第140話 デジャヴ
先っぽがツンと尖った耳。幼いながらも将来を約束された顔立ちは、アリアのような例外を除けば、ただの人間には持ち得ない特性だ。
木々が作る影から完全に姿を現した少女の、涙に濡れた翠色の瞳が私達を捉える。
「エルフの……子供?」
「ひっく。ひっく。お、お姉ちゃん達、誰?」
思わず私とアリリアナは顔を見合わせた。
「……えっと、かなり予想外な展開なんだけど。どうする?」
「どうするって……ど、どうしようか?」
てっきり、何か恐ろしい怪物が出てくると思い身構えていたのに、まさか現れたのがこんな小さな女の子だなんて。でもこの子、なんでこんな所にいるんだろ?
「ねぇ、君のお父さんとお母さんは? どうしてこんな所に一人でいるのかな?」
「分からない。分からないの。ママ、パパ。どこ、何処なのぉ~?」
「……迷子? ならやっぱりエルフの里の子かな?」
「その可能性は高い感じだけど、実は魔物が化けてるのかもよ」
アリリアナは冗談っぽく言ったけど、実際あり得ない話じゃない。私達の会話を聞いた子供がビクリと肩を震わせ、周囲を不安そうに見回した。
「魔物? 魔物がいるの? やだよ。怖いよ。ねぇ、お姉ちゃん。私のママとパパは? どこ? ヒック、ヒック……ど、どこなのぉ~?」
「あ~。泣かなくて良い感じだからね。魔物はここにはいないから。いたとしてもお姉ちゃんたちがやっつけちゃうんだから」
「待って。アリリアナ」
私は子供に近づこうとするアリリアナを慌てて止めた。そして子供に聞こえないよう、友人の耳に口を寄せる。
「魔物だったらどうするの。先に魔法で調べようよ」
「アハハ。そうだよね。自分で言ったことなのに。やっぱり容姿の魔力って大きいわ」
「気持ちは分かるけど……」
私だって気を付けていないと、相手は子供だから大丈夫という気持ちになっちゃう。
「よし。それじゃあ、チャチャッと調べますか。君、悪いけどちょっとの間動かないでね」
そうして私とアリリアナはエルフの少女にいくつかの魔法をかけた。
「どれも反応なし。ドロシーは?」
「私も同じ」
「じゃあ、この子は魔物じゃない感じ?」
「……多分。私達の魔法じゃ見破れないくらい高位の魔物でなければだけど」
「もしもそうだった場合、私達、超ヤバくない?」
「う、うん。でもそんな高位の魔物、会おうと思って会えるものじゃないし」
でも近頃の世界情勢を考えると絶対にないとは断言できなかった。アリリアナも珍しくどうしようか決めかねている様子だ。何か一つ、この子を保護する決め手となるものがあればいいんだけど。
「あっ、そうだ。ならさ。あれ使わない?」
「あれって?」
「聖水。せっかく貰ったんだし。使わない手はないっしょ」
聖水は魔物に対して絶大な効果を発揮するけど、人間に対しては無害だ。その為、魔物の偽装を見破る手段として用いられることもある。
「そうだね。えっとそれじゃあ……ねぇ、君の名前はなんていうのかな?」
「ヒック、ヒック。……ラー」
「ラーちゃんね。あのね、ラーちゃん。悪いけど、これを飲んでくれないかな? そしてらお姉ちゃん達がラーちゃんのパパとママを探してあげるから」
「ほ、本当?」
「うん。本当だよ」
「なんかここだけ見ると、私達人攫いみたいじゃない?」
「シー。黙ってて」
私が唇に指を当てると、アリリアナは了解とばかりに頷いた。少女は受け取った聖水をジッと見つめる。
「これ、なんなの?」
「お水だよ。喉乾いたでしょ?」
子供に嘘つくのってちょっと心苦しいけど、この子がただのエルフなら本当にただの水だし、何よりもアリリアナ達に何かあってからでは遅いから、ここは我慢しなきゃ。
ラーと名乗ったエルフの女の子は私とアリリアナを涙で濡れた瞳で交互に見つめる。
「さぁ。グイッと、グイッと行っちゃって」
「アリリアナ、急かさないの」
私は女の子を警戒させないよう笑顔を作りつつ、仮に魔物が正体を表した時の為にロッドへ魔力を流す。この間合いだと詠唱魔法は間に合わない。もしも彼女が魔物だった場合、とにかく速度を優先した魔法で迎撃して、一旦距離を取ろう。
段々と心臓の自己主張が激しくなってくる。そしてーー
「こ、これでいい?」
女の子は聖水を飲み干した。私とアリリアナはホッと息を吐いた。
「オッケー。ごめんね、お姉ちゃん達、ちょっと神経質になってたみたい」
アリリアナが少女の頭を撫でる。
「お水おいしかった感じ?」
「……あんまり」
「アハハ。そっか、なら馬車にケーキがあるから、それ食べる?」
「ケーキ?」
「そう、とっても甘いケーキ。食べたいでしょ?」
コクン。と頷くエルフの子供。
「アリリアナ、ケーキなんて持ってきてたんだ」
そんな保存に向かなそうなもの、どこにしまってるんだろ?
「軽いサプライズのつもりだったんだけど、まぁ、結果オーライな感じよね」
「オーライ……なのかな? あっ、それはお姉ちゃんが片付けるよ」
私は少女の手から空になった瓶をーー
ズキン!
「いたっ!?」
「ドロシー? どうかした?」
「分からないけど、ちょっと頭痛が……」
なんだろ、この感じ。デジャヴ? 似たようなことが前にもあったような……。
思い出そうとすると、頭の痛みが加速した。
「ひとまず皆の所に戻るよ。歩けそう?」
「う、うん」
アリリアナが私と、そしてラーちゃんの腕を取って歩き出す。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
原因の分からない頭痛の最中、私を心配してくれる小さな女の子のその声に、どうしてだか応える気にはなれなかった。
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