第003話 Boy Meets Girl

 突然現れた馬車への同乗者。

 その美少女エルフの名はリィン・エフィルディスというらしい。


 まっすぐでさらさらな白に近い金色の髪、自身が発光しているようなエメラルドのような碧眼の中心には三重の金の円が輝いている。

 長めの前髪を左右に流し、結果つるりとしたおでこが少し目立っている。

 精緻と愛らしさを破綻させることなく成立させたようなかんばせと、感情に合わせて動くらしい、まさにエルフといった長い耳。


 その耳がちょっと下がり気味なのは、俺のアホ面に引いているのかもしれない。


 大人びた口調を裏切るような13歳、14歳程度にしか見えない華奢な体躯は、それでも女性として魅力的な丸みを帯びてすらりと美しい。


 胸はほとんどないが。


 予想と違ったのはその艶すら放っている美しい肌が褐色なことである。

 つまり俺の偏った知識に当てはめれば、彼女はダーク・エルフということになる。

 この世界のエルフにはそういう区分がないのか、それともダーク・エルフしか存在しないのか、今の時点ではわかるはずもない。

 

 だがダーク・エルフと言えば巨乳じゃないのかよ! という我ながら理不尽な「嘘つけ!」感が胸中に浮かんだことは否定しない。

 ピ〇テースの呪い恐るべし。


 とはいえ褐色が似合わないとは言わないが、白磁のような肌をしている方が自然に見えるというのもまた正直なところである。


 まあなにごとにも例外はある。

 人という種においても一律ではないのだから、ダーク・エルフであるからと言って必ずだとは限らないということなのだろう。


 しかし「見惚れる」っていうのはこういう状態のことを指すのだな。

 なにか気の利いたことを言わねばと頭の片隅では思ってはいるのに、基本的にぼーっと見つめることしかできなくなっている。


 というかそもそも彼女が身につけている衣装? も悪い。


 だいたいこういう異世界ファンタジー系の世界では旅装というか、それっぽい衣装に身を包んでいるのが定石セオリーのはずだ。

 それこそ今の俺が身につけている、ゲームなんかでは『種族衣装』や『職衣装』と呼ばれたりする、わりと無難な色、デザインでありながら結構凝っているので長く使われるような。


 それが全身黒一色に時折光が走るような、SF的な極薄のボディースーツしか身につけていない美少女エルフとなれば、そりゃ目どころか魂を奪われもする。


 ビ〇ニ・アーマーと軸を同じくする、どこに防御要素があるのだと言いたくなるシロモノ。

 魔物モンスターというヒトに仇なす存在が野に溢れている状況で、それを身につける意味がどこにあるのだと問い詰めたくなるな、本物を目の当たりにすると。


 せめて長外套ロング・マントでもまとえばいいものを、もはや首から下を黒に塗っただけのような状態で、シルエットでいえば全裸となんら変わらないのだ。

 しかもところどころ皮膚呼吸用というわけでもあるまいに、大胆に素肌を晒している部分もあるし。


 いやその華奢な首に、えらく綺麗な首飾りだけを身につけているか。


 しかし一人でこの大森林の中にいたようだけど、武装とかどうなっているのかね。

 エルフと言えば『魔法使い』とか『弓使い』のイメージだけど、リィンと名乗ったこのダーク・エルフの少女は、今の俺のジョブと同じように拳を武器とする希少種なのだろうか。


 杖や弓といったそれらしい装備は一切持っておらず、身一つにしか見えない。


 いくら街道沿いとはいえ、この大森林の中で野獣や魔物モンスターと一切接敵エンカウントしないとは考えにくいのだが。

 

 俺が呆けた顔のまま黙っていると、リィンと名乗ったエルフの少女は馬車の最後部に腰を下ろそうとしている。

 御者台に最も近い奥に座っている俺とは、この状況下では最も距離を取れる位置である。


 俺が今浮かべているであろう間抜け面は、どうやらそこまで距離を取りたくなるほどのシロモノらしい。

 確かに無駄に整った顔の男が自分を見てにやけているというのは、女性にとっては充分に警戒の対象かもしれない。

 せっかく外面だけはオトコマエに整えても、中のヒトが俺のままだとこんなものか。


とはいえそれならそんな恰好をしないでいただきたいものである。

 遺憾の意を表明する所存である。


 だがその細い腰を下ろす寸前、やや下がり気味だった耳がピンと上を向く。

 そして自己紹介以降は目を逸らすどころか極力俺の方を見ないようにしていた視線を、間違いなく俺に向けてある一点を注視している。


 いや、俺じゃないな、俺の方向ではあるがやや下方。

 つまり丸くなってうずくまっているクロを見つめているのだ。


「あの……はえっと……冒険者殿のお供なのか?」


 名を呼ぶことに抵抗があるのか、俺の見た目からおそらくは冒険者稼業であろうとアタリをつけての事だろう。

 

「え? あ、ああ。俺の相棒だよ。名前はクロ」


 「その子」という呼び方から、猫という生き物はこの世界にはいないのかもしれないな。

 だが落ち着いて大人びた口調に相応しく無表情だった彼女の頬にはわずかに朱が差し、その碧眼には明確に興味の色が浮かんでいる。


 女の子らしく小動物には弱いらしい。


 いいぞ、クロ。


 話をするきっかけになってくれるとは、初手からいい仕事だ。

 当の本猫ほんにんはそんなことなど知らぬとばかりに「くあ」と欠伸をかましておいでだが。

 

「その……触れても、かまわないだろうか?」


「……イイデスヨ」


 俺から極力距離を取ろうとしていたらしい能面みたいな表情をしていた美少女が、意を決したような懇願の表情で、両手をその薄い胸の前で結んで俺に問いかけてくる。


 そのギャップの破壊力にやられて、思わずカタコトのようになってしまった。

 しかしそこまで覚悟を決めてお願いしないといけないようなことかね。


「いいんですか!?」


「ドウゾ」


 俺の了承の言葉に対して、花が咲いたようなという表現がまるで大げさではないとびきりの笑顔を浮かべて再度確認を取ってきた。

 言葉遣いもなんというか、見た目相応な感じになってしまっている。

 こっちが素なのだろうか?


 これでやっぱり駄目ですと言える男など、男が男という概念である以上存在しえないだろう。

 なにを言っているのか俺は。


 荷台の端から、膝をするようにして俺の位置までおずおずとにじり寄ってくるエルフ美少女。

 そのあまりの必死さというか、呼吸が乱れそうな様子にクロが少々たじろいでいるようにも見える。


 だが俺のすぐそばまで到達し、実際少々呼吸を乱しながらそっとクロに触れる指は震えている。

 だがクロは嫌そうなそぶりを見せず、撫でられるままに気持ちよさそうにしている。


 当の本人は満面の笑みで、完全に女の子が可愛い小動物に触れて笑み崩れているような表情だ。


 正直可愛い。

 至近距離まで近づいてきているせいなのか、なんかいい匂いもするし。


 クロが触れてくる指を捕まえようとし始めたので、うまくかわしながらクロに前足をたしたしさせている。

 本当に楽しそうだ。


 しゃがみこんでいるので無防備に晒されている背中から尻へのラインが目の毒である。

 背中で呼吸しているのかと言いたくなるくらい、脇から背中はなぜか大きく素肌を晒しているのだ。

 背面が無防備系の装備だったのね。


 このままなのもなんとはなしに後ろめたいので、体を起こさせるためにクロを後ろから抱き上げる。

 びろーんと伸びた状態で素直に抱き上げられるクロに合わせて、彼女の視線、続いて上半身が起き上がるのが面白い。


「抱っこすれば? それに俺のことは冒険者殿じゃなくて匡臣マサオミと呼んでくれ。俺も貴女のことをリィンと呼んでも?」


「冒険者殿、いや、えっと……マサオミ殿がそれでよければ」


 俺の言葉のどこにびっくりしたのか、クロから視線を外したリィンは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で俺を見つめている。

 

「殿もいらないよ。俺もそうさせてもらうから。ほいリィン、パス!」


 たかが初対面の男と名を呼び合おうというだけで、これだけの美少女がなんだってこれほど嬉しそうにするのかがまったく理解できん。

 だが上気した頬と潤んだような瞳で見つめられ続けることに耐え切れなくなり、わりと乱暴にクロをリィンへと放り投げる。


 すまん、クロ。


「わ!」


 さすがのお猫様も充分な距離を与えられず、しかもびろんと伸びた状態から急に放り投げられたとなれば、その俊敏さを活かすこともできない。

 わりとまぬけにぺたんとリィンの薄い胸に張り付くしかない。


 リィンも思わず出した声に違わぬびっくりした表情を浮かべているが、それ以上にクロはなにすんじゃいという気持ちだろう。

 俺に言わせればかなりの役得なのだが、猫の身であるクロからすればリィンの胸に張り付けたからどうだという話だろうし。


 嬉しそうにしていたらそれはそれで嫌だしな。


「ふふふ」


 だが投げつけられたリィンの方はクロをくるんとひっくり返し、背中から抱きかかえるようにして嬉しそうに笑っている。

 自分がクロに触れることも、クロが自分にかまって触れてくることも嬉しくてたまらないご様子。


 高い高いをするように抱き上げたり、わりと本気で窮屈そうなクロを抱きしめたりを繰り返しているが、あまりにも夢中になりすぎてリィンの無防備が過ぎる。


 どういう素材かはわからないがボディペインティングにしか見えないような恰好をした美少女が、触れられそうなほどの至近距離でいろんなポーズをとっているというのは少々刺激が強すぎる。


