Ⅳ サンナーラ、ひったくり犯、言うまでもないこと
4-1
「す、すごい……久しぶりに、こんな大金を拝んだよ」
廃城から盗んだ宝を、閉店時間になる前に質屋で売り払ったスイは、ひとりで持つのも大変なほどのお金を袋に詰め込まれ、嬉しい悲鳴を上げていた。王家の宝ほどの貴重品を盗んだのは思えば久しぶりのことだったから、重みをすっかり忘れてしまっていたのだ。
シュミレは、自分のほうが力は強いのだから持とうかと持ち掛けたが、このお金の重みを感じていたいから、と断られてしまった。
「スイ、すごく嬉しそうだな」とライルハントは言った。「幸せそうだぞ」
「スイはお金が大好きなんだよ。昔から」とシュミレ。
「そうそう、大好き大好き。心から愛してる。世界中を敵にしても君を守る。絶対に幸せにする」
「お金を幸せにするってなんだ? 磨き上げるつもりか?」
そんなこんなで。
シンガロング城から出た一行は、野宿を二度ほど挟みながら北西に進み、日が暮れる頃にはアスマロクという町に到着した。アスマロクのさらに北西にあるキングコーラス王国にアダムがいる可能性に賭けての移動であると同時に、近場で盗品質屋のある町がアスマロクくらいのものだったことが理由だ。はっきり言って宝物は重たく、荷物の幅もとるため、早く売却してしまいたかった――キノコを食べ尽くして台車を捨てられるようになるまで、台車係のライルハントとシュミレの疲れやすさは普段の比ではなかった。
「さて、それじゃあ宿を取ろうか。前はサンナーラの番だったから、今度は私が決めるね」
「安いほうにするの? 高いほうにするの?」
「安いほう」
「ええー、そっか。いいけど」
サンナーラはがっかりした。安い宿は基本的に意匠に拘らないため、サンナーラの求める煌びやかさや完璧な塗装は望めないからだ――もっとも、高い宿でもシンプルイズベストと言わんばかりに淡白な装いのものは少なくないのだが――とはいえ、宿についてはサンナーラのセンスで決める回とスイの金銭感覚で決める回を交互に置くというルールがぬすっと少女隊にはあるので、それに抗うことはできなかった。
ちなみに、シュミレは基本的に食事を用意してもらえる宿ならなんだっていいというスタンスである。かつては瓦礫で眠っていたこともあるためか、寝床に関しては非常におおらかだった。
いかにも安そうな、小さな宿に入った。二部屋を予約し、港町のときと同じように、シュミレ・ライルハント・イヴ、スイ・サンナーラ、という組み合わせになった。入浴はサンナーラが一番目だった。
スイは部屋の机の上にシンガロング城から持ってきた古書を置いて、読み耽って過ごした。どうやらそれはユプラ神教の教えを記したありがたい本のようだった。当たり前の道徳やポジティブな考え方が、短い訓話と一緒に語られている。適当に読み飛ばして、ユプラ神そのものについてのページに行き着く。シュミレの拾った古紙の裏に描いてあったあの横顔が、挿絵として添えられている。ユプラ神はなんだかすごい神様で、過去も現在も未来も知っているうえに、この世のすべてを一瞬で見ることができるらしい。そんなすごい神様だったら、サクランド王国にいる自称・神様の国王のことも把握しているのだろうか、なんて考えた。そもそも、どちらの神様もスイはあまり信用していなかったが。
この世で絶対的に信用できるものなんて、お金くらいのものだ――なんて、そんなラジカルな思想は持ち合わせていないが。少なくとも、見たこともない神様よりは、一緒に時間と罪を重ねてきた、これからも重ねていくサンナーラとシュミレのほうがずっと信用できた。
あらかた目を通したので、スイは本を閉じた。脳内で翻訳しながら読むというのは疲れる。サンナーラが出てきたら次は自分が入ろう、それから宿のスタッフに夕食を持ってきてもらって食べて寝よう。
その旨を三人に伝えている最中、湯上りのサンナーラがやってきた。
「あ、サンナーラ。次は私が行くから。上がったら部屋で一緒にご飯食べよう」
「ああ、いってらっしゃい。うち、これから外で遊んでくるから夕食は勝手に済ませてて」
「そうなの? じゃあお金、ほどほどに持って行っていいから。気をつけてね」
「うん、ありがとう」
サンナーラは部屋に戻ると、自分のカバンのなかの宝石と金塊を確認して、スイの袋からお金を要るだけ持ち出して、颯爽と宿を出た。
「そういえば、スイ」浴場に向かおうとしたところで、ライルハントが声をかける。「明日は、港町のときみたいに、何かやるのか?」
