありがとうな、ルナ!」


 その一言をルナに向って言うが、彼女はそれを無視してアオとフィーナの元へ行く。


 どうやらまだ、怒っているらし。

 きっとこれは長く続く、と思いたくないが、そう思ってしまう自分がいる。

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