再会は、夢うつつに
ぱたぱたと室内を動き回る足音。
どこか切羽詰まった様子のクリストハルトに、落ち着くよう促す医師の声。
『おめでとうございます』
しわがれた声が聞こえた気がして、ふっと目を開けるけれど、そこに医師の姿はなかった。ぼんやりした視界の中で、明るい若葉色に目が吸い寄せられる。心配そうに寄せられた眉、柔和な顔立ち。あたたかな雰囲気が、幼い頃の記憶にある人物と重なった。
「エヴァン、にいさま……」
「アイリス」
はっとしたような声。ひんやりした大きな手が、そっと額に触れた。
「辛いところはない?さっきメイドがお粥を持ってきたからね。食べられる?」
「ん……クリスにいさまは?」
「クリストハルトなら、今は仕事中だよ。君の傍にいられないことを、すごく残念がってた。それと……いや、これはクリストハルトから聞いたほうがいいかな。……でも、おめでとう」
「どういうこと……?」
ぼんやりと聞き返すアイリスに苦笑して、エヴァンは優しくアイリスの頬を撫でた。優しい感触に目を細めるけれど、それもすぐに離れていってしまう。
「君も目を覚ましたことだし、僕はそろそろお暇するよ。あとは君の侍女に任せるから」
「……行かないで!」
どうしてか、今引き止めないと二度と会えなくなるような気がして、咄嗟にエヴァンの腕を掴む。彼が息を呑む気配が伝わってくるけれど、構わず胸に抱き込んだ。
「駄目だよ、アイリス。僕がここにいると、迷惑がかかる」
「誰に?」
「屋敷の人にも、……それに、君にも」
緑色の瞳が翳る。途方に暮れたような顔でアイリスを見下ろすエヴァンは、まるで道に迷った子供のようだった。
(……ああ、こんな顔をさせたのは、私なのだわ)
混濁していた意識が少しだけはっきりしてきて、アイリスは不意にそう気づいた。
胸がひどく痛む。エヴァンがこんなに哀しそうな顔をするのは、アイリスが彼を認められないからだ。表向きは平静を装っていても、嫉妬の気持ちは隠せない。心の機微に聡いエヴァンのことだから、早々にそれを悟っていたのだろう。
―二人には笑っていて欲しい。二人の幸せを守る居場所になりたい。
この関係を提示したのはそんな思いからだったはずなのに、アイリス自身が全てを台無しにしてしまった。不甲斐なさと悔しさで胸が一杯になる。
自分のことしか考えられなかったアイリスを、彼はどう思っただろう。幻滅されただろうか、と思うと怖くてたまらなくて、気づけばアイリスは泣きながらエヴァンに縋っていた。
「ごめんなさい、妻としてにいさまたちを認められなくて。クリスにいさまがエヴァンにいさまのそばにいるのが辛いの。二人が幸せそうだと嬉しいのに、苦しいの。エヴァンにいさまから逃げてしまってごめんなさい。気を遣わせてしまってごめんなさい」
「アイリス……?」
「お願い、嫌いにならないで。ちゃんとするから。今度こそクリストハルト様とお出迎えするから、今度こそ笑顔で話しかけるから。だから、お願い……」
きらいにならないで。
暗転する意識の中、温かな腕を抱きしめる。
最後の言葉は声にならず、唇から空気となって零れ落ちた。
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