第一章 エルフの少女

第001話 転生キャラクター・クリエイト

 普通は仮想化身アバター系ゲームのキャラクター・クリエイトの際、自分の本名をつけることなどまずないだろう。

 

 PCパソコン家庭用コンシューマーゲーム機が孤立稼働スタンドアローンであることが当然の時代であればまだしも、ネットに繋がっていることが前提となった現代いまではなおのことだと思う。


 M.OやM.M.O RPG、対戦型F.P.S系などで「いかにも本名」なキャラクターを見かけることなどまずないし、稀にそれっぽい名前を見つけてもググってみれば大概なんらかの創作物のキャラクター名であることがほとんどだ。


 かくいう俺もその例に漏れない。


 よほどの豪の者でない限り、どうしても己の仮想化身アバターに本名を名乗らせるのは躊躇ためらってしまう。

それが普通の感覚というものなのではなかろうか。


 だが俺はもともと、ゲームの主人公には「マサオミ」という自分の名前をつける派だった。

 用意された設定に沿った主人公ではなく、ゲーム内に自分の仮想化身アバター創造クリエイトできるタイプのゲームを好み、『俺』がその世界にという感覚をこよなく愛していたのだ。


 だからといって学生ではなくなり会社員として働きだして以降、社会のネット化も手伝ってさすがにその主義を押し通すことができなくなっていったというわけだ。


 軟弱者と笑わば笑え。

 だがなにが原因で炎上するかわからない昨今、最低限の自己防衛は必要だと判断せざるを得なかったというだけの話だ。


 だが今、俺はものすごく悩んでいる。


 ここ数年は忙しさにかまけて腰を据えてゲームに手を出すことすらできなかった俺だが、新規にキャラクター・クリエイトをすることになっても今更悩むことはなかったはずだ。

 本来であれば自分の中では固定となっている架空の――ファンタジー風のそれっぽい名前を入力して完了していたハズである。


 ちなみに初期ジョブが複数あり選択式なのはよくあるパターンだが、事情からいつであればノータイムで選択する魔法使い系ではなく『格闘士』を選んでいる。


 上位ジョブがあるかどうかはスタートしてみなければわからないとはいえ、初期職がたった6種類しかないのでまず確実にあるだろう。

 スタートしてしまえば職変更ジョブチェンジもわりと簡単にできるはずだとアタリをつけている。


 ステータスはボーナス・ポイントを振り分けるようなカタチではなく、選択したジョブによって固定。

 極オーソドックスなH.P、M.PとSTR、DEX、VIT、AGI、INT、MNDとなっている。

 ここまで定番だとCHR――カリスマが無いのがちょっと意外なくらいだ。


 これらの数値をベースに各種装備品と計算されて攻撃力や防御力となるのだろうが、よほどのクソゲーがベースではない限り、数値カスタマイズがないのであれば破綻することはないはずだ。

 焦らずにレベルを上げさえすれば、そのレベルに応じた魔物モンスターには有利に戦えると考えてまず間違いないだろう。

 スタート後に入手できる希少レアなアイテムなどでステータス値を増やすことができる場合はあるかもしれないが、それはプレイヤーが有利になる点なので問題ない。


 カスタマイズ要素もないし、今表示されている数値がどれほどの強さを保証するものなのかなどわかるはずもない。

 もはや過去になってしまったとはいえそれなりにゲーム慣れしている俺にとっては、ジョブと各種ステータスの関係がいかにもそれっぽいなと理解できる程度だ。


 前衛系であればH.PやSTR、VITが高く、魔法系であればM.PやINT、MNDが高いという至極真っ当な感じ。


 俺が今選択している『格闘士』の場合、H.PとSTR、VITは選択可能な全ジョブ中で最大値、DEXとAGIは平均値、M.P、INT、MNDはほぼ最低値といったところだ。


