第118話 朝帰り

「アハハ。それで? 結局デートは台無しな感じ?」


 レオ君とパフェを食べに行った翌日。朝帰りを果たしたアリリアナに昨日のことを話したら、彼女は楽しそうに腹を抱えた。


「デートっていうか、単にパフェを食べに行っただけだから」

「世間一般では、それをデートっていうんだな、これが」


 ベッドの上で欠伸をしながら大きく伸びをするアリリアナの姿は、猫みたいでちょっと可愛い。


「アリリアナがそんなことばかり言うから、確かに最初は少しだけこれってデートなのかな? なんて考えたよ? でもアリアとガルドさんと合流してからはそんな意識吹っ飛んじゃった」

「それなんだけどさ、アリアちゃん、わざわざレオっちの隣に座るとか、ちょっと怪しい感じじゃない?」

「怪しいって何が?」

「決まってるでしょ。ラヴよ、ラヴ」

「ええっ!? そんな、アリアに限って……」


 でも確かにあの子があんな簡単に他人に懐くところ初めて見たかも。それに昔からあの子は私のものを直ぐに欲しがったし。……って、べ、別にレオ君は私のものじゃないけど。ないけれども……う~、なんかモヤモヤする。


「そ、そういうアリリアナこそ、昨日は何処に行ってたの? 全然帰ってこないから心配したんだよ?」

「誤魔化したわね」

「ち、違うからね? 本当に心配したんだから」


 実際アリリアナが帰ってくるのを待ってたから全然眠れてない。


「ごめん。ごめん。でもちゃんと外食してくるってオオルバさんに伝言しておいたでしょ」

「それはそうだけど、朝帰りするならするって言ってくれないと。何かあったんじゃないかって凄く心配したんだからね。夜中にメルルさんとセンカさんに魔法文字で連絡したんだから」

「アハハ。本当に? 二人とも凄く心配してた感じ?」

「えっと、あんな感じかな」


 壁にかかっている魔法板を指さす。


『一日ぐらいなら放っておいても問題ないぞ』

『こんばんは、ドロシーさん。連絡見ました。アリリアナちゃんならお腹がすいたら帰ってくると思うので、あまり心配しなくていいと思います』


「猫か!? ちょっと、なによこれは? 二人とも私への愛が足りない感じじゃない?」

「そうかな? 信頼されてるんだと思うけど」


 二人からの返事がなければ、帰ってこないアリリアナを探しに出かける所だった。


「それで? 結局何処に行ってたの?」

「グローブ貰ったお礼にアマギさんの所に行ってました」

「ああ。そういえば食事する約束してたよね」


 会話のニュアンス的にもっと先の話かと思ってた。


「そうなの。それでさ、聞いて、聞いて。『蕩け舌』でご馳走してもらっちゃった」

「わっ、凄い高いお店。あそこって王様も通ってるんだよ」

「知ってる。本当、すっごい美味しかったんだから。今度メルルとセンカに自慢しちゃおっと」

「程々にね」


 まぁ、三人は仲良しだから大丈夫だと思うけど。何はともあれ、事件に巻き込まれてたわけじゃなと分かって一安心だよ。


 私は視線をアリリアナから机の上の本へと戻す。昨日殆ど眠れなかったんだけど、何だか妙に頭が冴えっちゃって全然眠れる気がしない。オオルバ魔法店のマニュアルは完全に暗記したし、魔物についての勉強をもっとしておこう。


「ねぇドロシー」

「んー? なに?」


 近年魔物被害が多発? 王都の近くだけじゃないんだ。一説によると十年前に比べて魔物による被害は……二十倍!? それは幾ら何でも多すぎるんじゃ……あっ、この伝達絵巻を書いたの黄昏魔法社なんだ。あそこは何かあるとすぐに終末論に結び付けるから、あんまり信用できないんだよね。でもまぁ、一応気に留めておこうかな。


