37、悪役

 いつも隣には誰もいない。いつも一人ぼっちで、毎日つまらない人生を送っていた。そんなある日、両親が営んでいた会社は破綻し、一日を過ごすだけでも精一杯だった。

 途方に暮れる毎日、助けてくれる人など一人もおらず、このまま死んでしまうと思っていた矢先、両親は首を吊って自殺していた。


 ーーそれからは最悪な毎日だった。


 家もなく、金もなく、助けてくれる人なんてどこにもいない。

 皆見て見ぬふりをし、僕はとうとう力尽きた。どうやら工場近くの公園で食べていた雑草には人体に危険な毒素が混じっていたらしく、おかげで命を落としたーーはずだった。

 だが目を覚ました僕が目を覚ました場所は、公園なんかじゃなかった。


「大丈夫か?少年」


 その日出会ったんだ。

 異能探偵さん、あなたに。


 僕は救われた。あなたに救われた。

 ずっと一人だった僕の心を、あなたは優しく埋めてくれた。とても優しく美しいあなたの心は、僕の孤独を埋めてくれた。

 本当に嬉しかった。感謝してもしきれない。


 だから異能探偵さん、いや、師匠。

 もしあなたが障壁に立ち止まっているのなら、もしあなたが苦しんでいるのなら、僕は命をかけてあなたを救いに行きます。

 必ず、必ずです。



「コタロー、よく頑張った。だからあとは、私に任せろ」


 熱い火炎に包まれる中、鎖を持ち、異能探偵は空閑へ殺気を交えた視線を送る。それに空閑は恐れをなし、しりもちをついた。

 形勢逆転、あっという間に立場は一変した。


「なあ空閑、私の大事な弟子に手を出したんだ。このまま逃げられると思うなよ」


「だがな、まだ最終兵器があるんだよ」


 空閑はポケットに入れていたボタンを押した。その瞬間、壁はシャッターが開くようにして開き、そこから無数の警備ロボットが出現した。


「一つ入っておくとな、そのロボットにも入っているぞ。が」


「外道が」


 異能探偵は攻撃できず、固まった。

 箱型のロボットたちは一斉に異能探偵へ飛びかかるーーが、そこへ一体の人型のロボットが現れた。

 全身機械の肌をしており、腕を刃のように変形させ、ロボットたちを粉々に斬った。


「人型……ちっ、三号。お前、何をしている」


 空閑はキレ気味に突如現れた人型ロボットへと言った。だがそれを無視するように、そのロボットは全てのロボットを再起不能に陥らせた。

 圧倒的な戦闘力に、その機械の開発者である空閑ですら恐れ震えた。


「空閑さん。お久しぶりですね」


 曇ったような声、その声を放つ三号と呼ばれている機械は、空閑へと刃へ変形させた腕を向けた。


「空閑さん、あなたの実験の被害者をこれ以上出すわけにはいきません。ですのでここで死んでください」


 三号は刃を振り下ろす、だがそれを防ぐように、異能探偵は身を呈してかばった。

 異能探偵の右肩には刃が刺さり、血が空閑の体へとかかった。三号は異能探偵が悪人である空閑をかばうことに動揺を見せた。


「な、なぜ、お前はそいつを助ける?」


「たとえ悪人であろうと、死なせるのは間違っている」


「きれいごとを言うな。その男を助けたところでどうせまたそいつは人を殺す」


「それでも……人が人を見捨てることはできない。誰かが誰かを信じることができなければ、そいつは孤独になってしまう……から、負の連鎖が始まり、結局悪人は増える……」


 痛みに耐えながら、異能探偵は言葉を続ける。


「それに……人を殺すのも、見殺しにするのも……どんな理由があれ"悪"なんだ。だからぁぁ、私は誰であろうと見捨てないと決めたんだ。そう私自身に誓ったんだ」


 三号には理解できなかった。

 機械だったから、ではない。彼には感情はあった。知能もあった。だが心がなかった。

 嬉しいという感情も、悲しいという感情も、彼にはなかった。


「分からない……解らない……わからない…………」


 三号は頭を抱え、火炎の中へと消えていく。

 その様子を薄めに入れ、空閑は自らをかばった異能探偵へ言った。


「お前、このままじゃ死ぬ。だから弟子を連れてとっとと逃げろ」


「駄目だ。お前にはまだ訊かなくてはいけないことがあるんだ。だからここで死なせるわけにはいかないんだ」


「どのみち、俺は死ぬんだよ……」


 力ない声を放つ空閑を見るや、ようやく気づいた。

 異能探偵の血が垂れていた空閑の腹を見るや、そこには穴が空いていた。先ほど三号が振り下ろした刃は空閑の腹に刺さっていたのだ。

 それが自分の血が垂れているだけだと錯覚していた異能探偵は、それに気づき大きく動揺を見せる。


「待て、こんなところで死ぬな。お前はだろ。だったら何を犠牲にしてでも生きてみせろ。それが悪というものだろ」


「俺には生きている価値がない。それに訊きたいことなら全てこの書類を見れば解る……血で文字が滲んでいるかもしれないがな……」


 呼吸をするのも辛いのか、空閑は力の入らない腕で服の内側から血に濡れた書類を異能探偵へと渡した。


「異能探偵、お前ならきっとできるのかもな。龍教会を倒すことが……」


 異能探偵は感じ取った。

 彼はただ操られているということに、誰かに助けを求めていたということに、自らが今まで負ってきた罪を償いたいということに、そして、人間になりたかったということに。


「異能探偵……すまないな」


 その言葉を最後に、空閑が言葉を発することはなかった。

 指先すら動かず、髪の毛一本すら動かない。最後に見せた隠そうとしていた笑みは、とても悲しく、そして嬉しそうに見えた。


「悪役だろ……お前……。何でここで、死ぬんだよ。悪役だったらちゃんと最後まで悪を成し遂げろよ……」


 異能探偵は血に濡れた書類を手にし、その足をコタローとかんなのもとへと進めた。

 火炎に包まれ行くビルの中、コタローとかんなを抱え、異能探偵は一階の扉から外へ出た。ビルを見上げていた異世界探偵が彼女の姿を見て思った。


 ーーなぜ彼女は悲しんでいるのだろうか。


 異能探偵はコタローとかんなを抱えつつ、燃え盛るビルへ振り返った。


「さよなら……悪役」

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