第1章 ヴィートリヒ大陸 魔術王

第1話 魔王と天才結界士

「また孤独に逆戻りか……」


 野宿場を立ち去り街へと戻った夜、ベンチに腰を掛け今後の事を考える。

 金に関しては奴らと一緒に冒険したこともあって、多少残ってはいた。ざっと計算して精々宿代2か月分か? 食費も加えると、目を覆いたくなってしまうレベルだが。


 しかし、今後の事とか言うが、ファルスの言う通り、結界士が出来る事なんかたかが知れている。他のパーティの仲間になろうとしても、その弱さから受け入れてもらえないだろうし、何より受け入れられた所でまた追放されるのがオチだろう。


 故にもう俺の人生は詰んでいた。孤独に逆戻りとは言ったが、もうそれすらもどうでも良くなる程の重症である。いっその事どこかで一人静かに死んでいった方がマシのような。


「良し、今日は少し刺激を求めてみようぜ。ほら、この帰らずの森の奥地にあるドラゴンマン狩りとかどうよ」

「ランクはC+か、へへっいいじゃねぇか。行こうぜ行こうぜ。しかも禁足地付近だろ? なんか面白い事の一つや二つありそうだしな」


 そんなゴミ同然の俺の視界を、二人の冒険者が通過していった。

 刺激、面白い事の一つや二つ、何だ人生薔薇色みたいな事を言うじゃないか。


「冒険者ねぇ」


 孤独や集団問わず世界様々を旅し、生きていく人達。死ぬのも生きるのも自由であり、何をしても自由な人達。勿論悪い事はご法度ではあるが、ね。


「……自由って点では、いいかもしれねぇな」


 最強パーティから追放されて、生きる理由すらも無い自分にとって、その自由という言葉はある意味救いのような物であった。

 冒険者になって、もし封印に関する依頼でもあれば、それを受諾し解決すれば多少ながらも感謝させる。

 心の穴埋めとしては十分じゃないか。

 死ぬのも勝手となれば、誰にも文句言われない。今の俺にとって最高の場所だと言えよう。


「行くか」


 俺はスクッと重い身体を起こし、冒険者の申請の為ギルドへと歩みだした。



 〇



「試験があるなんて初耳だったぜ」


 ギルドに行って『冒険者になりたい』と伝えたところ、受付嬢は俺にある一枚の紙を差し出した。

 誰でもなれる冒険者ではあるが、それはただ年齢制限という概念がないだけに過ぎないらしい。


 試験も無く無暗に冒険者になれてしまっては、人数が多くなってしまう上に、力不足の人がドンドン死んで行った結果、誰も依頼をしなくなってしまうという事が多発してしまうだろう。それは冒険者という存在のイメージダウンに他ならない。


 そういう意味では、この試験は理に叶っているだろう。最も、戦場においての知識はあれど、力がない俺にとっては迷惑以外の何物でもないのだが。


「帰らずの森に入ってすぐのベビータイガーを5体討伐、か」


 差し出された試験の紙にはそう書かれていた。


 ベビータイガーという名こそしているが、それなりの力量を持つ者ならば、雑魚同然のモンスターでしかない。

 しかし同時にタイガーの名が示す通り、身体能力が他の魔物よりは高く、雑魚同然と言われて舐めてかかれば、身体を噛まれ大怪我を負う事も少なくない危険なモンスターでもある。


 ただし、人体を噛みちぎる力はないため、死ぬ事は無いものの、大怪我こそすれば、数か月は歩く事の出来ない身体になるかもしれない為、試験には適した存在と言えよう。


『ガアァ』

「来たか、《封印シール》」


 俺が正々堂々と戦えば、その身体能力に負け大怪我ルート一直線だろう。が、それは正々堂々に戦えばの話である。

 俺の職業は結界士、封印を作ったり解除したりできる職業だ。故に、中からは壊せない結界を施し、こちら側から一方的に攻撃する事など造作の事でもない。

 相手の力量関係なく、封印を施す事は可能だ。欠点を上げるならば、複数相手には使用できないという一点だけ。片方の動きを封じる事が出来ても、もう片方が動けてしまっては意味がない。まさに、一長一短のスキルであった。


「はぁ……封印してグサグサをあと4回か。面倒だな」


 先ほどのベビータイガーが死んだ事を確認した俺は再び森を歩き出し、ベビータイガーを探す。入ってすぐとは言われたが、多くの人が冒険者になるからなのか、今では見つけるのすら難しい程にまで数を減らしていた。


「クソ、どこにいんだよ」


 気づけば俺は森の奥にまで進んでしまっていた。ここまで来るとB級クラスのモンスターも多くなってくるので、早く引き返さなければ俺みたいな火力不足の職業はすぐ死んでしまうかもしれない。

