狭間
やられた。
完璧に丸め込まれた。
貴帆はムスッとふてくされた顔で電車に揺られていた。
貴帆の乗っている──正確には「乗せられた」というが──この常磐色の電車は冷房のような人工的な冷風ではなく、木陰のような心地よい涼しさを木製の車体自体が創り出すなんとも快適な乗り物だった。
貴帆をウルイケとかいう場所に連れていく雨虹は、壁の向こうの運転室にいる。任務成功と言わんばかりに機嫌の良い彼は、さっきまで
「貴帆様が来てくださらないなんてご主人様があまりに不憫だ」
とか
「落胆されるご主人様にはわたくしが死んでお詫びせねば」
とか。
綺麗すぎる涙を浮かべ、断った貴帆の方が悪いことをしているような気分にさせる言い草だった。
だが声を大にして言いたかった。
いくらイケメンで優しそうで丁寧だろうが、初対面の人についていくアホがこの世にいるだろうか。──今となっては自分自身がそうなのだが。信用できそうな人ならまだ納得いくが彼は異世界とかツヴィリングとか非現実ワードを連呼するのだ。断固として自分は悪くないと言い聞かせていたがその努力も虚しく、雨虹の涙に敗れた。
知らない人について行ったらいけないと、小さい頃から言われてきた。そしてそれを健気に守ってきた。
なのに。その努力も虚しく、ついに破るはめになってしまったのだ。
落胆と後悔で肺が落っこちそうなほどのため息をつき、気分転換に窓の外を見る。
だが貴帆の頭は一瞬にして真っ白になった。
「え……」
窓から見えていたのは全く知らない景色だった。貴帆のいた駅からそう遠くまで来てないはずだ。だが目の前に広がるのは海でもなく、向日葵でもなく、まばらに建つ田舎の家々でもない。
見渡す限り一面の黄金の草原。
金赤色に染まった空には、
その周りには点々と控えめな輝星がまたたいていた。
目を奪われる光景であるにも関わらず、心臓が縮みあがり冷たくなるような焦りと混乱が貴帆を支配する。まるで理性が迷子になったみたいだった。
「ここ、どこなの!?」
貴帆が開いている運転室のドアに向け驚きに任せた大声を出すと、中からは対照的に穏やかな態度で返ってきた。
「狭間と呼ばれる場所です。太陽は貴帆様のいた世界、月はこれから入る異世界への道標となっていて世界同士を繋いでいるのです。この空が明ければそこは
貴帆は 「異世界……」と口の中で呟いて、近くの座席に力なく腰を下ろす。
電車は貴帆の心を遠い現実世界に置き去りにするかのように、黄金の草原の中を静かに疾走していた。
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