第86話 謎の二人

 それは突然の反応だった。


「これって……」


 すごい速度で何かがこっちに近づいて来てる?


 索敵魔法を展開しているわけじゃないから、ちょっと判断に自信が持てない。持てないけど、なんの合図もしてないのに同時に足を止めたアリリアナさんの行動が、私の感じ取った違和感を確信へと変えた。


「前から何か来てるっぽい?」

「うん。それも多分だけど、凄く速い……気がする」

「う~ん。判断に困る感じだけど、どんな相手か分かんないし、一応岩陰にでも隠れ……って、もう来た!?」


 豆粒のような小さな人影が二つ、遠くに見えたと思ったら、それはものすごい速度でこちらに近づいて来た。そしてすれ違う瞬間ーー


「「ロック」」


 放たれた魔力が私とアリリアナさんの体に文字となって絡み付く。


「え?」

「んな!?」


 私達が慌てて振り向いた時にはもう、謎の二人は視界に入った時と同じように米粒程の大きさになっており、瞬きを数度行う内に完全に見えなくなっちゃった。


「な、何今の? 双子? それとも何かの魔法で分身してた感じ?」

「た、多分だけど双子じゃないかな?」


 一瞬だったからあまり自信はないけど、すれ違った二人の顔はそっくりに見えた。金髪をサイドポニーにした吊り目がちな女性。どちらかが魔法で作られた存在というには両者とも生命力に満ち溢れて見えた。


「てかさ、私達、何か魔法をかけられたっぽいよね」

「う、うん」


 普段であればレジストできたかもだけど、今は魔法をかけられ、相手が完全に見えなくなるまで、ただただ呆然としちゃった。


 私は頭を振って寝起きのように鈍い思考をしゃんとさせる。


「待ってて、今掛けられた魔法を調べるから」

「待った。待った。それくらい私でもできるからね。ドロシーさんは魔力を温存してて。潜れ、秘密の深奥へと『マジックスキャン』」


 他人の魔力が体に侵入してくるこそばゆい感覚。いつもなら魔力を抑えないと自然と妨害しちゃうけど、今日はそんな必要はなく、スキャンもすぐに終わった。


「どう?」

「魔力が信号みたいに放たれて……ってか信号? 信号だわこれ。掛けられた魔法は索敵魔法の一種みたい」


 つまり私達の位置は今、彼女達、あるいは彼女達と魔法の術式を共有している不特定多数に捕捉されていることになる。


「な、何の為にそんな魔法を……ギルドの人かな?」

「分かんないけど、それなら一言あっても良くない? ってか、助けてくれて良くない? 何より救援が来るにしては早すぎな感じだし」

「そう、だよね」


 レオ君が王都に着くにはどんなに早くでも後二時間は掛かると思う。ギルドの人でないなら、あと考えられるのは……


「と、盗賊の可能性もあるかな?」

「王都の近くだしその可能性はないでしょ。……と、言いたい感じだけど、一パーセントくらいならあり得るかも」


 魔物が跋扈するこの世界で盗賊行為を行うのは容易なことじゃない。外に拠点を持つのは命懸けだし、商人さん達も冒険者を護衛に雇う場合が殆ど。たとえ魔物の出現が少なくて警戒心の薄い田舎を襲ったとしても、上手くいくのは最初の数回くらいですぐに討伐される。


 でもだからこそ、盗賊家業で年を超えて生計を立てられる集団は国でも手を焼く危険な武力集団に発展しやすい。昔は盗賊の集団でしかなかったといわれる隣国の『ヴァイキング』なんかはその最上級の形だと思う。


「魔法の解除はできそう?」

「シンプルな割には結構がっちりハマってる感じ。こめられた魔力の量から考えて多分数時間くらいで消えると思うけど、その時間内に解除するのは今の魔力だと難しいかも」

「……あの二人が盗賊だと仮定した場合、王都の方には偵察か何かで行ってて、私達を見つけたのは偶然の可能性が高いと思うの」

「二対二だから数的優位を得るため一旦引いた? わぁ~、ありそう。そして泣きそう」

「私も。でも今は泣くよりも行動しよう」

「つまり?」

「走ろう。体力と魔力の続く限り」


 あの二人が本当に盗賊なのか、それともギルドの人なのか、あるいはそれ以外の可能性に当てはまる人物なのかは分からないけど、一番の危険である盗賊だと仮定した場合、私達にできる最善の策は可能な限り距離を稼ぐことだ。


