婚約者の地位? そんなものは天才な妹に譲りますので私は平民として自由に生きていきます

名無しの夜

第64話 救援

「また犠牲者が出たか」


 父の声には隠せぬ疲労が現れていた。


「父上、このままでは里は壊滅です。以前提案した援軍の件を再考していただけませんか?」

「人間を里に呼べと? そのリスクは分かっているのだろう」


 私達エルフと人間の間には同盟関係があることにはあるが、それを守らない者も多く、基本エルフは人と距離を取って暮らすのが常だ。事実、ここ百年の間、里に人間を招いた記録はない。


「兄さん、人間の恐ろしさは長老達から嫌と言うほど聞いているでしょ。人間などに頼らずとも私達だけでやるべきです」

「だがメローナ。今回の敵は神出鬼没だ。敵の襲撃を事前に察知するのは至難で、よしんばできたとしてもあのガイル老がやられているのだぞ。客観的に考えて私達だけでこの敵を倒すのは難しい」

「それは……しかし私達に無理なのに人間にこの敵が倒せるでしょうか? 援軍を求めるのならば同胞にこそ助けを求めるべきです」


 メローナのいうことにも一理ある。もしも現在里を襲っているのが普通の魔物であれば私もその意見に反対しなかっただろう。だがーー


「父上、現在里を襲っているのはシャドーデビルですね」

「なっ!? 父上、それは本当ですか?」


 認めたくないものを振り払うのに必要だと言わんばかりに、父は短くない時間を置いてから頷いた。


「恐らくは。いや、ガイル老がやられた事からも間違いあるまい」

「そんな……シャドーデビルの危険度は確か……」

「Sだ」


 危険度S。それは単体で一つの国を滅ぼし得る力を持つ存在。里最強の戦士であるガイル老が敗れた時点で私達には援軍を求める以外の選択肢は残されてはいないのだ。


「そ、それならば尚のこと人間などには頼らずに同胞に助けを求めるべきです」


 危険度Sの魔物を討伐するには人類最強クラスのパーティか、相応の数が必要となる。前者ならまだしも、後者の場合、どんな不届き者が里に侵入するか分かったものではない。妹はそれが心配なのだろう。


 しかし父は首を横に振った。


「話はそう簡単ではないのだ」

「な、何故ですか?」

「メローナ、お前は知らないだろうが、シャドーデビルは通常の物理、魔法攻撃が殆ど通用しない。恐らくはガイル老もそれによって敗れたのだろう」

「そんな!? そ、それでは無敵ではないですか」

「いや、シャドーデビルにも弱点はある。そしてそれ故にカイエルは人間を頼ろうと言ってるいるのだろう」

「弱点ですか?」


 妹が私に視線を向けてくるので、父から説明を引き継いだ。


「光魔法だ。あらゆる魔法攻撃を無力化すると言われるシャドーデビルも光魔法だけは防げない」

「……それはつまり聖女様のお力が必要だと?」 


 始まりの魔法と謳われる光魔法を操ることは全ての人種の中でもっとも高い魔力を持つ我らエルフでも不可能だ。長老達ならば発動させるくらいは可能かもしれないが、原罪を持たぬ聖女様以外が光魔法を使えばその身は焼かれ、取り返しのつかないダメージを負うことになる。


「現在エルフの聖女様は三人だけ。要請は出すが受理されるかは五分五分であろうな」 

「しかしそれは人間も同じなのでは」

「本来ならそうであろうな。だが今回は些か事情が異なる。カイエルあの話を」

「はい、父上。……少し前の話になるが王国にリトルデビルが現れたらしい」

「なっ!? そ、それで王国はどうなったのですか」

「とある魔法使いが増殖を始めたリトルデビルをたった一人で倒したそうだ。そしてその魔法使いは光魔法を使っていたらしい」


 光魔法という希少な力の持ち主はどの人族でも重要人物だ。そして王国に聖女がいるという記録はない。


「まさか新たな聖女ですか?」

「その可能性は非常に高いだろう。そしてまだ聖王教会に所属してない聖女なら直接の交渉が可能だ」


 エルフの聖女様に来ていただくのも簡単な話ではないのだ、他の人族の聖女様なら尚のことそうだろう。だがその聖女様がまだ何処にも所属していないのならば、交渉の難度は格段に落ちる。


「その魔法使いの名前はアリア•ドロテア。私は今から人間の国に赴き、彼女に協力を要請してみようと思う」

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