レッタの敵

「あの脳筋たら随分手荒じゃないの……」


 レネッタはぐらぐらと揺れる頭を抱えて、なんとか立ち上がる。タドの斧でフィールドの端まで吹き飛ばされた傷はそこまで酷くなかった。だがいくら小さな傷でも、これからの戦いにおいては不利になるのは間違いない。


 唇の端から滲む血をぺろりと舐め取って、あたりを見回した。固く茶色い岩石に取り囲まれている。ゆっくりと確かめるように魔道書を取り出し、土の弱点である風の魔法を唱えた。壁より高い大きな竜巻が、土とぶつかってガガガガと音を立てる。だがそれは所詮音のみで、傷一つつかない。竜巻を魔道書の中に収め、どうしたものかと首を捻る。


「無駄ですよ、レッタさん」


 空から気に入らないほど晴れやかな声が落っこちてきた。見た目の若さに見合わぬ落ち着きを含み、勝利を確信しているようなその声が、レッタは好きではない。──昔から。


 土壁の上に立って、アズリバードはレッタを見下ろしていた。彼は才能と自信に満ち溢れ、知的で端正な顔に余裕な笑みをたたえている。


「ご機嫌いかがですか、お姫様」


 レッタは優雅に飛び降りてきたアズリバードを睨んだ。それを見てアズリバードが「そんな怖い顔しないでくださいよ」と笑う。


「ご機嫌、ねぇ。あなたの想像におまかせするわ。それに私『お姫様』なんかじゃないのだけど?」


「おや、それは失礼。親譲りの魔力と天性の才能に、様々な武器のエキスパートから伝授された技を習得して……でも今は違うのでしたね」


 大げさに驚いてみせるアズリバード。相変わらず嫌味な奴である。


「それ以上言うと首がすっ飛ぶわよ?」


 レッタはにっこりと笑って魔道書を構える。そんな言葉を


「おや、すごい寒気が」


 とこちらもまた笑顔で返し、魔道書を持ち直した。


「貴方と闘える日が再び訪れるなんて、この身に余る幸せです」


「あら、その言い方だとずっと私を倒したかったっていう意味にとれるわね」


「さあ、それはどうでしょうか」


 とぼけるアズリバードに、レッタは満面の笑みをはりつけて答える。


「あら少なくとも私はそうよ?あの日から……1日たりともあなたを忘れた日はない」


「これはまた、熱烈な愛の告白ですね。全くあなたと言う人は変わらない……」


 お互いがどちらも超一級の魔道書を手にして、笑顔で、真っ直ぐに目を合わせて語り合う。逸らしたらその隙を取ると、両者の目は語っていた。


「お互い魔法戦士と魔道士です。魔法を扱うものとして正々堂々頑張りましょう」


「正々堂々……ね。ええ、いいわ。お手柔らかにね♡」


 次の瞬間、天と地が引き裂かれるような衝撃とともに魔法と魔法がぶつかり合った。

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