第19話 心を燃やすは燃料(嫉妬)
「なんだ……今の優美様とても楽しそうですね」
「えぇ! この剣がどこまで通用するかそう思うとわくわくせずにはいられませんから。こうして剣を振って気付いたことがあります」
「なにをですか?」
「ファントム様が魔法だけでなく剣に精通している者だと言う事です」
「でしたら、それを証明する為にも正面から受けて差し上げましょう。私の剣は我流と清く美しい剣を扱われる優美様の物とは正反対。ですが、先日見せれなかった技をお見せしましょう」
ファントムが大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
持っていた剣に力をいれて振りかざす。
それも一度や二度ではない。
高速で何度も四方八方から飛んでくる桜の花びらを切り落とし、優美の剣撃すらも弾き返す。そして高速移動と魔力感知の併用で飛んでくる魔力弾を華麗に躱していく姿は正に見る者を圧倒する。
「相変わらずその気になれば無駄がない完璧な動きね」
アイリスは観客席から一人呟いた。
そう。
ファントムの性格上中々戦闘スイッチが入らないのだが、こうして誰かの為、誰かを護る為の戦いになった時のファントムの集中力はとても凄い事をアイリスは知っていた。
なによりそうなったファントムの頭の回転が速く下手な小細工なども通用しない事を身を持って知っている。
だからこそアイリスは心の中で確信していた。
優美を本当の意味で救えるのは相手の心情に寄り添い実力を兼ね備えた者だけだと――。
ただ相手を治療するだけでなく、相手にもう一度何かをさせたい、もう一度高みを目指したい、と思わせるだけでなく、それもかなり安全で優美の闘争心を引きずりだせる事が出来る者は守護者か優莉、後はファントムしかいないと。
――この圧倒的な力、これが『古き英雄』の力。
ファントムがゆっくりと歩きながら優美の元に来る。
そして、手を優美の頭に乗せる。
優美は魔法を直接身体に打ち込まれると思い涙目になりながら目を閉じる。
「流石ですね。これで六割とは本当に凄いお力をお持ちのようですね。それにもう気付いたのでは?」
優美の頭を撫でながら影は優美に質問をする。
てっきり攻撃されると思っていた優美は、
「え?」
と、声を漏らす。
「力とはその時の心に影響を強く受けます。迷いのある剣と迷いなく正面から立ち向かっていく今日の剣では十割と六割でも六割の今日の方が研ぎ澄まされて強力だと。私には剣と言う物がよくわかりません。ですが、剣がなければ優美様の心を動かすことはできなかった。そう思うと剣とは武器であり、人と人を繋ぐ架け橋でもあるんだなと感じました」
「か、かけ……架け橋?」
小首を傾げる優美に微笑みながら語りかけるファントム。
「はい。先代と当主そして次期当主を繋ぐ架け橋です。私の手は血で汚れています。それでもこうして何かを伝える事ができたのなら私は満足です」
「は、はい……」
「ですから治療してもう一度剣の道を歩みませんか? もし歩む覚悟があるのでしたら、王城にいる女性の名医を私の権限で今から用意致しますし、犯人を捕まえる為に力を貸して頂ければと思います。その場合勝負は明日になるかと思いますが、いかがでしょうか?」
立ち上がりアイリスとファントムを一度見て考え始める優美。
この決断が今後の自分の未来を決めるのだと自覚しているからこそ即決はできなかった。だけどそんなことはアイリスとファントムも気付いているので優美が考え終わるまで静かに待ってあげる。
「す、すみません。あの恐怖とこれから向き合うかもと思うと……この場で返事は難しいので一時間程考える時間をいただけないでしょうか? どうしてもあの日の光景が脳裏に焼き付いていて恐いといいますか……」
「わかりました。答えが決まったら私は自室にいると思いますので教えて頂ければと思います」
ファントムはゆっくりと優しい言葉で返事をした。
人はどこかで一度絶望する。
上には上がいて、その者にはそうやすやすと勝てない。
それから人は自分の力を疑い迷い路頭に迷う。
そこで挫折する者もいれば、過去の弱気自分を乗り越え強くなるものもいる。
そしてその選択は人が魔術師として成長していく中で必ず訪れる。
それは一度や二度ではなく、その者が強くなり強敵と出会う度に何度もやってくる。
ファントムのように慣れてしまえば何度その選択がやって来ても魔術師としての信念がそこにあるのでぶれる事はまずない。
だが優美のように今まで貴族令嬢として本当の戦場を知らずに育てられてきた者にこの選択肢はあまりにも重く簡単に受け入れられる程優しくない事をファントムは知っていたので黙って頷く。
優美は一礼してその場を去って行った。
「やっぱり、トラウマになってるわね」
「だね」
優美が第二訓練場を離れ、その姿が完全に見えなくなった所でファントムの元にアイリスがやって来た。
「どう見る?」
「さぁね。でも考えるって事はトラウマと向き合っているってことなんじゃないかな。誰だって最初は怖い。でもそれを乗り越えないとその先はないからね」
「ふーん。私の事はあまり見てくれないくせに、優美のことはよく見て考えてあげるのね……」
「あ、アイリス?」
「とりあえずファントムの部屋に行かない?」
嫉妬に心を燃やしたアイリスの提案にファントムが唾を飲み込む。
「なら行こっかぁ♪ ここじゃ詰まる話しも出来ないし」
ファントムの手を握り歩き始めたアイリス。
何かを言いたくても言えないファントム。
なぜならアイリスの背中に見えてはいけない嫉妬のオーラがあり、それが周囲の温度を下げているような感覚にファントム自身がゾッとしてしまったからだ。
だけど恋愛に疎いファントムはこれが恋の嫉妬ではなく、優美の事ばかり強くなれるだの才能があるだのアイリスの前で褒め過ぎたからそれで嫉妬してしまったのだと勘違いしてしまった。昔はアイリスにも同じような事を言っており、実際その時にいつも喜んでくれていたアイリスの笑顔を知っているからこそ自分ではなく今は優美を見ている。その事実がファントムの認識を狂わせていた。
その為、ファントムは手を握られて付いて行くしかなかった。
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