第100話 念話

「ふむ。やはり私達では倒しきれませんか」


 地面が大きく抉れ、そこいらで焼け焦げた木々が倒壊していく。絶え間ない戦闘の合間を縫うようにして作った即興の魔法陣にわりには中々の威力ではあったけれど、結果として魔力を大量に消費しただけで終わってしまった。


「お姉様、もうこれはダメっす。撤退一択っス」

「ヒノの言う通りです。撤退致しましょうお姉様」


 顔も声もそっくりな双子が、口調だけはえらく差別化を果たしたいつもの調子で訴えてくる。


 見れば私達の集中砲火を浴びたシャドーデビルが爆心地で佇んでいる。恐らく吸収したエネルギーを何らかの形で消化しているのだろう。しばらく動けなさそうなのが、苦労して放った魔法の成果といえば成果ではあるが、あれだけの魔法を浴びせても容量オーバーにならないところを見ると、光魔法を発動できない私達ではもう本当に打つ手がない。


「今さら逃げても無駄でしょう。交戦時間が長すぎました。聞けばシャドーデビルはえらく粘着質な性格のようで、一度獲物と定めた相手をどこまでも追いかけるようです」

「マジっスか? このエルフをポイしても、もう遅い感じっスか?」

「こら、ヒノ。何てこと言うの。すみません、バカな妹で」

「……いや、当然の意見だ。気にしなくていい」


 ヒノとシノの手当を受けて随分と体力を回復できた様子のエルフが、それでも依然変わらぬ青い顔でそう言った。


「時間的に考えて、もうそろそろギルドの方で何らかの手を打ってくるでしょう。まぁ十中八九れいのドロテア家の娘をよこすのでしょうけどね」

「新たな聖女と噂の? お姉様はどう考えておられますか、本当に聖女だと?」

「話を聞いた限りでは怪しいところが多々ありましたね。ドロテア家は今代の当主になってから以前にまして見栄を張るようになりました。なのに聖女という意見を否定こそしないものの、肯定しようともしていない。十中八九聖女ではないと思います」


 そこでふとエルフが何か言いたそうな顔をした。困ったことにこのエルフはアリア•ドロテアが聖女であるという噂を信じて、ノコノコ王国近くまであんな怪物を運んできたらしい。


「じゃあ、やっぱマズイっスよ。もう何もかも置いて逃げるっスよ」

「お姉様、ここはヒノの意見も一理あるかと」

「そうですね。ですが例え聖女でなくてもアリア•ドロテアが天才であることは間違いないでしょう。そんな天才があの怪物にどんな手段を用いるのか、興味がありませんか?」

「いえ、全くないっス。早く帰りたいっス」

「お姉様、本当にそれだけが目的ですか?」


 シノがいやに鋭い視線を向けて来る。


「ふふ。聞くところによればアリア•ドロテアは、それはそれは美しい少女だとか。せっかくの機会ですし、せめて一眼見てみたくはありませんか?」

「お姉様、貴方って人は。今の状況が分かってるんスか? つーかそれ以前に、私達というものがいながら何考えてるんスか?」

「そうです。そもそも何故お姉様が試験官なんてしていらしたのですか? 討伐情報が極端に少ないシャドーデビルを相手取ったことといい、あまりにもお姉様らしくないじゃありませんか」

「アリア•ドロテアの姉が試験を受けに来たと聞いたので、好奇心をくすぐられたのですよ。そしたらどうですか、いや、実に可愛らしい子が来るじゃないですか。それも三人も。ついつい格好をつけたくなったのです。これはそんな私心が生んだ状況なのですよ」


 エルフは美しい種族なので普段であっても危険がない範囲であれば助力したでしょうが、S指定の魔物を相手取ってまで守ることにしたのは、あの三人の存在が甚だ大きかった。


「なんスかそれ。三人? 来る時に見たヒヨッコ共のことっスか。私達というものがありながら、マジ信じられないっス」

「諦めさないヒノ。これはお姉様の悪い癖なのよ」


 ああ、分かりやすい嫉妬に燃えるその表情、なんと可愛らしいのでしょうか。垂涎ものとは、まさにこのことですね。


 私が陶然としていると、エルフが何やら理解したと言わんばかりに頷いた。


「ふっ、そういえば聞いたことがあるな。ギルドの法を犯した処分対象者。しかしその実力の高さ故に忠誠と引き換えに仮初の自由を許された者達の話を。普段その者たちは一般のギルド職員として変わらぬ働きをしているが、一度違反者が出れば、処刑人に早変わりだとか。犯罪者によって犯罪者を罰す、ギルドのアサシン。貴様らがそうなのか?」

「何スかこいつ。何でこんな忙しい時に悠長な自己紹介みたいなことを口にするんスか?」

「落ち着いてください、エルフさん。貴方の怪我は少しばかり酷いので、ちょっとばかし変な妄想に囚われているんです。後で思い返せば、きっと恥ずかしくなると思いますから、少しばかり口を閉じていてくださいな」

「むっ……そ、そうか」


 二人の失礼極まりない返しに、エルフは存外素直に頷いた。


 ちょっと可愛い。この調子なら、適当な理由をつければその美しい体を堪能できるかもしれない。


「あ、またお姉様がいやらしい顔してるっす」

「待ってヒノ。シャドーデビルが動き始めたわ。おしゃべりの時間は終わり見たいよ」


 シノの言う通り、一切の動きを止めていた魔物が活動を再開した。今はまだ冬眠明けの生物のようにゆっくりだが、直ぐに本格始動するだろう。


「さて、どうしますかね」


 ひとまず周囲に張り巡らした糸を回収しながら考える。そこでーー


 ーーます、か? きこ……え、ます、か?ーー


「……おや、これは面白い」

「お姉様? 今の魔力は念話ですか?」

「そうです。指輪を媒介に作戦を伝えてきました」


 命懸けの報酬を貰うついでに渡した指輪がこんな形で役に立つとは。しかしまさか彼女達が戻って来るとは。それもギルドの援軍よりも早く。


「ふふ、良いですね。その作戦に乗ってあげましょう」

「どういうことっスか? ギルドからの援軍が来たんじゃないんスか?」

「お姉様? アリア•ドロテアですか? 彼女が来たのですか?」

「いいえ、違います。やって来たのは……」


 そうして木々の合間を縫って彼女達が姿を現す。若さという怖いもの知らずな覇気に満ち満ちた三人。その先頭にいるのは夜のように艶やかな黒髪に、宝石のように美しくも強固な意思を紫色の瞳に宿したーー


「ドロシー•ドロテアです」

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