第159話 試し

「ラミアと何かあったのか?」


 珍しく感情を露わにするアリアさんの様子が気になって聞いてみる。ガルドも興味があるのか、歩みを止めてこちらに視線を向けた。


「……別に」


 素気のない返答。どうやら話す気はなさそうだ。


 まぁ、アリアさんほどの魔法使いになれば過去にラミアと戦ったことがあっても、さして驚くことじゃないのかもしれない。その時に何かあったのなら、あまりしつこく聞くのも悪いだろう。


「ガルド様」


 襟詰めの黒い服に身を包んだ赤髪赤目の女がどこからともなく現れた。


「王国軍に動きが?」

「はい。魔物の進路を考えるに素通りの可能性は低く、また、蛇の侵入向きの特性を考え、これ以上王都に近付く前に撃退すべきと判断したようです。ギルドでも緊急クエストが発令されております」

「ふむ。この王都は己の身を守るには十分な戦力がある。今向かってきている魔物の群れを倒すことは出来るだろうね。だがもしも私の読み通りにラミアがいるのであればどう転ぶか分からない。……私も同行しよう」

「そう仰ると思い、既に国軍の指揮官に話はつけてあります」

「ご苦労。……それで君達はどうするかね? まだ外に出たい理由を聞いていないのだが」


 そうだった。それにしてもガルドの従者、なんかアリアさんを見る視線がやけに鋭くないか? いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃないか。


「昨日アリリアナ組が冒険者の仕事でエルフの里に行ってるんだ。危険に巻き込まれているかもしれないから助けに行きたい」

「……私の夜空が?」


 ガルドの表情に初めて鋭さが現れた。


 ってか、誰がお前のだよ。


 目の前の聖人がすごい奴だってのは分かるし、基本的に良い奴だとも思う。でもドロシーさんやアリアさんを自分のもの呼ばわりする度に、なんかこう、とにかくイライラする。


「僭越ながら。今は数人の冒険者にかまっている状況ではないかと」

「おいっ!」


 と、つい感情のままに声を出してしまった。女従者はこちらに一瞥すら向けない。


「分かっているとも。私情で動いて結果助けられる大勢を見捨てたとあっては、きっと私の夜空はひどく悲しむだろう。私は聖人として魔物から人々を助ける使命をおろそかにする気はないよ。それが結果として私の夜空の為になると信じているのだから」

「ドロシーさんを見捨てんのかよ」


 卑怯な言い方だと自覚はあったが、我慢できなかった。


「私の夜空がエルフの里にいるのであれば、たとえラミアが暗躍していても生存の可能性は十分ある。むしろ敵の戦力が把握できないこの状況で君達だけを行かせるべきではないと判断させてもらおう。申し訳ないがね」

「な、なんだよそれ……そんなの……」


 クソ。悔しいが反論できない。確かにドロシーさん達が何事もなくエルフの里に着いているのであれば安全だろし、敵がどこにいるのか分からない状況の中、たった二人で助けに行って本当に助けられるかも分からない。でもだからって大人しくしていることなんて俺にはーー


「なら先に魔物を殲滅する。それなら問題ない」

「は? アリアさん? それって……」


 この人は何を言ってるんだ? 魔物の群れは結構な数だって話な上、ラミアまでいる可能性があるんだぞ? そんなことが簡単にできるわけ……いや、違う。簡単かどうかは関係ない。それでドロシーさん達を助けにいけるなら、四の五の言わずにやれば良いんだ。それに勝算だってある。


 俺はその勝算に向かって、出来る限り挑発的に見える表情を作った。


「いいな。俺もその話に乗るぜ。群れを潰せばお前もドロシーさんを助ける為に動いてくれるんだろ?」

「無論だとも。彼女の為ならばどのような労も厭わないし、私に持てる全てを差し出しても悔いはない」

「なら今すぐ群れを倒しに行こうぜ。それで倒したらその足でエルフの里に向かう。最強の聖人とか呼ばれてるんだから、それくらい出来るよな?」

「出来るよな」


 俺の言葉にアリアさんがボソリと続いた。


「貴方達、何を勝手なことをーー」

「リリーナ。馬の準備を。私達は今すぐ出ることにする」

「お待ちくださいガルド様。今回敵は群れで動いております。相手の戦力が把握できるまではガルド様が単身で出るのは控えるべきだと愚考いたします」

「単身ではないよ。ここに一騎当千の猛者が二人もいるのだからね。私たちが先に出て戦力を削った方が、兵達の犠牲も最小に抑えられるだろう」

「一騎当千、ですか。アリア・ドロテアはまだ分かります。しかしレオ・ルネラードにそこまでの力はないかと」


 赤い瞳が鋭くこちら睨みつけてくる。普段であればその通りですと言ったかもしれないが、ここで弱気な態度を見せれば俺だけおいてかれそうだ。それは我慢できなかった。


「俺は強い。だから連れて行ってくれ。絶対役に立つから」

「戦場で言葉などなんの役にも立ちません。ガルド様、試しの許可を」


 女従者から本物の殺気が飛んでくる。


 何だ? 試す? 何を? 


「好きにしたまえ」


 直後、女従者が抜刀と共に切りかかってくる。居合い。それは今まで見た誰よりも速く、そして流麗だった。身近にいる剣の達人といったらセンカだが、あいつと比べても明らかに完成度の違う動きだ。


 だが狙いが手だけなら。


 その斬撃は容赦無く骨を断ちに来てはいたが、腕以外のどこも狙っていなかったので、肘より上を動かすだけで簡単に回避できた。そして相手が剣を振り終わるよりも先に、手を伸ばして女従者の手首を掴む。……つもりだったのだが、


「っち」


 後少しで掴めるというところで、女従者が膝の曲げを深くした。結果、微かに女の上半身が下がって俺の手は目測を誤った。


 やば、女を抑え込むための取っ掛かりを外した。こいつ、次はどう動く?


 抜刀からここまで一秒と経っていない。剣の間合いは潰したが、拳を振るうにも近すぎるこの超至近距離。体格は相手が上。魔力は? 俺は相手の出方に全神経を集中した。そしてーー


 カキン!!


「がっ!?」

「へ?」


 物凄い音とともに女従者の上半身がのけぞった。それを成したのは金属バットをフルスイングした絶世の美女。


「ア、アリアさん? なんで?」

「時間の無駄」

「いや、無駄って……」


 仲間の実力を知っておくのは必ずしも無駄ではないような。つーかこれ、どうするんだよ?


 俺はこの場における最高権力者へと視線で意見を求めた。


「私の月がそう言っているのだが、どうする? まだ続けるかね?」

「い、いえ。もう十分です。足手纏いにはならないかと」


 額を抑えている女従者の体に魔術文字が浮かび上がり、淡く発光してから消えた。


 あれが睡眠の魔法をレジストした? なんつー無茶を。


 肉体に魔術文字を描き込む危険性を考えると、女従者の体が心配になる。だが何はともあれ、これでドロシーさんの所に行ける。


「それでは行動方針も決まったことだし、今すぐ出るとしよう。この国と私の夜空を助けに」


 待ってろよドロシーさん。少し遅れるが必ず助けに行くからな。

 

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