第38話 謝罪
「ねぇ? 何があったの?」
騒ぎを聞き付けたエミリーがやってきた。
「いや……ちょっとコイツらと揉めて……」
俺は血だらけで気絶している二人の男を指差す。
「揉めてって……まぁ、レインのことだから絡まれたんだろうけど、やりすぎじゃないかしら。仕方ないわね、事情は後で聞くとして二人をギルドへ運ぶわよ」
ギルドには傷付いた冒険者を癒す医務室も完備されている。エミリーは、でかい方の男を抱えた。
「わかりました。ご迷惑をお掛けします」
俺は、もう一人の男を抱えてエミリーと共にギルドへ向かった。
「おいおい、こりゃあまた派手にやったな。上級魔法でもぶちかましたのか?」
マーシャルが怪我をした二人の様子を見ながら驚いていた。
「いえ、ただの初級魔法です……」
「はっはっは、冗談は止めておけ。初級魔法でこんな傷だらけにはならんだろう。コイツらは腐ってもB級ハンターだぞ」
マーシャルは俺の言葉を微塵も信じていないようだった。しかし、話を聞くと、俺に絡んできた二人組はギルドでも問題のあるハンターと認識されていたようだ。弱そうな町人に絡んでは、金銭を奪ったり暴力を振るっていたらしい。
俺は弱そうに見えたんだな……
だが、報復を恐れてか今までは誰もギルドに訴える者がいなかったようだ。今回は俺がぶちのめしたこともあり、一部始終を見ていた武器屋の店主が向こうの非を証言してくれた。
「じゃあ、俺達はこれで失礼します。エミリー行こう」
俺は事情の説明を終えると、そそくさとギルドを出た。
「エミリー、俺はクレアを探します。どうやら怒らせてしまったみたいで……」
「そっか……よし、行ってきなさい。私は昨日の宿で待ってるからね」
エミリーは優しく俺に笑いかけて、手をひらひらと振りながら宿へ向かっていった。
俺はクレアの悲しそうな表情がずっと頭に残っていた。
「ちくしょう……どこにいったんだよ」
既に日が落ち、暗くなってきた。人通りも少なくなり街中は静寂に包まれようとしていた。その時、聞きなれた音を感じた。空気が裂ける音、息使い、きっと俺だけが分かる音。毎日のように聞いてきた音だった。
音のする方へ向かうと、そこには汗を流しながら剣を振るクレアの姿があった。その姿は怪我をしていることなど全く感じさせず、クレアの周りにまるで嵐が起こっているかと思わせるような荒々しい剣技だった。
俺が見とれていると、クレアの動きがピタリと止まった。
「何か用?」
俺と目を合わせないまま、クレアは汗を拭っている。
「さっきの事、謝ろうかなって」
「もういいわよ。私も汗流してすっきりしたし。なんで怒ってたか忘れたわ。だからあんたもさっきの事は忘れなさい」
クレアはそう言うが、未だに俺と目を合わせようとしない。声にもいつもの強さが感じられない。
「いや、謝らせてくれ。ごめん、俺が悪かった。もうあんなことはしないから許してくれ」
俺は深々と頭を下げる。
クレアはしばらく無言だった。俺はじっとクレアを見つめていた。汗を拭いながらも、胡麻化しながら目を押さえているようにも見える
「お、おい、クレア?」
俺が、そっとクレアの肩に手を差し伸ばす。
『バシィ』
クレアは振り返り、俺の手を勢いよく叩き、鋭い目つきで俺を睨みつける。その目にはやはり涙が流れていた。
「だから謝らないでよ。私は今、私自身に怒ってるの。全部私が弱いせい。私が強ければ、ボルタだって止められた。私が強ければ、貴族も剥奪されなかった。レインが退学になることなんてなかった。レインがあんな顔で人を殺そうなんてすることはなかった。私が強ければっ」
クレアは堤防が決壊したように思いが溢れ出ているようだった。クレアは俺が思っている以上に自分のことを責めていた。だけどそれは俺だって……
「クレア、それは俺も一緒だよ……俺が強ければボルタを捕まえることができた。俺が弱いから、いつもクレアに心配をかけさせてしまう。いつも迷惑かけてしまう」
そう言って俺はそっとクレアを抱き寄せた。クレアは抵抗することなく、俺の胸に顔を埋めてまだ泣いていた。
「だから一緒に強くなろう。誰にも負けないように。お互い大切なもの守っていけるように強くなろう」
俺が前を見据えて力強く言うと、クレアがギュッと俺の背中を掴んだ。が、それは一瞬だった。俺も力を込めて抱きしめようとしようとした瞬間、クレアは両手で俺の胸を押して引き離した。あまりの力強さに尻餅を付いてしまった。
「なにするんだよ」
クレアを見上げると、目を赤くしながらも涙を止め、いつものように強気で自信に溢れた目をしていた。
「ふん、このくらいで倒れるぐらいじゃ、まだまだ駄目ね。足腰が弱い証拠だわ。また筋トレ始めなきゃね」
と、俺を見下ろしながら腰に手を当てて言い放つ。うん、いつものクレアだな。
「また筋肉痛の日々だな……」
俺が諦めたように呟くと、
「一緒に強くなるんでしょ。私も頑張るから、レインも頑張ってよ」
と、顔を俺から逸らしながらとてもとても小さい声でそう言った。
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