第157話 魔力全開

「雷よ、刃となれ! 『雷刃』」


 小型ロッドを雷で出来た刃が覆う。私はそれでアリリアナに噛み付いている蛇を切断した。アリリアナが身につけているグローブの手の甲に魔法陣が浮かび上がる。


「風よ渦巻け! 『風圧』」


 少女に化けたラミアの小さな体が吹き飛んでいった。


「アリリアナ!! ま、待ってて。すぐに解毒するから」

「へ、平気。平気。それよりも早く逃げたほうがいい感じじゃない?」


 強がって笑ってはいるけれど、地面に手をついたアリリアナは立ち上がれず、その全身も小刻みに震えていた。


「動かないで、ラミアの蛇には強力な神経毒があるの」

「あ、ああ。なるほど、ど、どうりで、ね」

「悪しき流れを払って正常なる道に導け。『クリーン』」


 魔法で解毒を試みるけど、ラミアの毒だけあって簡単に消えてくれない。後ろで建物が倒壊する音がした。振り向かなくても巨大な蛇が私達を見下ろしているのが分かった。


「キッシッシッシ! 酷いお嬢ちゃん達だ。どうして? 私のことが嫌いなの? ねぇお姉ちゃん」


 しゃがれた老婆のような声と幼い少女の声が同じ口から発せられる。その声を聞いていると、どうしてだか酷く頭が痛んだ。


(弱いことを気にしなくてもいいんだよ。だってお姉ちゃんがそんなに弱いから、私はお姉ちゃん達を◯◯られるんだから)


 何? 今のは? 聞いたことのない言葉が何故かラミアの声で蘇ってくる。


 ズキリ、ズキリと頭が痛んだ。


「ド、ドロシー、わ、わ、私のこ、ことは、い……い……ら。に、に、で、で」


 いけない。思ったよりも毒のまわりが早い。訳の分からない頭痛なんかに構ってる場合じゃない。ラミアは対象に合わせて毒の配分を変えるって話だけど、今回使われたのはその中でもかなり凶悪なものみたい。


「大丈夫だから。私が絶対何とかするから」


 そもそもエルフの人達によって監禁されたラーちゃんがここにいるはずない。なのにあの時、ラーちゃんの姿だからって私が油断さえしなければ……。


 悔しくて涙が溢れそうになったから、唇をキュッと噛み締める。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんは嘘つきだね。キッシッシッシ!! 出来もしないことを口にするもんじゃないよ」

(お姉ちゃんが役立たずなお姉ちゃんでよかった。だってもしも二人の立場が逆だったら、きっと逃げられていたから。そしたらとっても腹立たしかったから)


 こんな時に頭痛が酷くなっていく。でも焦っちゃダメだ。解毒の方は……うん。ちゃんと進んでる。ラミアはどう対処しよう? 戦う? 勝ち目は? ダメ、かなり低い。それにアリリアナがいる。……そうだ、魔法の石を使って逃げれば良いんだ。


 急いで身につけている石に魔力を流す。


「んんっ? お嬢ちゃん、何か妙なものを身につけているね。ダメだよお姉ちゃん、そんなズルしちゃ」


 ゴオッ! と風が音を立てた。脳裏にここに吹き飛ばれる原因となったラミアの一撃が蘇る。私は咄嗟にアリリアナを抱きしめた。直後に衝撃。視界がグルグルと回って、全身が打ち据えられる。


「ア、アリリアナ、生きてる?」

「な、なんとか」


 腕の中から聞こえた声はさっきよりも毒の影響が明らかに薄れていた。それに少しだけホッとする。


 でもさっきの一撃。予想よりも随分と威力が低かったような?


「あら、私には聞いてくださいませんの?」

「え……えっ!? イ、イリーナさん?」


 思わぬ声に慌てて顔を上げてみれば、私がアリリナを庇っているように、私はイリーナさんに抱きしめられていた。私の頬に彼女の金髪と一緒に赤い雫が溢れてくる。


「ちょっ、それ、大丈夫な感じ?」

「騎士の頑丈さはご存知でしょう。全く問題ありませんわ」


 そう言ってイリーナさんが立ち上がれば、彼女が纏っている鎧の一部が剥がれ落ちた。


「イリーナさん、転移の魔法石があるの。それでここから逃げよう」

「せっかくのお誘いですが、私は逃げる気はありませんの。どうぞ遠慮なく二人で離脱してくださいな」

「ど、どうして!?」


 万全の状況でもラミアに勝てるかは分からないのに、既にアリリアナもイリーナさんも小さくないダメージを負っている。客観的に見て、勝ち目はあるかどうかも疑うくらいに低かった。


「多分、戦況を気にしてるんじゃない?」

「え? それは……」


 確かにアリリアナの言う通りかも。現在エルフとラミアの群れが交戦中。どちらが優位かは分からないけど、里の中にラミアが現れたにも関わらず、エルフの誰も駆けつけてくる様子がないことから、戦況はかなり拮抗していることが予想できる。もしも互角の戦いをしているところにさらに増援が不意打ちの形で現れたら? 目の前のラミアの自由を許すかどうかで戦況が勝敗に関わるレベルで大きく動いてしまうかもしれない。


「キッシッシッシ! なんて健気なんだい。そして、ああ、なんて悲劇なんだい。どうしてもっとお嬢ちゃんがお嬢ちゃんの時に出会えなかったのか。悲しいよ。ねぇ、お姉ちゃん。私悲しいの」

「ふん。これからもっと悲しい気分にさせてあげますわ」


 そう言って槍を構えるイリーナさんだけど、槍を握るのは右手だけで、左手は不自然なくらい垂直に垂れている。……もしかしてさっきの一撃で骨折している?


「ドロシーさん。何してますの? 早く行きなさいな」

「そんな。そんなの……」

「できるわけないでしょうが!」


 いくつもの線が大気の中を泳ぐ。ラミアの全身に巻きついた糸が巨大な魔物の動きを拘束した。


「おや? キッシッキッシ! 何だいこれは? ねぇお姉ちゃん、何を遊んでいるの?」

「アリリアナさん? どうして?」

「シャラ~ップ! アリリアナ組は死者ゼロを貫く超ホワイトなクランを目指す感じなんで、その辺マジよろしくね」


 ラミアがちょっと体を動かすだけで糸が悲鳴を上げ、アリリアナの手が激しく上下に揺れる。私はロッドに魔力を流した。


「雷よ、敵を撃て! 『サンダーショット』」

「ドロシーさん。貴方まで」

「やろう。イリーナさん。私達ならできるよ」


 たとえ勝てなくてもエルフの誰かが駆けつけるまで保たせればいい。私は温存なんて考えずに魔力を全開にする。


「今更ですが、貴方達と組めて本当に良かったですわ」

「そう思うのはこれからでしょ。ねっ、ドロシー」

「え? う、うん。そうかも」

「キッシッシッシ! いいね。少々旬は過ぎているが、とっても美味しそうなお嬢ちゃん達だ。遊ぼ。ねぇお姉ちゃん達、遊ぼうよ」


 私達を前に舌なめずりをするラミア。イリーナさんとアリリアナも魔力を全開にした。


「行きますわよ!」

「うん」

「ラジャー!」


 イリーナさんの言葉を合図に攻撃を開始。持てる全ての力を振り絞り、ありとあらゆる攻撃を試して、訓練した連携をいくつも披露した。そしてその果てにーー私達は敗北した。

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