第72話 勘当準備
「何? アリアが?」
「は、はい。ゲルド王子との会食を途中で切りあげてしまいました」
アリアにつけていた高弟がやけに早く屋敷に戻ってきたかと思えば……。
「それで? 今アリアはどうしている」
「研究していた魔法のアイディアが突然浮かんだようでして、今は研究室に籠っておられます」
「……ふむ」
何を置いても魔法を優先するその姿勢。これが不出来なもう一人の方だったならば王子との会食を途中で切り上げて研究に戻るなどといった離れ業は出来ないだろう。
先日不覚を取った鼻がズキリと痛んだ。
「…………愚か者めが」
「そ、それでその、ゲルド王子の使いの方がおみえになられて、アリア様に今すぐ城に戻るよう要求されておりますが、いかが致しますか?」
「アリアは体調が悪くなって寝込んでいると伝えておけ」
「よ、よろしいのですか!?」
「意外か?」
「いえ、そのようなことは……。ですがせっかく纏まりかけている婚約話に悪影響が出るのでは?」
無論理解している。これがドロシーであればふん縛ってでも城に行かせただろう。だがーー
「愚王子事件……だったか? 一時期城の前に民衆が押し寄せる騒ぎに発展したようだが、あれからどうなった?」
「以前変わりありません。街では王子に対する不満が渦巻いており、遺族とそうでない者までもが賠償金を払えと騒ぎ立てております」
無能が無能らしさを遺憾なく発揮して起こした事件。ここ暫くは魔物による被害が抑えられていたこともあり、百を優に超える死者の数に民衆共が蜂の巣をつついたような騒ぎを起こしている。
「私が王族という地位を求めるのはそれが権威の象徴であるからだ。決して愚かさの代名詞が欲しいわけではない」
「ですが旦那様、不名誉は挽回できますが、王族になる機会は今しかないのでは?」
そう。それが問題だ。偉大なるドロテアの血筋が蔑ろにされてるように、愚民共はすぐに歴史を忘れる。五年やそこいらで今回の件が忘却されることはないだろうが、十年、二十年の期間で見れば、今回の事件は致命的なものには成り得ないだろう。関心は直ぐに風化するものなのだから。不安があるとしたらーー
「あの愚かな小僧がこれ以上余計なことをしないと言えるか?」
「それは……分かりません」
「そう、分からないのだ。故にアリアを出すのは惜しい。……ドロシー、あ奴さえ家を出なければ話は単純だったものを」
あ奴ならば愚王子の嫁に差し出しても大して惜しくはなかった。だがアリアとなると……。偉大なるドロテアの血に混ぜるのがあんな愚か者で本当にいいのだろうか?
当主である私がドロテアの歴史を貶めるようなことはできない。ここは焦らずにもう少し時世を観察する必要があるだろう。
「先程も言ったが使いの者にはアリアは体調不良と伝えておけ。それとドロシーについてだが、貴族位の剥奪準備をしておけ」
「正式に勘当なさるのですか?」
「ふん。家を勝手に出た愚か者の行いが家門に泥を塗る可能性があるのだ、対策は当然であろう。ただ、出来損ないは出来損ないなりにドロテア家の役に立つ可能性も捨てきれん。今はまだ、貴族位の剥奪は準備だけでいい。何かあった時にすぐに切り捨てられるようにな」
「旦那様はドロシー様が何らかの偉業を成すとお考えで?」
「さて、な。普通に考えればあの凡骨に何かが成し遂げられるとは思えんが……」
馬鹿娘を守護する圧倒的な存在を思い出す。
「古今、妖精に魅入られた者は数奇な運命を歩くものだからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます