第98話 白馬と黒馬

「おおっ。授業で見たことはあったけど、こうして改めて見るとやっぱ普通の馬に比べて迫力ある感じじゃん」


 レオ君が馬を繋いでおいたのは、王都の城門近くにある移動物置き場の生態預かり所だった。一日くらいなら、預かり所を使わなくても移動物置き場に馬を繋いでおく人も結構いるって聞くんだけど、レオ君の性格がそうさせたのか、それともこれだけ高価な馬を適当に繋いでおくことに気が引けたのか、とにかく私達は担当の人にお金を渡して馬を受け取った。


「白馬と黒馬か。ならこの子達の名前はシロとクロで決定な感じじゃない?」


 アリリアナが白と黒という極端に毛色の違う馬に名前をつけた……のはいいんだけど、正直ちょっと安直すぎるんじゃないかなって思ったりもする。そしてどうやらそう感じたのは私だけじゃなかったみたい。


「おい、いくらなんでもそのまんますぎないか?」

「何よレオっち、何かいい名前が他にある感じなわけ?」

「そうだな。これだけ立派な馬なんだから、それに相応しい名前……白帝王と黒帝王ってのはどうだ?」

「先生ぇ~、帝王に乗るなんて恐れ多い感じなんですけどぉ~」

「誰が先生だよ。後、その腹の立つ言い方止めろ。大体それを言うならクロとシロとか猫みたいな可愛らしい名前に乗るのは悪い気しないのか?」

「クッ、ちびっ子のくせに鋭いことを」

「チビ言うな。で、結局どれにするんだ?」


 あっ、どうしよう。なんだかすごく嫌な予感がする。今までのパターンから考えると、大抵こう言う場合ってーー


「そうね。それじゃあドロシーに決めてもらう感じで」

「分かった。ドロシーさん。決めてくれ」


 や、やっぱり。正直私としては何の帝王かも分からない馬に乗るよりは、まだクロとシロの方が可愛いと思うんだけど、でもレオ君のツッコミも鋭かったよね。確かに移動手段として用いる馬に可愛い名前をつけるのって……別に……別にいいかな? うん。別に悪くはない気がする。でもこんなことで万が一にもギスギスしたくはないし、ここはなるべく角が立たない返事をしておこう。


「えっと、お金払ったのはアリリアナなんだから、アリリアナの意見でいいんじゃないかな?」

「ちょっと待ったドロシー。それは違うでしょ」

「そうだぞドロシーさん。ドロシーさんはどっちがいいと思ったんだ?」

「私達はそれが知りたい感じなわけ。まっ、聞くまでもなく分かるけど、当然シロとクロよね?」

「何言ってんだよ。白帝王と黒帝王に決まってるだろ。なっ、ドロシーさん」

「ええっ!?」


 なんでこの二人って変なところで息がぴったりなくせに、ちょくちょく意見を対立させるのかな? ど、どうしよう。こうなったら私も新たな名前を上げて三つ巴の拮抗状態に持ち込んじゃおうかな? レオンハルトウルトラバッハとかなんとか言って。……うん。流石にそれはないかな。ないよね。ああ、でもそれならどうしよう。


「えっと、えっと、……そ、それじゃあ白馬のどことなく可愛い方はシロで、黒馬のどことなく格好いい方は黒帝王でいいんじゃないかな?」

「は? それって……」

「え? それは……」


 二人同時に目をパチパチ瞬いて、申しわせたように互いの顔を見合わせる二人。なんだろ、この二人ってやっぱり双子かなんかじゃないかな?


「悪くないじゃん」

「悪くないな」


 血の繋がらないないそっくりさん達は、即興で出した私の案にどうやら納得してくれたみたいだ。


「そんなわけでよろしくな感じね。シロと黒帝王。あっ、でもさ、アンタそんな格好いい名前つけられておいてメスだったらちょっと笑えるかも。どれどれ? お姉さんが確認してあげるからちょっと見せてーーゲフッ!?」

「わぁあああ!? ア、アリリアナさん?」


 アリリアナさん、じゃなかった。アリリアナが馬の雌雄を確認しようと身をかがめた瞬間、狙ったように、と言うか絶対狙ってた。黒帝王のキックがアリリアナの横腹を直撃して、アリリアナの体を吹き飛ばした。


「おい、大丈夫かよ?」

「へ、平気。平気。咄嗟に魔力で衝撃を緩和したから。でも一般ピーポーだったらヤバい感じだったわ。それくらい恐ろしいキックだったわ」

「待って。動く前に一応見せて」


 起きあがろうとするアリリアナに手を当てる。そして魔力を流すことで肉体のダメージをチェックした。


「……よかった。大丈夫みたい」

「だから言ったじゃん。でもまぁありがとね、ドロシー。そしてこの黒帝王めが、ご主人様を蹴っ飛ばすとは許せない感じなんですけど。強い名前をつけられたからって気分まで皇帝だと困る感じなんですけど」


 そう言ってアリリアナは黒帝王の頭を掌でペチペチと叩いたんだけどーーカプリ。


「きゃあああ!? ア、アリリアナさん?」


 馬に腕を思いっきり噛まれるアリリアナ。というか、なんでさっきの今でそんな危険なことするかなこの人は。


「ちょっおお!? やばいやばい。この馬私の腕噛みちぎる気満々なんだけど。早くなんとかして欲しい感じなんだけど」

「な、なんとかって言われても」


 ど、どうしよう? これが魔物ならいくらでも対処できるんだけど、馬となると……。軽い電撃を浴びせる? でもそれで興奮が増したら危ないし。ここは一旦アリリアナの体を強化して黒帝王が落ち着くのを待つ? でも予想よりも噛む力が強そうだし、ならここは大事を取って非情な手段を取るべきなのかな? いや、でもいくらなんでもこんなことでそこまでは……。


 私が悩んでいるとーー


「おい」


 レオ君がそっと黒帝王の体に触れた。


「離せ」


 パチッ! と無数の見えない火花が散った気がした。周囲の温度が急上昇したかのような錯覚を覚えたのは、多分私だけじゃない。その証拠に黒帝王はあっさりとアリリアナさんを解放した。それだけではなくて、まるでレオ君を主人と認めたかのようにその場に身を屈めた。


「あ、危なかった~。ドロシー、気をつけて。この馬、メッチャ危険馬物よ」

「馬物って……それよりも腕は大丈夫なの?」

「全然平気。でもあとちょっとで骨にヒビくらい入ってたかも。でも平気。マジ平気な感じ」


 興奮気味に捲し立てながら、今更ながらに私の後ろに身を隠したアリリアナはなんだかんだで余裕そうだった。と、そこにアリリアナの背後にシロが忍び寄ってきてーー


 ペロリ。


「キャ!? な、何?」


 頬を舐められたアリリアナが振り向けば、シロはそんなアリリアナに甘えるように頭を擦り付けた。


「おお、何々? こっちはメッチャ私に懐く感じじゃん。いい子ね、シロ~。ご飯の時はそこの危険馬物に出すモノよりも美味しいのを上げるから、楽しみにしててね~」

「そこは平等に面倒見ようよ」


 アリリアナのことだから多分冗談なんだろうけど、二頭の面倒は私が積極的に見た方がいいかも知れないなと思った。

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