十歩目 新調

 朝日が輝く中、リルに連れられ俺とシズクは睡魔と戦いながら山を登る。

 リルは眠くないのだろうか、元気にザクザクと登っていく。


「腑甲斐無いのう、お主ら」

「そうは言っても、朝は眠いぞ……」

「まぶたが重いぃ」


 眠気で意識が朦朧とする中、なんとかガンテツの元へ辿り着く。

 そこには眠気なんて一瞬で飛ぶ、驚きの光景が目の前に広がっていた。


「え、木が、無い……」

「儂が斬り倒した」

「いや、何してんだよ!」

「鍛錬するには場所が必要だろ。それにここは儂の所有地、何をしても問題はない」


 前から来たガンテツがサラッと言った、大胆なじじいだな。リズミカルに会話が進む。

 ガンテツの大胆さに呆れながらも、鍛錬に取り掛かる準備をしようと小屋に木刀を取りに行く。


「小僧、これに着替えろ。昨日儂が仕立ててリルが魔法で強化した装備だ、そのままの格好じゃ街で目立つだろ?」

「確かに……ありがとうガンテツ」


 着物をイメージして仕立てたらしく、言うなれば和風。

 黒を基調とした落ち着いたカラーでズボンも袴の様なデザイン、白のシンプルなシャツの上から前が開いた羽織るだけの黒い着物風ジャケットを装備。

 布が多いから、動きづらいかと思ったけどそんな事は無かった。てかこれ、古風過ぎるよな?


 リルの魔法で、防御力が騎士団の鎧より高いらしい。なのに軽いというとんでも装備。着替え終わったところで鍛錬を始める。


 シズクは早速、一人で山の奥へ行った。

 俺はひたすら、木刀を上から振り下ろし続ける。単純な動作に見えるが振り下ろす姿勢が崩れれば、横からガンテツにしばかれ、一からやり直す事になる。

 神経を研ぎ澄ませる。振り下ろす速度、姿勢に意識を向け一刀ずつ真剣に取り組む。


「きっつ……やっと終わった……」

「次は瞑想だ」


 休む暇なく瞑想を始める。両膝を曲げて、背筋をぴんと伸ばし正座する。目を閉じ頭を無にする。だが、無になるのは容易な事では無く、すぐに意識が途切れ、肩に竹刀が振り下ろされる。竹を細く切りまとめたおそらく手作り。技術的な事は分からないが、強い衝撃でもばらけないのは上等だと思う。


「痛え!」

「邪念が多い」

「今のは完全に無だったろ!」

「全然ダメだな、やり直し」


 一回のやり直しで、なんとか瞑想もやり切り、山を降りるがリルは今日も残って行くらしい、昨日よりは疲れがましかも。シズクも何だか昨日よりは元気そう、とは言え、しんどそうでもあるんだけど。


「今日もきつかったねぇ~」

「そうだな、きつかった」

「帰ったらすぐに寝ないと倒れそう……」


 他愛ない会話をしながら、宿屋に辿り着いた。

 昼時で、もういい時間。マリアを一階の飯屋まで迎えに行く。


「マリア、来たぞー」

「待ってましたよー! 翔吾さん! 装備新調したんですね! 似合ってます!」


 店の奥から、マリアが小走りで来て、上目遣いで装備が似合っている事を褒めてくれた。

 店にいた客やメリダさんにからかわれながら店を後にし、まずは野菜を買いに行く。


「野菜はここで買ってるんだよ! 八百屋さん!」

「凄い、見た事ない物もいっぱいある! 種類が豊富なんだな」


 そこにはスイカの様な見た目の小さい球体や真っ赤なきゅうり、普通の野菜もあったが、これらを前にするとインパクトが無くなる。


「翔吾さん! これが人気の野菜です!」

「それ気になってたんだよ、スイカ? でも小さいよな」

「すいか? では無いですよ? これはメロウと言って、皮ごと食べれる野菜です! 中は薄緑で凄く甘いんですよー」


 この世界はスイカは無いらしくマリアは首を傾げていた。

 八百屋で必要な物を買い、一段落着いたという事で、メロウを購入して街のベンチでマリアと二人で食べる。見た目はスイカで、皮も触った感じ、スイカ同様硬く、食べるのに戸惑うが、マリアは躊躇う事なく口に運び、カリカリといい音をさせながら美味しそうに味わっていた。

 恐る恐る、俺も口に放り込む。


「うま!」

「でしょー?」


 見た目に惑わされたが味はメロン、スイカの様な見た目でサイズはぶどう。なかなかに脳が騙される。

 硬い皮もサクッと噛み砕けて、一気にメロンの風味と果汁が広がっていく。これがフルーツじゃなくて、野菜に分類されているって事は、メロウを使った料理もあるんだろうか、興味深い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る