 だが近くを探して見つからなかったならば、奥を探すしかないだろう。俺はどんどん奥地へと進んだ。


「……ん? なんだこれ」


 そこで俺は、森に建てられたにしては不自然な遺跡を発見する。壁は草木やツタで覆われ、苔が生い茂り、扉には古めかしい結界魔術が施されていた。誰から見ても怪しすぎる。


「こんなものあるとか聞いてねぇぞ」


 扉の近くにまでやってきた俺はその結界をマジマジと見つめる。確かに古代の結界ではあるが、力業で壊せない程強い結界って訳ではなさそうだ。最も、壊すには強い冒険者でないといけないくらいではあるが。


「すげー宝でも眠ってんのか? 《解除リベレーション》」


 俺は結界に手を触れ詠唱すると、その結界は瞬く間に消え去った。

 実は俺、封印を作るよりも解除する方が得意である。封印の解除というのは、一つの絡まった糸を少しづつ解いていく感覚で魔力を正しき流れに繋いでいくという物であり、一種のパズル見たいな感じある。

 まぁ、ハマる人にはハマるといった奴だ。



 〇



 中を警戒しながら、そっと扉を開く。


 扉の奥は真っ暗だったが、足を踏み入れた瞬間、両脇にあった蝋燭に紫色の焔が灯り、少しずつ中を照らしていく。


 神聖な雰囲気を感じさせる石の床と壁。その奥には模様が描かれた金色の石が箱の形を形成し、静かに浮遊していた。

 その箱には何やら電流のような物が放たれており、それが箱を縛り付け、厳重にそれを護っていた。


「なんだよこれ。古代の高位封印術にも見えるが、この手の物は初めて見るぞ」


 俺はそっとそれに近づき、それに触れようとする。

 が、それは一つの声によって静止させられた。


「だれ?」

「うわっ!?」


 俺は周りを見渡す、が俺以外に人の姿は見えなかった。ともすれば、今の声は――。


「この箱の中か?」

「だれと聞いてるの……」


 その声は言動こそ威厳を感じられたが、弱っているのか知らないが良く聞かなければ全部聞き取れない程小さかった。


「封印されているのか?」

「そうか、私の事を笑いにきたんだ……」


 この石の箱の中には人がいる――その事実に俺は戸惑った。

 状況を整理しようと、俺は目を閉じ呼吸を整える。そして、静かに箱へ向かって言い放った。


「――お前は誰だ?」


 声は呆れるようにため息をついた。


「笑いに来た奴なんかに語る言葉なんてない」

「おいおい、誤解だっての」


 そもそも俺は、こんな遺跡がある事自体初めて知ったし、今喋っている存在が何かすらもわからない。


「笑いに来たんじゃないの?」

「お前は誰と聞いているんだ。存在も知らなきゃ、笑いも出来ねぇだろ」

「……」


 ようやく理解したのか、反論する声は聞こえなくなった。

 そこで俺はもう一度声をかける。


「3回目だぞ? お前は誰だ?」

「――魔族」

「魔族?」

「遥か昔に封印された、この地を統べてた魔族」

「え?」


 幻聴だっただろうか? 遥か昔にこの地を統べてた魔族?

 凄い信じられないような言葉が出たような気がするが……。

 まだいまいち理解が出来ないので、俺は整理のために確認をとる。


「お前、魔王だったのか?」

「この地、この大陸の魔王だった」

「マジかよ。そんで危険だったから封印されたと」

「そう、人と魔族の戦争の末にね」

「ウケる」

「笑わないで!」


 箱の中身が怒っているのだろう、それを包んでいるであろう箱が激しく回転する。

 可愛いなコイツ。


 人と魔族の戦争――と言われて真っ先に思い浮かぶのは、数千年前に起きたとされている『ラグナロク』という聖戦だろうか? 魔族が暴虐を尽くし支配していた時に、人と自由をつかさどる神が降臨し、人々を導いた末に、勝利をつかみ取ったという大戦争。百年も続いたとされており、この世界に生まれ落ちた者ならば一度は聞くお話だろう。

 まさか現実だったとは。


「悪い悪い。んで、封印された気持ちはどうだい?」

「やっぱバカにしてる。……最悪だよ、嫌いな人間たちに封印されたんだから。」

「……嫌いな人間、か」


 不思議と、俺を追放してきた奴らの事を思い出す。

 もう既に、俺を追放した奴らの事はどうでも良い物の筈だった。それなのに、コイツの嫌いな人間という言葉にピクリと反応してしまう。

 まだ忘れ切れていないという事なのだろうか?