 ノートに魔物被害の多発? と書いて、その下に原因は魔物の増加? それとも凶暴化? と次に調べる事柄を記しておく。他にはーー


「アマギさんって私のこと好きな感じじゃない?」

「ん~、そうだね。…………って? へっ!? い、今なんて?」

「だからさ、アマギさん。私のこと好きかなって。ドロシーの目から見てどう見える?」


 あっ、聞き間違いじゃなかったんだ。


「好意をもってるとは思うよ?」


 だってキスしてたし。普通しないよね? 好きじゃなかったら。


「やっぱし? ならこれはもう行くしかない感じかもね」


 何だか嫌な予感を覚えて、私はもう一度アリリアナの方へと視線を戻した。


「……行くって何処に?」

「そりゃもちろん大人の階段の頂上的な? やっぱ一度は登ってみたくない?」

「ええっ!? ほ、本気で言ってるの?」

「どうかな~。ってかドロシーは反対な感じなわけ?」

「反対っていうか、アマギさんは、その、色んな人と付き合ってるみたいで、ううん。別にそれが悪いって言ってる訳じゃないよ? ないけど……」


 ううっ。罪悪感がすごい。アマギさんには助けてもらったし、あまりこう言うことは言いたくないんだけど、せっかくアリュウさんが忠告してくれたわけだし、アリリアナには伝えておいた方がいいよね?


「アハハ。それくらい知ってるって。でもさ考えてみてよ。私達冒険者としてこれから活動していくんだよ? 極力気をつけるつもりではいるけどやっぱ何があるか分からないじゃん? まっ、どんな職業選んでも案外そんなもんかも知れないけどさ、でもだからこそ、楽しめる内に楽しんでおきたいんじゃん?」

「それは……そうかもしれないけど。少なくとも私はアリリアナに死んでほしくないよ」


 何があってもアリリアナは絶対守るつもりではいるけれど、私にはどうしようもできない状況なんて幾らでもあるわけで、そう考えるとアリリアナの考えも否定できなくなっちゃう。


「ありがと。でも私が言いたいのはさ、結局そんな感じだからドロシーもレオっちとさっさと付き合って、やりたいことは全部やっておいた方がいいじゃんってことなのよ」


 あっ、話がまたこっちに戻ってきちゃった。


「付き合うって簡単に言うけど、それで上手く行かなかったらどうするの? その、せっかく今いい関係なんだし。このままじゃ駄目なのかな?」


 友達のまま。それでも十分楽しい気がする。


「駄目です」

「ええっ!?」

「前も言ったけどレオっち、結構優良物件よ? ドロシーがこのまま何もしないなら遠からず誰かがアタックするからね。それでレオっちに恋人できたら、今の関係だって絶対変わるから」

「そう、かな?」


 恋人ができただけで友達との関係に変化が出るかな? 分からないけど、でも確かにこのままって事は無いのかも。レオ君だって後一年くらいで学校を卒業するわけだし。卒業したらどうするんだろう? やっぱり病院手伝うのかな?


「そんな訳でチャチャっと関係を進めたほうがいいと私なんかは思うわけよ。ダメならダメで、仕方ないと割り切ってさ。大丈夫。レオっちと疎遠になっても私はズッ友だから」


 親指をビシッと立てるアリリアナ。言ってることは凄く嬉しいんだけど、私がレオ君を好きなのを前提で話をグイグイ進めるのはどうかと。いや、嫌いじゃないよ? 好きか嫌いかで言えば好きだけど……でも……でも……ああ、もう! 好きって何なんだろ?


「どったの? 頭抱えて」

「勝手に話を進めるからだろ。誰もがお前のように分かりやすい考え方をするわけじゃない」


 ビックリした~。え? 誰この人? 


 何故か私の部屋に勝手に入ってきた着物姿の美女。……不審者さん? 不審者さんなのかな?


 机の上に置いていた小型ロッドへと手を伸ばす。ゆっくり、慎重に。よし、もう少しでーー


「ありゃ、朝っぱらからどうしたの? メルルも一緒な感じ?」

「いや、私一人だ。今日クランの馬車を購入しに行くと魔法文字で言っていただろう? 面白そうだし、私も一緒に行っていいか?」

「そりゃ別に構わないけど、先に連絡くれてもよかったんじゃない? 私達がもう出かけてたらどうする感じだったのよ」

「その時はその時だ。いつものように適当に散策するさ」


 あれ? アリリアナ、この不審者さんと知り合いなのかな? というかこの声ってひょっとしてーー


「え? センカさん?」

「ん? どうした、ドロシー」


 いつも頭の後ろで揺れていたポニーテールを解いて、化粧もバッチリ決めた美女が、目を見開く私の前で不思議そうに小首を傾げた。

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