「魔法をかけられた以上、それっきゃないか。王都に近づけば近づいた分だけ助かる率が上がるしね」

「うん。それじゃあ……」

「オッケー。ランニング再開ね」


 そうして私達はまた走り出した。速度は全然出ないけど、それでも王都に一歩近づく度に生存率は上がってるはずだ。


「それにしてもアレよね。私達みたいないい女が捕まったら、絶対あんなことや、え? そ、そんなことまで? 的な感じのことされちゃうわよね」


 速度の出ない移動に飽きちゃったのかな? 黙々と走っていると突然アリリアナさんがそんなことを言った。


「こ、怖いこと言わないでよ」


 盗賊が様々な目的の為に若い男女を攫うのはよく聞く話で、その目的の中には当然そういうことも含まれている。


「アハハ。ごめん、ごめん。でも命の危険はともかくさ、貞操の危機については今回の試験で想定してなかった感じじゃん。予想外の危険ってメッチャ怖くない?」

「それは……確かに怖いけど」


 言葉の割にはアリリアナさんの態度は実にあっけらかんとしてる。


「でしょ。それでこういう危険を意識するとさ、こんなことなら適当な誰かでさっさと済ませておけばよかった。的なこと考えちゃわない?」

「え? す、すませるって、つまり……」

「初体験。あれ? ひょっとしてドロシーさんはもう……」

「し、してない。してないからね?」


 私達くらいの年齢なら済ませていても珍しい話じゃない。なのに何故か強く否定しちゃった。


「そうなんだ。レオっちと済ませてる可能性もワンチャンあるかなって思ってたんだけど」

「ど、どうしてそこでレオ君が出てくるの?」

「あれ? レオっちのこと好きなんじゃないの?」

「好きとか、そんな……よく分からないよ」

「何で?」

「何でって、私はその、お父様が決めた人と結婚するんだってずっと思ってたし」


 でも、そうか。もう将来結婚する相手も自分で決めていいんだ。ううん。自分で探さないといけないんだ。


「あ~、メルルやレオっちが普通すぎて忘れてたけど、貴族って基本そんな感じなんだっけ?」

「貴族全部がってわけじゃないと思うけど、許嫁がいる貴族の子は少なくないと思うよ」


 特に長男、長女ともなれば自由恋愛できる方が少ないんじゃないかな。


「ふ~ん。やっぱり貴族は貴族で大変な感じなわけね。でもさ、今はそんなの気にしなくていいんだから、好きなら好きでくっついてみたら?」

「そ、そんな簡単に……そ、そういうアリリアナさんはどうなの?」

「私?」

「そう。好きな人とかいないの?」

「とくにこれといって。強いて言うなら今日のレオっちになら抱かれても良かったかも」 

「ええっ!?」


 ア、アリリアナさん、レオ君のこと好きなのかな? どうしよう。何だかちょっとモヤモヤするかも。ひょっとして私、アリリアナさんの言う通り……


「アハハ。そんな顔しなくても興味本位で友達の好きな人に手を出さないわよ。ん? いや、貴族はあまりそういうの気にしない感じなんだっけ?」

「どうだろ? 確かに一夫多妻や一妻多夫の貴族はいるけど、どちらかというと少数派なんじゃないかな」


 愛人を囲む、とかなら普通にあると思うけど、奥さんや旦那さんが何人も居る貴族は案外少ない気がする。


「そうなんだ。ちょっとがっくしな感じ。貴族の性はもっと乱れてるものだと期待してたのに」

「期待って……なんで?」

「実は私、ハーレム入りとか結構アリだなって考えてるのよね」

「ハーレム!? ど、どうして?」

「だってさ、便利じゃない? 普通に付き合った場合、恋人として相手の要求に応えるのは自分だけになるけどさ、ハーレムならデートしたりエッチなことしたい時だけ相手してもらって、気分じゃない時は他のハーレム仲間に代わって貰えばいいんだし。女をたくさん囲えるってことは経済面も問題ないわけじゃん。ねっ? ありな感じしてこない?」

「そんなに良いものだとは思えないよ。それに人間関係が凄く複雑そうで、私はちょっと嫌かも」


 もしも私がゲルド王子に嫁いでたら、ゲルド王子とゲルド王子のハーレムメンバーに虐められてた未来しか想像できない。避けられない結婚なら覚悟も決まるけど、自分から行きたいとは思えないよ。


「そこはほら、どんなハーレムを築いているのか、前もって調べておくのよ。ってか、なんなら私とドロシーさんでレオっちのハーレム作っちゃう?」

「ええっ!? ほ、本気で言ってるの?」

「半分くらい。私はデートとか楽しみたい時だけ貸してくれたら満足だから、普段はドロシーさんがレオっちの相手をするの。どう? わりかし良いアイディアだと思わない?」

「全然思わないよ。アリリアナさん余裕そうだし、速度上げるからね」

「は~い。あっ、でもレオっちとしたらどんな感じだったか教えてね。私も初体験報告するから」

「もうっ。知らない。知らない」

「アハハ」


 アリリアナさんの提案はともかくとして、お喋りで少しだけ気が楽になってる。私は一層魔力を練り上げた。


 流れていく景色が少しずつ速さを増していく中、背後を振り返ってみる。結構遠くまで見えるけど、何処にも追手の気配はなかった。


 良かった。このまま王都に帰れそう。


 そんな楽観はしかし、前方からやってくる武装集団を目にした瞬間、嘘みたいに霧散した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る