 


「そうか、そうだろうな。んで? お前はどうしたいんだ?」

「どうしたいも何も、この状態で出来る事があるとでも?」

「出たいんだろ? 嫌いな人間たちに施されたその忌々しい封印から」

「当たり前でしょう? でも、それはできない。出来たら既にやっている」


 既にやっている――という事は、試すという事すらしなかったのだろう。

 悔しいという気持ちはありながら、それを晴らすという事が出来ないのだろう。

 俺は自然と、その魔王に同情心が芽生えると同時に、腹立たしさを募らせていた。


「俺がその封印から解放してやる、とでも言えば?」

「ふざけるもいい加減にしなよ。この封印は人間が張ったとはいえ神代の物、いくら上位の魔術師だからって、破壊できる代物じゃない。まぁ、外界からなら私程かそれ以上の力を使えば壊せない事もないだろうけど」

「と、思うじゃん? やってみなきゃわかんねぇだろ、最初から諦めてんじゃねえ!」


 俺は指を一噛みし、血で濡らす。その指を箱に纏わりつく紫色の電流にこすりつける。


「《高位解除ハイ・リベレーション》」


 そう詠唱した刹那、紫電が微かに揺れ暴走する。暴走した紫電は、俺の封印解除に抵抗するかのように、壁や床、そして俺に向かって迸る。保険として重ね掛けした結界でこれか、どれだけ厳重なんだって話だ。


「ち、着実に封印が……消えている?」

「ッチ、抵抗がいてぇな。だが諦めたら、負けた気分になるし、悔しいんだよ!」


 解除の魔力を更につぎ込み、気合を入れる。高位解除というのは、普通の解除と違い解除に使う魔力をありったけ結界にぶつけて、無理やり破壊して解除するという荒業である。先ほどの例えで言うならば、一つの絡まった糸を強い力で引きちぎって壊す感覚と同じである。


 だがまだ足りなかった。紫電の抵抗を耐え抜き、箱に触れられるようになるには、もっと多くの魔力が必要だった。もう少し……もうちょっと……。限界を迎え、吐血する位の魔力を解放する。


「まだか!? 足りねぇならもっとつぎ込むだけだ!」


 何も考えずに放ったならば、意識が保てなくなる程の魔力量にまで到達する。ここまで魔力を使うのはさすがに予想外で、俺も内心困惑していた。暴走していた紫電は少しずつ収まっていき、その動きがだんだん停止していく。箱の中にいるであろう存在も、その様子に驚いているのか何もしゃべらなくなった。


 『解放してやる』と言って『ふざけてるのもいい加減にしなよ』って返されただけだというのに、なんでここまでムキになっているんだ俺は、と内心ツッコムがもうここまで来たら引き返す事なんてできない。

 ぶっちゃけ、解除し始めた時からそう思ってはいたのだが、今となってはもうどうでもいい。


 やがて停止していた紫電も完全に消え去り、その手で箱に触れられるようになった。


「よおし、あと少しだな」

「……嘘」


 紫電の封印解除に放っていた魔力をそのまま箱にぶつけて、力任せに破壊する。

 石の方もそれなりの強度をしていたのか、一つ一つ壊すのにかなりの時間を要した。この時点で魔力量も限界に達していたが、そんな物もはや関係なかった。気合と根性で何とかするしかないのだから。

 

 段々と石がゴロゴロと崩れていき、中身の身体が露わになっていく。顔、胸部、手に足――箱の中で縛り付けられていたその四肢は、ようやく箱と完全に分離し、硬い石の床に向かって残った石と一緒に落下する、封印解除成功だ。


 それを確認した俺も座り込み、ゼーハーゼーハーと息を切らす。得意である解除魔術にここまで力を使うとは正直思ってすらいなかった。これぞ油断大敵という奴だろうか? 視界もボヤケて、出てきた奴がどんな奴かも確認できない。


 疲れ果て、天井を仰ぐ俺の震える手を、箱から現れたソイツが握った。こちらを驚いたようにマジマジと見つめる。ボヤけてはいるが、そういう顔をしているというのは予想がついた。


 そして、その手を握る力を強め、ソイツはゆっくりと告げた。


「――ありがとう、感謝する」

「ハハッ、やけに上から目線だな?」

「当然、魔王だからね?」


 ボヤける眼をゴシゴシと擦りながら、眼のピントを合わせる。ようやくソイツの全体像を拝む事が出来た。

 そして俺は一瞬目を疑った。長い銀色の髪に赤い瞳。そして片方だけ黒い翼の生えた恐ろしい容姿こそしていた物の――。


 見た目は、子供の女の子そのものだった。


「お前、子供だったのか?」

「な、私に向かってなんて非礼な!」

「だって、自分の身体見てみろよ」

「身体?」


 少女は下を向き、自分の身体を確認する。

 そして目を見開き、まるで信じられないような物に出くわしたかのような表情をした。


「な、な、なんだこれはぁぁああぁぁああぁぁあぁあぁぁああぁ!!!」

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