「やらないやらない。ここはサンナーラが大事にしている町だから、寄りづらくならないように、悪目立ちはしない約束なの。盗まないし、殺さない」
「わあ、これ、すごいですね。純金がいっぱい。宝石もすごく素敵な輝き。緊張しちゃいますね」と職人の女性が言った。
「素敵だよね。それを加工して、こういう感じのブレスレットにしてほしいんだ」サンナーラは用意しておいたラフスケッチを職人に渡した。「見積もりはどのくらいかな」
「えーっと……その前に、前回注文していただいたものをお渡ししていいですか」
「あ、そうだったそうだった。できた?」
職人は頷くと、棚から箱を取り出してサンナーラに渡す。開けると、なかにはピンクに塗装されたリングに赤や青の宝石が散りばめられた、少し太めの指輪が入っていた。
「わあ……すっごく可愛い指輪。ありがと、オーダーしたときのイメージを越えた素敵さで嬉しい」
「どういたしまして。指定が毎回具体的なので、安心して作れます。で……見積もりですけれど、納期はいつまでにしますか?」
「なるべく早めでお願いできる?」
「でしたら二十日後に」
「二十日後ね。たぶんジャストではこれないから、それ以降に受け取るのでもいい?」
「はい。そうですね、旅をされているんですものね。見積もりはこれくらいで」
「ん、大丈夫。ある。じゃあ前金として全部払うね」サンナーラは職人にお金を渡した。「楽しみにしてる。よろしくね」
「ありがとうございます。……絶対に帰ってきてくださいね。最近、物騒ですから」
「物騒って?」
「なんでも、近年、世界的に盗賊による被害が増えているとか情報誌に書いてありました」
「ああ、盗賊ね。気をつけるよ」
「本当に気をつけてください。最近なんて、この町でも強盗殺人があったらしいですから」
「じゃああなたも気をつけてね。あなたの仕事、大好きだから」
「どういたしまして。私も、サンナーラさんのオーダーされるデザインが好きなので、毎回とても楽しいです」
ブレスレットを自分の腕に嵌めるときを妄想しながら工房を出る。
どこかで呑もうかと店を探していると、どこからともなく悲鳴が聞こえた。
女性の切羽詰まった声。
男達の小さな声も続けて耳に届き、サンナーラはただならぬ事態を感じて、聞こえる方向に走る。
閉め切った建物と建物の間からそれは聞こえてきた。カバンのなかに手を入れながら駆け込んで、その光景を見てすぐ、サンナーラの頭に血が昇るのを感じた。カバンから長い布を取り出して、ふたりいる男のうちひとりの首に、後ろから巻き付ける。そして、布の両端を思いっきり引っ張る。もうひとりの男に途中で邪魔をされて、絞殺とまではいかなかったが、絞められた男は泡を吹いて倒れた。布は今度、もうひとりの男の両手首を縛った。まだ自由だと言わんばかりに開かれた男の脚の間、がら空きになった股間にサンナーラは、全力の蹴りを入れた。
蹲る男に、サンナーラはナイフを向ける。
「この町では誰も殺したくないんだよ。消えて」
命の危険を感じた男は、よろよろと歩きづらそうにしながら逃げていった。気絶したもうひとりの男をそのままに。サンナーラもそれは放っておいて、すぐ傍の女性に手を差し伸べた。それから気がついて、その女性の手首を縛る布を解き、ついでにはだけさせられた衣服を整えた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ、うちがやっつけちゃったから」
サンナーラが女性と目を合わせて笑うと、女性は緊張の糸が解けたように泣き出した。ぎゅっと抱きしめて、落ち着いたところで手を取って一緒に立ち上がった。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。あなたがきてくれなかったら、今頃……何かお礼をさせてください」
「ううん、気にしないで。うち、女の子を欲望の捌け口としか見てないような男が一番許せないから。だからこういうの、何も特別なことじゃないよ」
「でも、……わたしにとっては、特別なので」
「そっか。じゃあ、……ねえ、お酒飲むほう?」
「え。まあ、イライラしたときとか」
「そっか。じゃあ、美味しいところ教えてくれない? 奢らなくていいからさ」
4-2へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます