第30話 優美と天音の違和感共有


「一つ確認だけど、私にもしもの事が合った時のことは考えているのよね?」


「考えてないよ。失敗はしない、ただそれだけだから」


「なによ、それ。ふふっ」


 アイリスは笑った。

 そして軽い感じでファントムに告げる。


「勅命よ。二度目の失敗は許されない。リベラ国が持つ影響力を変えても構わない。私と優美になにかあった際はその全てを持ってして敵に天罰を与えなさい。方法は任せる、いいわね?」


「かしこまりました」


 ファントムは座ったまま会釈をする。

 その行動にアイリスは頷く。


「できるよ。今の優美様なら。剣に迷いがない優美様ならきっとアイリスを護ってくれる。それにアイリスは一つ勘違いをしている」


「勘違い?」


「きっとそれが今夜わかると思うよ」


「むぅ~いじわるぅ!!!」


 ほっぺたをフグのように膨らませて勢いよく立ち上がったアイリスが大きく一歩を踏み出してジャンプした。


「――ちょ!? タイム!!!」


 ファントムが気付いた時には放物線を描き落下を始めるアイリスの身体。

 女の子と言っても十八才ともなればそこそこに重たい。


 躱すにはもう反応が間にあ――ドンッ!!!


 アイリスの身体がファントムの身体の上に見事に落下した。

 そのまま抱きしめられたファントムの苦しむ声が部屋に響き渡るが誰も助けには来てくれない。


「いじわるした罰よ。夜まで甘える!!!」


「し、しごと……は?」


「たまにはさぼっても罰あたらないもん!」


 開き直ったアイリスはしっかりと女の子をしており、そこには普段凛とした女王陛下としてのアイリスはいなかった。

 そんなこんなで二人が仲良しの時間を楽しんでいる頃、優美は天音に追いついていた。王城の廊下で声を掛けられた天音が立ち止まり振り向く。


「そんなに慌ててどうしたのですか?」


「教えてください。天音様が先程感じた違和感がなんなのかを」


 優美は真剣な眼差しを天音に向ける。

 魔力回路の事と言い、なぜファントムがこうまでして何かを隠し悪の象徴となりながらも誰かを救おうとしているのかそれを少しでも知りたいと思った優美は気付けば天音に声を掛けていた。


「私程度ではほとんど何も知りませんよ。敢えて言うなら貴方様のお父様と同じ程度にしか知りません。もしかしたら差異はあるかもしれませんが、それなら白井家当主に直接聞くが良いかと思いますが」


 噂で聞いた話しと実際に見た印象が真逆とも言える存在に優美はもっと知りたいと願った。


「では私からの質問に幾つか答えていただけませんか? 勿論答えられる範囲で構いません」


「それでしたらいいですよ」


「ありがとうございます」


 優美は感謝の気持ちを込めて一礼してから口を開く。


「天音様から見てファントム様はどういったお方なのですか?」


「一言で言うなら元上官です。優美様は『古き英雄』の名に隠された真実をご存知でしょうか? もしそうなら正にその通りで間違いないと言い切って問題ないでしょう」


「『古き英雄』の名に隠された真実……」


「知らないのでしたら、簡単に教えましょうか?」


「お願いします」


「これは今から三年ほど前の事です。就任しどこか頼りない者が総隊長を務めていた時のお話しです。当時は麗奈様の勅命で誰しもが総隊長に不満を抱いていた時期でもあります。そんな時、我が国の資源物資を狙い近隣諸国が戦争を仕掛けてきました。奇襲をうけた我が国は第一、第二、第三防衛ラインを簡単に突き破られ、残るを最終防衛ラインとしたときでした。私の実力不足……もっと言えば経験不足の為に後手に回り諦めた時です。ファントム様が直接指揮をとられ始めました」


 天音がどこか懐かしそうに語り続ける。

 その様子を優美は黙って見つめる。


「そこからは可笑しな話しです。最小戦力のみで敵の進行を止め、最後は自ら最前線に躊躇いなく出られ我が国をお救いになられました。何故出来るのに最初から何もしなかったのですか? と聞くとファントム様が皆の前で何と言ったと思いますか?」


「信じていた……? とかですかね」


「違います。全員平和ボケしてたから敢えて任せたです。私達の甘さと経験の少なさを解消する為にギリギリまでその行く末を見守ってくれていたのですよ。その頃からでしょうか、皆の意識が変わり始めたのは。どんなに苦しい状況でもファントム様は私達を導き時に護ってくださいました。一番驚いたのは仲間が本当に危険な時は一番安全な作戦司令室を当たり前のように出て一番危険な場所に当たり前のように行き、殿を一人でされたことです。そして何があろうと怒鳴ったり、私達に力を振りかざすようなことはありませんでした。私が過去に一度ミスをして国に多大な損失を出した時も「いい経験をしたね。次は気を付けて。同じプロセスでミスをしたら本気で怒るけどそうじゃないならいい教訓。今回は俺が尻拭いするから次頑張って」と笑顔で落ち込む私に優しくアプローチをしてくれたりとそんなお人よしの上官です」


 天音の言葉を聞けば聞くほど優美は成程と納得していた。


「そして私の部下がミスした時も私からその部下を庇いと本当に呆れるぐらい部下一人一人を見て誰に対しても優しくて尊敬できるお方ですよ。力を持ち、知を持ち、どんな相手の立場でも決して否定せず受け止めてくれるそんな総隊長でしたし、きっと今も何かを隠し一人で背負う道を選ぶのだろうな……と内心思っています。でもこれだけはわかるんです」


「なにをですか?」


「ファントム様が直接動かれる以上、いづれ事態は収拾に向かうのだと」


「それはどうゆう意味ですか!?」


 優美は思わず聞き返した。

 少し大きくなった声にハッと思い慌てて口元を手で隠す。


「これは軍の人間の中では当たり前になっていることですが、ファントム様が直接指揮をとられたり前線に出るなどで動かれた戦争でリベラ国は不敗なのですよ。この意味が分かりますか? 三年と言う短い月日の中ではありますが、四十七戦四十六勝。死亡者、負傷者は同じ規模の戦争では過去最少人数を常に更新と全てが異常なのです。これが『古き英雄』の名に隠された成績であり英雄と私達が呼ぶ理由です。故にファントム様が動かれるのであればもう事態は収拾に向かっていると言えるのです。そうあの日大罪者となったその日を除いてファントム様が負けた日は一度もないのですから。だけれど私が感じた違和感はそこです」


「もう少し詳しく聞いても?」


「仕方ありませんね。なぜ今まで負けなしだった『古き英雄』があの日敗北したのか。そして何故紅蓮と言う魔術師はファントム様を倒しその命を見逃し、ファントム様に変わり八卦炉国(ハッケロコク)を滅ぼしてくれたのか。利害が一致ならば手を組めばよかったのに、それが私の違和感なのです。優美様も過去の事情を知らずとは言えそこに疑問を持ったのではありませんか?」


「そ、その通りです」


 慌てて頷く優美。

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