偽りの御嬢様

 イサラギはあほ面をしている貴帆達を気にする様子もなく、穏やかな寝顔のレッタに近づいて手をかざした。


「我、星々と月の加護のもとこの者の術を解く」


 淡い緑色の光がイサラギの手のひらから、レッタの額へ柔らかく降り注いだ。その光は額にゆっくり染み込むと、レッタの身体中を覆い尽くすように大きく光る。貴帆はその眩さに思わず顔をしかめた。光が収まると目の前のソファに横たわっていたのは、見知らぬ女性だった。

 レッタに負けず劣らず端麗な容姿で、思わず見惚れる。薄紫色でウェーブのかかっていた髪は桃色のストレートヘアに変わり、 妖艶な魅力を放っていた顔立ちの下からは清楚で凛々しさが伺える目鼻立ちが顕になった。レッタの時の雰囲気とはまるで違う様子に、ナオボルトは服に袖を通す手を止めて目を丸くし、雨虹は眉をひそめていた。


「レネッタ様……!」


 エリックが身を乗り出し叫んだ。するとレッタ──もといレネッタの瞼がゆっくりと開き、長いまつ毛がぱちぱちと上下された。

 目を覚ました彼女は周りからの驚愕の眼差しに、


「私の顔に、何か?」


 と言って首を傾げる。だが視界に入ってきたサラリと揺れる桃色のストレートヘアに、声を失った。すぐ何かに気づき、深呼吸をしながら目を閉じる。


「体内に術を感じる……イサラギ、あなたね?」


「ほう、さすが次期魔王だ。術履歴を読むスキルまで身につけているのは予想外であったぞ」


 のんびりと感心しているイサラギを睨みつつ、レネッタは起き上がった。そのまま貴帆達の方へ向き直る。手当を受けて着せられていた白のワンピースの裾がふわりとベッドから滑り落ちた。


「お前、レッタじゃなかったのか?」


 ナオボルトの困惑した声に、レネッタは肩をすくめて答える。


「私はレネッタ・ユヴァンキュアよ。正真正銘、魔王の一人娘。貴方たちを騙すような真似をして悪かったと思っているわ」


 そう俯いて謝ってから、「でも」と語気を強めて続けた。


「私もタカホを助けに行きたかったのよ。そのためにはこの姿ではもちろん許されない。それに今以上に強い武器が必要だった。武闘会の賞品である神器『ブックゴッターズ』が必要だと思ったわ。だから毎日姿を変えて、夜遅くまで強い人を探し回っていたの」


「タカホ様を助けるため……ですか?一体どこからその情報が……」


 雨虹が訝しげな声色でレネッタに問いかけた。それに対して彼女はため息混じりに答える。


「近いうちに我が一族とウルイケ領で魔法研究を行うことになっていたでしょう?そのための使者を派遣していたのよ。その使者がどの情報屋と通じていたとしても不思議ではないわ。重要な共同研究を前にウルイケ領主が隣のオズイーム領に誘拐、拉致されたなんてじっとしてられないわ」


 スラスラと情報を口にするレネッタ。どうやら彼女は貴帆や雨虹、ナオボルトよりこの事件について詳しいようだった。そんなレネッタに、貴帆は言った。


「レッタ改めレネッタさん。タカホ救出のために一緒に来ませんか」

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