 ええい、その手の情動も若くなった身体に引っ張られているっポイな。

 このまま見ていると身体的変化を促しそうで、見ていたいという本音を振り払って視線を逸らす。


 クロに夢中なように見えて、リィンは俺のそんな様子を目敏くとらえていたようである。

 たしかに女の子は男の視線には敏感だと聞いたことはある。


「あの、マサオミ……からは不思議と私に対する警戒感も嫌悪感も全く感じないのだが、そのくせどうしてそんなに居心地が悪そうにしているのか、尋ねてもかまわないか?」


 目を逸らした俺に対して、上目遣いでおずおずとそんな質問をしてくるリィン。

 どうやら俺のそういう視線に気付いていたというわけではなく、気安く接してきたくせに急に視線を逸らしたことを気にしているようだ。


 というか自分が警戒感や嫌悪感を抱かれて当然というような物言いが気にかかる。


「え? あ、ああ……それは……」


「それは?」


 歯切れの悪い俺の答えに、クロで顔の下半分を隠すようにして重ねて聞いてくる。

 聞きたくないけど聞きたいような、期待と諦観が綯交ぜになったような不思議な表情。


 適当な言い訳も思いつかないし、しょうがないから正直に伝えることにする。

 なあに向こうの姿であればドン引かれること間違いなしだが、今の容姿と年齢であればまあそう救いのない答えというわけでもないはずだ。


 そうであってくれ。

 

「目のやり場に困っているんだよ」


「目のやり場?」


「……リィンのその恰好のコト」


 正直に伝えたことでテレて赤面でもしてくれれば絵面的にそう悪くないものになったはずだが、リィンは心の底からきょとんとした様子で自分の身体を見直したりしている。


「こんなやせっぽちで……胸もほとんど成長していないのに?」


 その後さも不思議そうな、でもどこか嬉しそうな表情でくすくす笑いながら嫌な質問を重ねてきた。


「もう少し自分の魅力を客観的に理解した方がいいと思うぞ?」


 それは確かにそうだねと答えるわけにもいかないので、憮然とした表情でそういうしかない。

 だがそれは嘘をついているというわけではなく、正直なところでもある。


 リィンみたいな美少女エルフがそんな恰好をしていたら、男であればだれもがそれなりに反応してしまうのは仕方がないことだと本気で思う。

 胸の大小だとか肉感的かどうかなど、美しさや可愛らしさの前では些細な問題に過ぎないのである。


「本当にマサオミは変わっているな。私はエルフなのだぞ?」


「それは一目見ればわかるよ」


 どうやら俺がどうして目線を逸らしたのかは理解してくれたようで、その艶やかな褐色の頬に朱が差しているのが可愛い。


 だが照れつつもわりと真面目な調子で、自分がエルフであることを念押しするように告げてくる。

 いや俺にしてみれば、エルフであるからこそここまで美しいのじゃなかろうかと思うわけだが、どうやらこの世界においてエルフというのは疎まれて当然の存在という立ち位置っぽい。


 聞き耳を立てていたであろう商人のおっちゃんも、その気配からして俺の態度は意外なものだったらしい。

 いやそれならエルフであるリィンを馬車に乗せることを快諾したおっちゃんも同類だと思うわけだが、リィンにしてみればおっちゃんも俺も揃って変わり者だといったところか。


 本来であればけんもほろろに断られるのが普通で、リィンが支払う対価に目が眩んでしぶしぶ行商人のおっちゃんが了承したとしても、同乗者である俺が拒否するか口も利かない態度を取ることが普通だとでも考えているようだ。


 俺の態度と、それを面白そうに観察しているおっちゃんの組み合わせというのは、リィンの中にある普通――常識とは相当に乖離しているらしい。


 だからこそ不思議であり、嬉しくもあるのかもしれない。

 クロとじゃれて、素の自分を思わず晒してしまうくらいには。


「……だけど触れられないなら、私にマサオミにとっての魅力があっても意味ないよね」


「え?」


 嬉しそうでありながら寂しそうにそうつぶやいたリィンの言葉の意味を聞こうと思った瞬間、俺とリィンのちょうど真ん中に例の地図が大きく表示される。


 そこにはリィンが現れた時とは違う色――赤い光点が馬車の進行方向に対して半包囲するように複数明滅している。


 まず間違いなく、俺の能力が敵性存在を捉えたのだ。




 ゲームであればいかにもチュートリアル開始の状況だが、さて実際はどうかな?

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