 次に今どきのゲームと比べてもちょっと信じられないくらい細かく選択できる容姿については、もちろん「俺が考えた最高にカッコいい俺」にさせていただいている。


 長めの漆黒さらさらの髪と、鋭い灼眼。

 意志の強そうな整ったかんばせに、鍛えこまれ引き締まったからだ


 容姿はともかく年齢設定はいつもであれば自分と同じにするのだが、これもとある事情に基づいて最も若い設定にしている。

 とはいえ具体的な年齢設定があるわけではないので、最も若い側に振り切っているというだけだが。


 若い頃はさぞ美形であったことが伺える苦み走った渋いおっさんという見た目も捨てがたいが、今の状況ではということに主眼を置かざるを得ない。

 

 |に性別も選べたが、こればかりはいつもどおり自分と同じ男性を選択。


 なぜか種族は『人間』しか選択することができなかった。


 今どきのゲームどころかひと昔、ふた昔前のゲームであってもこれはちょっと考えられないではある。


 まあからすれば仕方がないのかもしれないが、容姿どころか性別まで選択可能な状況でなにをいまさらという気がしないでもない。


 あと仮想化身アバターと同じ、ことによってはそれ以上に細かく設定可能な『従魔』についてはノータイムで『黒猫』を選択している。

 架空の生物、それこそ妖精なども含めて相当な候補が並んでいたが、冒険の御供と言えば俺は『黒猫』だと決めている。

 スタートはどうあれ、最終的に魔法職になるのは俺にとっては確定路線な訳ではあるし。


 魔法使いには黒猫なのだ。


 仮想化身アバターも従魔も、カスタマイズとはいえ自分のイメージをそのまま具現化してくれ、それを微調整するだけだから膨大な時間がかかるわけでも、ネットでレシピをあさる必要があるわけでもなかったので助かった。


 従魔が戦闘能力を有しているのかどうかはまだ不明だが、まあよくある要素ではあるのだろう。

 名前は単純シンプルに『クロ』とした。


 というわけで俺は今、自分の名前以外の全てのキャラクター・クリエイトを一通り完了させている状況というわけである。


 なぜ今更名前なんかで悩んでいるかと言えば、というやつのためだ。


 あまりにもゲームっぽいインターフェースをしているが、信じられないことにこれはゲームの話ではないのだ。

 現実、あるいはえらく明晰な夢である。


 そもそも俺は新しく買ったゲームをさあ始めようなどという状況にはない。

 なかった。


 なんとか終電で会社から家へと帰り着き、それでも寝ることなど許されずに明日の早朝会議のための資料を、眠気と戦いながら必死で作成していたはずなのだ。


 いったんぷつんと意識が途切れる直前に叫んでいた内容は、我ながら社畜精神もここに極まれりと自嘲せざるを得ないことに


「時間よ止まってくれ! もしくはこの進捗状況のまま昨日に戻ってくれ!!」


 などという戯言たわごとであった。

 仮眠をとる時間も計算に入れて、24時間もあればなんとかなるという読みに基づいての叫びだというのが我ながら物悲しいと言おうか、侘しいと言おうか……


 とにかくそんな、正気すら保てていないような状況だったのだ。

 

 それで突然タイトルすら知らないゲームを始めようとしていたらそれはそれで相当な狂気だが、どうやらそういうことではないっぽい。


 今の俺は妙に落ち着いた意識こそあるが、自分の身体すら認識できていない状況なのだ。

 そのせいで、なかば現実逃避気味にキャラクター・クリエイトに集中していたといってもいいだろう。


 この状況はまだ仕事に余裕があった頃に行き帰りの電車の中で好んで読んでいた、ネット小説によく見られた状況か、もしくは生まれて初めて見る明晰夢かだ。


 その証拠というわけではないが俺の最後の叫びが反映されたのであろう、特殊能力として『時間静止』と『時間遡行』がステータスの一番最後に表示されている。


 それまでのある意味至極真っ当なキャラクター・クリエイトと違い、これは普通のゲームであればまずありえない能力だ。

 たとえ孤立稼働スタンドアローンが前提のゲームであったとしても、バランス崩壊要素すぎる。

 まさに不正行為チートに相当する能力と言えるだろう。


 もしかしたらそれを前提としたゲーム内容なのかもしれないが。


 ええいままよ。


 何度考えても少なくとも今の俺にとってゲームではありえない以上、自分がキャラクター・クリエイトした仮想化身アバターによる異世界転生であれ、年甲斐もない厨二な明晰夢であれ、本名をキャラクターネームにして困ることなどなにもないはずだ。


 真岐まき 匡臣まさおみ


 覚悟を決めて本名を入力する。


 『以上で確定してよろしいですか』


 の表示に思わず笑うが、構いませんよ。


 夢なら目が覚めてから自嘲する間もないうちに資料作成に追われてすぐに忘れるだろう。

 万が一これが現実で、本当に異世界転生できるというのなら。




 そんなに多くは望まないから、のんびり楽しく暮らせるようになればいいなあ……

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