第20話 イコンな二人 2

 清人と真子の二人は鎌倉駅の改札をくぐり、江ノ電乗り場へ向かった。江ノ電乗り場はすでに観光客が多くいて、乗ることができるか心配なくらいだった。


「凄い人だね」


「そうね」


「春川さんは満員電車とかでも大丈夫?」


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


「乗れるかな……」


「極楽寺駅まではそんなに時間がかからないから、大丈夫だと思うわ」


 二人はそんな会話をしながら江ノ電の先頭車両の方へ歩いていった。その二人から数十メートル離れて健次郎・善幸・一花の三人は江ノ電乗り場に到着した。


「凄い人だね」


「大丈夫かこれ……」


「健次郎、問題無い。むしろこれだけの人混みがあれば、俺たちの尾行はバレにくいからありがたいくらいだ」善幸は眼鏡をクイっと上げた。


「ポジティブな考え方だね」


「『木を隠すなら森の中』と言うだろう?」


「まあそうだけどよ。駅に降りた時に鉢合わせとかになったらどうするよ?」


「その点も大丈夫! あの二人は都合の良いことに先頭車両、『藤沢行』の方の乗り口に行った。極楽寺駅の改札は藤沢方面の方角にしかないから、二人が後ろを振り向かない限り我々の存在に気づくことはない!」


「おお…お前凄いな。探偵の才能あるよ」


「『新聞記者』の才能と言ってもらいたい!」


 善幸は勝ち誇ったような笑顔で言い切った。


 そんな会話をしていると向こうから江ノ電がやってきた。外観も内装もレトロなデザインで、とてもゆっくりした速度でホームに入ってきた。


「江ノ電久しぶりだなあ」清人は少しテンションが上がった。


「そうなの?」


「うん、ぶっちゃけ小学生以来だよ。春川さんは?」


「私はたまに乗るわね。それでも今年に入ってからは初めてかも」


 真子も少し気分が高揚している感じであった。


 江ノ電はホームに到着すると鎌倉駅で待機して、12時36分に藤沢方面へ発車するようだった。清人と真子の二人は一番先頭の車両、三人は最後尾の車両に乗り込んだ。


 そして12時36分、江ノ電は発車した。鎌倉駅を出発すると、和田塚、由比ヶ浜、長谷となりその次が極楽寺駅だった。


「このゆっくりとしたスピード、懐かしいなあ」


「そうね、普段の電車と比べてしまうとね」


「たまに江ノ電に乗るって言ってたけど、極楽寺には行ったことがあるの?」


「極楽寺は子供の頃に一回だけよ。長谷に叔母がいるから、家族と長谷に行く時にはたまに乗るのだけど……」


「そうなんだ。俺も江ノ電に乗ったのは小学校の校外学習で長谷の大仏を見に行った時ぐらいだな」


「やっぱり鎌倉市の小学生は一回は長谷の大仏を見学したりするわよね」


「『鎌倉と言えば』って感じだもんね」


 そんなことを話していたら、すぐに和田塚駅に到着した。和田塚駅ではあまり人が降りず、すぐに電車は発車した。


「おそらく長谷駅で人が大分降りると思うわ」


「そうだね。大仏の方は観光客の人多いだろうな」


 二人は会話を続けると、すぐに由比ヶ浜、長谷と次々に到着した。二人の言った通り、長谷駅で多くの人が降りて、電車内は大分スペースが空いた。そして次の極楽寺駅へと電車は発車した。


「私はここからの区間が好きなのよ」


「ここからって、長谷から極楽寺までの?」


「そう。途中に御霊神社や古いトンネルを抜けるルートがあるから、とても情緒があるの」


「『トンネルを抜けると雪国であった。』ってね」


「川端康成ね」


「まあ鎌倉で雪なんて滅多に降らないけど」


「ふふ、そうね」


 二人は笑い合った。そして江ノ電はそのトンネルの中に入り、そこを抜けるとすぐに極楽寺駅が見えた。


 アナウンスは極楽寺駅の到着を知らせた。二人はゆっくりとホームへ降りていった。清人としては、もう少し江ノ電に乗っていたい気分であった。


「はあ~」清人は駅を見渡してため息を漏らした。


 後方にはさっき通り抜けたトンネルが見え、ホームの目の前はすぐに壁だったが後ろの方には小さな川があった。全体的にレトロな雰囲気が漂っていて、古都・鎌倉の雰囲気にぴったり合致した駅であった。


「どう?」


「凄く情緒のある駅だね!」


「そうでしょ? 関東の駅百選に選ばれているほどだもの」


 清人は周りを見渡しながらも二人で改札の方へと向かっていった。電車は発車しようとしたが、その直前に三人がホームへと降りていった。


「ふう、ギリギリセーフ!」善幸は安堵の表情を浮かべた。


「おい善幸、お前『二人が後ろを振り向かなきゃ大丈夫』って言ったよな。振り向くどころか清人の奴、駅を見渡してたじゃねえか!」


「まあこれは仕方ない。この極楽寺駅の雰囲気を堪能したいという清人の気持ちは凄くよく分かる」


「勘弁してくれよ、清人がもう少し後ろの方見てたら確実に俺たち発見されてたぞ」


「まあまあ、二人にはバレてないみたいだし……」一花は健次郎を宥めた。


 三人がそんなことをしている内に、二人は改札を出て極楽寺へと向かっていった。極楽寺はホームの目の前の壁の上にあるお寺なので、徒歩2分もあれば行ける距離だった。


「ちょっと坂登るんだね」


「そうね」


「でも良い雰囲気だね。駅前の店もなんか情緒あると言うか……」


「極楽寺周辺は良い意味であまり観光地化されていないのが良いのよ」


 そんな会話をしていると、すぐに極楽寺に到着した。極楽寺周辺は閑散としていて、あまり観光客の姿は見かけられなかった。


「春川さん」


「何?」


「また極楽寺の豆知識とか教えてよ」


 真子は少し驚いた。まさか清人の方からそんなことを言ってくれるとは思わなかったからだ。


「俺は春川さんの話が聞きたいんだ」


 清人は真っ直ぐな目をして、そう言った。

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